第126話 海底ダンジョン、最初の罠
いつも『異世界は金で強くなる』を読んでいただきありがとうございます!
潜水艇も確保し、いよいよ海底ダンジョンへ。
目的はもちろん、聖剣マクベスを手に入れるための三十億マニー。
誰も完全攻略したことのない場所で、悠真たちの探索が始まります。
今回もよろしくお願いします!
翌朝。
ウィストンの港には、冷たい潮風が吹きつけていた。
悠真たちは昨日ナミリアの捜索に使った潜水艇の前に集まっている。
今日の目的地は、誰も完全攻略したことがない海底ダンジョン。
かつて海賊たちが財宝を隠していたとされる場所だ。
「忘れ物はないな?」
操縦席へ乗り込んだボッツが、八人を見回した。
「水中用のスキルカードも持ってます」
悠真が答えると、ボッツは満足そうに頷いた。
「なら乗れ。ここから少しかかるぞ」
全員が潜水艇へ乗り込む。
やがて魔石の動力装置が低い音を立て始め、潜水艇はゆっくりと港を離れていった。
海面を進んだのは僅かな時間だった。
ボッツが装置を操作すると船体が沈み、窓の外を青い海が覆っていく。
昨日はナミリアを探すため、外の景色を楽しむ余裕などほとんどなかった。
今日は違う。
もっとも、これから向かう場所を考えれば、気楽な観光というわけにもいかない。
「本当に三十億マニーなんてあるのかしら」
リズが窓の外を眺めながら呟いた。
「分からない」
悠真は即答した。
「そこはもうちょっと夢のある返事をしなさいよ」
「噂しかないんだから仕方ないだろ」
海底ダンジョンに莫大な財宝が眠っている。
分かっているのは、それだけだ。
聖剣マクベスを手に入れるには三十億マニーが必要になる可能性がある。
だから確かめる。
今の悠真たちにあるのは、それだけだった。
「三十億どころか、一マニーもなかったりしてな」
ラパンが笑う。
「やめろ」
「可能性の話だ」
「今それ聞きたくなかったよ」
ドゴルドが呆れた顔でラパンの肩を叩く。
「お前は少し黙ってろ。悠真のやる気がなくなるだろ」
「俺のせいなのか?」
そんなやり取りを聞きながら、ボッツが僅かに口元を緩めた。
昨日とは別人のようだった。
ナミリアが無事に戻ったことが大きいのだろう。
潜水艇はさらに沖へ進んでいく。
しばらくすると、海底の景色が変わった。
砂地が消え、巨大な岩が目立つようになる。
「そろそろだ」
ボッツの言葉で、船内の空気が変わった。
全員が窓の外を見る。
前方に巨大な岩壁があった。
その中央。
ぽっかりと黒い穴が開いている。
「あれが……」
「海底ダンジョンだ」
ボッツが潜水艇の速度を落とす。
「元々は海賊のアジトだったらしい。ただ、どこまでが海賊の作った場所で、どこからがダンジョン化してできた場所なのかは俺にも分からん」
「ボッツさんは入ったことないんですか?」
「あるわけねえだろ」
即答された。
「俺は命が惜しい」
「ですよね」
潜水艇は岩壁から少し離れた場所で止まった。
岩礁が複雑に入り組んでおり、これ以上近づくのは難しいらしい。
悠真は収納鞄から双界カードを取り出した。
「ボッツさん。これを持っていてください」
「なんだ?」
「双界カードです。これで俺と連絡が取れます」
ボッツは受け取ったカードを裏返しながら、不思議そうに眺める。
「それだけじゃありません。条件を満たせば、離れた場所から転移することもできます」
「転移?」
ボッツの眉が上がった。
「だから俺たちを降ろしたら、ウィストンへ戻ってください。ここで待ってなくても大丈夫です」
「攻略が終わったら、それで戻ってくるってことか」
「はい。まず連絡します」
ボッツはしばらくカードを見つめ、それから大切そうに懐へしまった。
「便利な物を持ってるんだな、お前は」
「まあ、いろいろありまして」
「いろいろで済ませる物じゃねえ気がするが……」
これまでの話を聞いていたボッツは苦笑した。
悠真たちは水中用のスキルを発動させる。
水中呼吸。
水中移動。
水圧耐性。
準備を終え、八人は潜水艇から海へ出た。
冷たい海水が身体を包む。
振り返ると、窓の向こうからボッツが片手を上げた。
悠真も手を振り返し、仲間たちとともに岩壁へ向かう。
黒い穴が徐々に大きくなっていった。
近くまで来ると、その巨大さがよく分かる。
人間が何人並んでも余裕で通れるほどの入口だった。
八人は暗い洞窟へ入った。
しばらく水中を進む。
やがて通路が上向きになり、頭上に水面が見えてきた。
悠真が先に浮上する。
ザバッ。
顔を出した途端、視界がほとんど利かなくなった。
「暗いな……」
後から上がってきたララが片手を掲げる。
「灯しますね」
掌の上に小さな光が生まれた。
光はゆっくりと浮かび上がり、周囲を柔らかく照らす。
石造りの通路が奥へ続いていた。
壁には明らかに人の手で削られた跡があり、錆びた金具や朽ちかけた木材が残されている。
「本当に海賊がいたんだな」
悠真は水から上がると、収納鞄を開いた。
「何してるの?」
リズが覗き込む。
「念のため」
取り出したのは小型のランプだった。
火を灯すと、ララの魔法とは違う橙色の光が周囲に広がった。
「ララの魔法があるじゃない」
「こういう場所じゃ何があるか分からないからさ。自分でも灯りを持ってた方がいいからな」
「珍しく慎重ね」
「珍しくは余計だ」
レオンとドゴルドもランプを所持している。
もし何かあって離れたとしても、光源には困らない。
「ここからは特に気をつけろ」
ドゴルドが壁に残された古い金具を確認しながら言った。
「罠が多いって話だ」
「海賊が作ったもの?」
ララが尋ねる。
「分からん。海賊が残したのか、ダンジョン化してからできたのか。それすら分かってない」
「本当嫌な場所ね」
リズが眉を寄せる。
悠真は意識を集中させた。
「エリア感知」
感覚が周囲へ広がっていく。
遠くにいくつか魔物らしい反応がある。
だが、すぐ近くには何もいない。
「この辺りには魔物はいないみたい」
「罠は?」
「そこまでは分からない」
悠真が答えると、ララは足元へ視線を落とした。
「では、慎重に進みましょう」
八人は速度を落として奥へ進んだ。
ララの魔法の光が先を照らし、悠真のランプが足元を照らしている。
通路の隅には時折、古い骨が転がっていた。
冒険者なのか。
かつてここを使っていた海賊なのか。
それすら分からない。
さらに奥へ進むと、通路が少し広くなった。
「今のところ何もないな」
ラパンが周囲を見回す。
「こんな時にそんなこと言うとなんかが起きそう」
悠真が返した、その時だった。
ミシッ。
足元から、嫌な音が響いた。
「……え?」
悠真が視線を落とす。
石床に細い亀裂が走った。
「みんな、離れろ!」
ガコンッ!
床が消えた。
「きゃあっ!」
「ララ!」
身体が一気に沈む。
落ちている。
悠真の手にしたランプが激しく揺れ、壁に映った八人の影が滅茶苦茶に乱れた。
しかも、ただの落とし穴ではなかった。
三つに割れた床が、それぞれ別方向へ傾いている。
「悠真!」
ララが手を伸ばす。
「ララ!」
悠真も手を伸ばした。
だが届かない。
ララとリズ、メリーが右側の暗闇へ吸い込まれていく。
反対側ではレオンたちの姿も離れていった。
「悠真、下だ!」
レオンの声。
悠真は反射的に下を見る。
激しく揺れるランプの光が、一瞬だけ穴の底を照らした。
「……っ!」
無数の鉄杭。
鋭く尖った先端が、こちらへ向けて並んでいる。
その間には白骨化した人間が何人も横たわり、杭に突き刺さったままの骸骨まであった。
錆びた鎧。
折れた剣。
朽ちた衣服。
中には、まだ完全には骨になっていない遺体まで見える。
何人もの冒険者が、この罠で命を落としている。
そして、その鉄杭が凄まじい勢いで迫ってくる。
「クラン!」
すぐ下をクランが落ちていた。
悠真は身体を捻り、必死に手を伸ばす。
指先が触れた。
だが、落下の勢いで離れる。
「っ!」
クランの身体が悠真より先へ落ちていく。
真下には一本の太い鉄杭。
「飛行!」
悠真の身体が一気に加速した。
落下するクランへ追いつき、その身体を抱き寄せる。
「悠真さん!?」
「止まれっ!」
鉄杭の先端が迫る。
クランの靴底まで、あと僅か。
二人の身体が空中で急停止した。
悠真のランプが振り子のように揺れる。
その光が、足元の鉄杭と死体の山を照らしていた。
「……危なかった」
悠真が息を吐く。
腕の中のクランも、しばらく下を見つめていた。
「……助かりました」
「俺も今のはちょっと焦ったよ」
クランが悠真を見る。
「悠真さん飛べるんですね」
「まあ、一応」
「一応で飛ぶ人は初めて見ました」
「今そこ?」
一方。
別の穴では、レオンとドゴルドが即座に飛行スキルカードを使用していた。
二人の身体が落下途中で浮かび上がる。
しかし。
「おい! 俺は飛べねえぞ!」
ラパンだけが、そのまま鉄杭へ向かって落ちていく。
「知ってる!」
ドゴルドが急降下した。
「うおおおっ!」
ラパンの叫びが穴の中に響く。
鉄杭まで数メートル。
ドゴルドが腕を伸ばす。
「届かねえ!」
「なんとかしろ!」
「動くな!」
「落ちてんだから無理だろ!」
ドゴルドがさらに加速した。
ガシッ!
ラパンの襟首を掴む。
直後、二人の身体が鉄杭すれすれで止まった。
「ぐえっ!」
「文句言うな!」
「首! 首が締まってる!」
「死ぬよりマシだ!」
そして三つ目の穴。
ララたちも猛烈な勢いで落下していた。
「ララ!」
リズの声が響く。
「待って!」
ララは落ちながら収納から魔法の絨毯を取り出した。
しかし落下の風で布が暴れ、なかなか広がらない。
「開いて!」
下には鉄杭。
メリーが杖を握りしめる。
距離が急速に縮まっていく。
「ララ!」
「もう少し!」
バサッ!
ようやく魔法の絨毯が大きく広がった。
「二人とも乗って!」
リズが飛びつくように絨毯を掴み、メリーも身体を滑り込ませる。
三人を乗せた絨毯が大きく沈み込む。
「きゃっ!」
鉄杭が目の前まで迫った。
そして。
ふわり。
絨毯が浮かび上がった。
「……危なかった」
リズが下を見て顔を引きつらせる。
「これ、普通の冒険者だったら終わってるわよ」
メリーも杭に残る遺体を見つめ、表情を曇らせた。
三組とも助かった。
だが。
ゴゴゴゴゴ……。
悠真が顔を上げる。
「何の音だ?」
落ちてきた穴が閉じ始めていた。
「まずい!」
悠真はクランを抱えたまま上昇する。
しかし、石板が閉じる方が速い。
ズズンッ!
巨大な石の蓋が完全に閉じた。
ララの魔法の光も消え、悠真の周囲を照らすのは手元のランプだけになる。
さらに奥から重たい音が響いた。
別々の穴を隔てるように、巨大な石壁が動いている。
「……そういうことか」
悠真はクランを地面へ降ろした。
殺せればそれでいい。
飛行や魔法で生き残った者も、仲間から引き離す。
最初から二段構えの罠だったのだ。
「みんな……」
悠真は共有カードを取り出した。
「レオン、聞こえる?」
少しして声が返ってくる。
『聞こえている』
「そっちは?」
『三人とも無事だ』
悠真は肩の力を抜いた。
「よかった」
『ラパンも騒がしいくらい元気だ』
『誰が騒がしいんだ!』
遠くからラパンの声まで聞こえてくる。
その頃、ドゴルドも自分の共有カードを取り出していた。
「メリー、聞こえるか?」
僅かな間のあと、メリーの声が返ってくる。
『聞こえてるわ』
「そっちはどうだ?」
『三人とも無事よ。ララさんの魔法の絨毯に助けてもらったわ』
「怪我は?」
『大丈夫。リズもララさんも問題ないわ』
「そうか……よかった」
三組とも無事。
だが、元の場所へ戻る方法は見つからない。
悠真はランプを掲げて周囲を確認した。
上は完全に閉ざされている。
目の前には一本の暗い通路だけが続いていた。
「こっちは先に進むしかなさそう」
共有カード越しに状況を伝えると、ほかの二組も同じらしい。
「だったら、それぞれ進んでみよう。合流できそうな場所を探す。何かあったらすぐ共有カードで連絡して」
全員が了承する。
通信を終え、悠真は共有カードをしまった。
ランプの光を少し前へ向ける。
暗い通路がどこまでも続いていた。
「……二人になってしまいましたね」
隣に立つクランが呟く。
「そうだね」
「不安ではないんですか?」
「何が?」
「このダンジョンです。二人だけになったことも」
悠真は少し考えた。
それからランプを持ち直して歩き始める。
「まあ、なんとかなるよ」
「随分と気楽ですね」
「一人じゃないし」
クランが僅かに目を見開く。
悠真は振り返った。
「クランもいるからね」
「私が……?」
「一人より二人の方がいいでしょ。行こう」
それだけ言って、悠真は先へ進んでいく。
クランはその場に僅かに残った。
揺れるランプの光。
その先を歩いていく悠真の背中を見つめる。
彼は知らない。
自分が何のために同行しているのか。
誰の命令で、悠真たちの中にいるのか。
「……そうですね」
小さく呟き、クランも悠真の後を追った。
二人の前には、海底ダンジョンの暗い通路がどこまでも続いていた。
第126話を読んでいただき、ありがとうございました!
海底ダンジョンに入って早々、とんでもない罠にかかった悠真たち。
針山を切り抜けたと思ったら、本当の狙いはまさかの分断でした。
悠真とクラン。
レオン、ドゴルド、ラパン。
ララ、リズ、メリー。
三組に分かれてしまいましたが、共有カードで互いの無事は確認できています。
そして悠真は、クランと二人きりに。
ここからそれぞれの探索が始まります。
次回もよろしくお願いします!




