第125話 エリア感知が捉えたもの
いつも『異世界は金で強くなる』を読んでいただきありがとうございます!
海底ダンジョンへ向かうはずが、行方不明になったナミリアを捜すことになった悠真たち。
昨日から捜索が続いているものの、いまだ手がかりはありません。
広大な北の海で、悠真のエリア感知は通用するのでしょうか。
今回もよろしくお願いします!
ウィストンの港を出た潜水艇は、冷たい北の海をゆっくりと沖へ進んでいた。
操縦席にはボッツ。
その後ろに悠真たち八人が乗り込んでいる。
船内は思っていたより狭い。壁には魔石を収めた装置が並び、低い駆動音が絶えず響いていた。
「そろそろ潜るぞ」
ボッツが前を向いたまま告げる。
悠真が窓の外へ目をやる。
海面が少しずつ近づき、次の瞬間。
ザブン。
潜水艇が水中へ沈んだ。
「おお……」
悠真は思わず窓へ寄った。
外の景色が一変する。
海面から差し込んでいた光が揺らぎ、魚の群れが船体の横を通り過ぎていく。
さらに深く潜るにつれて、青かった海は次第に暗さを増していった。
「悠真、子供みたい」
リズが笑う。
「潜水艇なんて初めてなんだから仕方ないだろ」
「私も初めてだけど?」
「お前もさっきから窓に張りついてるじゃん」
「私は確認してるだけ」
「何を?」
「海を」
「同じじゃないか」
そんな二人のやり取りにも、ボッツは振り返らない。
前方だけを見つめている。
昨日、妻が姿を消した海。
今の彼にとっては景色を楽しむような余裕などないのだろう。
「ボッツさん」
悠真が声をかける。
「遭難した場所までは、あとどのくらいですか?」
「もう少しだ」
短い返事だった。
「昨日、女房たちは海底資源の調査でこの先まで来た。岩礁の近くで一度浮上して、そこから外へ出る予定だった」
ボッツは操縦桿を少し傾ける。
「その時に、例の魔物が現れた」
「どんな魔物だったんですか?」
ララが尋ねる。
「俺は直接見てない。戻ってきた連中の話じゃ、潜水艇より何倍もデカかったらしい」
「潜水艇より……」
リズが窓の外を見る。
その声にはさっきまでの軽さがなかった。
「海面近くを通っただけで、艇がひっくり返りそうになったそうだ」
ボッツの手に力が入る。
「女房は艇を出た直後だった。波にさらわれて、そのまま見失った」
「ほかの人たちは?」
「全員無事だ」
だからこそ、ナミリアだけが見つからないことが余計につらいのだろう。
やがてボッツが速度を落とした。
「この辺りだ」
窓の外には、複雑な岩礁が広がっている。
大きな岩が海底から突き出し、その間を暗い海流が抜けていた。
悠真は席を立った。
「やってみます」
目を閉じる。
「エリア感知」
意識を広げる。
潜水艇の中。
仲間たちの反応。
外を泳ぐ魚。
海底を這う小さな魔物。
そこからさらに範囲を広げていく。
「……いないですね」
悠真が目を開けた。
ボッツが振り返る。
「本当か?」
「少なくとも、この周辺には人間の反応はありません」
ボッツの表情が僅かに曇った。
「昨日からここは何度も探した」
「だったら、流されたんだと思います」
悠真は窓の外を見る。
「昨日の海流って、どっち向きだったんですか?」
ボッツは少し考え、前方の装置を操作した。
「東だ。かなり流れが強かったらしい」
「じゃあ、そっちへ行ってみましょう」
「そこも探してる」
「どこまで?」
「岩礁の端までは」
「なら、その先も」
ボッツは悠真を見る。
数秒黙ったあと、潜水艇を動かした。
「分かった」
岩礁に沿って東へ進む。
悠真は一定間隔でエリア感知を使った。
しかし、人間の反応はない。
一度。
二度。
三度。
そのたびにボッツの口数が減っていく。
船内にも少しずつ重たい空気が広がっていった。
「悠真」
ララが小声で呼ぶ。
「無理はしないでくださいね」
「大丈夫」
そう答えた直後だった。
窓の外で何かが動いた。
最初は岩の影かと思った。
しかし、違う。
巨大な何かが、ゆっくりと潜水艇の横を通り過ぎていく。
「……何?」
リズが声を落とす。
ボッツがすぐに速度を止めた。
「全員、動くな」
低い声だった。
窓の向こう。
暗い海の中から、巨大な胴体が姿を現す。
鱗に覆われた長い体。
尾が一度動くだけで、海中に強い流れが生まれた。
ゴウンッ。
潜水艇が大きく揺れる。
「これ……もしかして昨日の?」
メリーが息を呑む。
「たぶんな」
ボッツの声が硬い。
「今まで、この辺じゃ見なかった魔物だ」
レオンが剣へ手を伸ばしかける。
ドゴルドが静かに首を振った。
「やめとけ。艇の中だ」
「分かってる」
全員が息を潜める。
巨大な魔物は潜水艇へ興味を示す様子もなく、そのままゆっくりと遠ざかっていった。
やがて黒い影が海の暗がりへ消える。
「……行った?」
リズが小声で尋ねる。
「そのようだな」
ドゴルドがようやく息を吐いた。
ボッツはしばらく魔物の消えた方向を見つめていた。
「昨日も、あれくらいの奴だったらしい」
「本来はここにいないんですよね?」
ララの質問に、ボッツが頷く。
「少なくとも俺は、こんな近海で見たことがない」
悠真の頭に、雪山のドラゴンが浮かんだ。
山では、スノーワイバーンが大量に人のいる場所へ降りてきている。
海では、本来この辺りにいない大型魔物。
何かが起きている。
ただ、今はそれを考えている場合ではなかった。
「進みましょう」
ボッツが潜水艇を再び動かす。
さらに東へ。
岩礁が次第に複雑になっていく。
潜水艇が通れる幅も狭くなり、ボッツは慎重に操縦桿を動かしていた。
「この辺りで一度止めてください」
悠真が言う。
潜水艇が静止する。
再び目を閉じた。
「エリア感知」
意識が水中へ広がっていく。
魚。
小さな魔物。
海底。
岩。
「……ん?」
悠真の眉が動いた。
もう一度、同じ場所へ意識を集中させる。
確かにある。
弱い。
しかし。
「見つけたかもしれません」
ボッツが勢いよく振り返る。
「どこだ!?」
「ちょっと待って」
悠真は目を閉じたまま位置を探る。
「変なんです」
「何が?」
「海の中じゃない」
「どういうことだ」
悠真は窓の向こうにある巨大な岩壁を指差した。
「あの中」
「岩の中?」
リズが首を傾げる。
「人の反応があります」
ボッツが窓へ寄った。
「そんな場所に洞窟なんて……」
ラパンが岩壁を観察する。
「外から見えないだけかもしれないな」
「海面の下に入口があるとか?」
ララの言葉にドゴルドが頷いた。
「それあり得る」
「俺が行ってみます」
悠真が立ち上がる。
「一人は駄目だ」
レオンも続く。
「私も行きます」
メリーが自分の杖を手にした。
「見つけても衰弱してる可能性があるわ。治療できる人間がいた方がいい」
「じゃあ三人で」
悠真たちは準備を始めた。
購入しておいたスキルカードを取り出す。
「水中呼吸」
カードが淡く光り、その力が体へ流れ込む。
続いて水中移動と水圧耐性。
「本当にこれで息できるんだよな……」
「今さら怖くなったの?」
リズが笑う。
「ちょっとだけ」
ボッツが出口を開ける準備をする。
「気をつけろ。さっきの魔物が戻ってくる可能性もある」
「分かりました」
ハッチが開く。
冷たい水が流れ込む。
悠真は思い切って海へ出た。
身体が水に包まれる。
思わず息を止めたが、試しにゆっくり吸ってみる。
「……!」
息ができる。
水の中なのに、苦しくない。
隣ではレオンが特に驚いた様子もなく泳ぎ始めている。
メリーも続く。
水中移動の効果で、想像していたより体は軽かった。
悠真はエリア感知を頼りに岩壁へ近づいた。
反応はこの奥。
岩壁沿いを探していると、下の方に細い裂け目が見えた。
人一人が通れる程度。
悠真が指差す。
三人で裂け目へ入った。
思ったより暗い。
しばらく進むと、通路が上向きに変わった。
悠真は水面へ向かって泳ぐ。
ザバッ!
顔を出す。
「……空気がある」
岩に囲まれた小さな洞穴だった。
海面下の入口から奥へ続いているため、外からは存在が分からなかったのだろう。
「反応は?」
レオンが水から上がる。
「この奥です」
三人で進む。
そして。
「いました!」
洞穴の奥。
一人の女性が岩壁にもたれ、ぐったりと座り込んでいた。
四十代ほど。
濡れた服のまま、身体を小さく丸めている。
「ナミリアさん!」
悠真が駆け寄った。
女性の瞼が僅かに動く。
「……誰……?」
「ボッツさんに頼まれて探しに来ました!」
「ボッツ……」
その名前を聞いた瞬間、ナミリアの口元がほんの少し緩んだ。
「……わたし生きて帰れるのね」
「大丈夫。迎えに来ました」
メリーがすぐに膝をつく。
「かなり身体が冷えています」
回復魔法の淡い光がナミリアを包む。
「傷は治せる。でも、この冷え方はよくないわ。早く暖かいところへ戻りましょう」
悠真とレオンがナミリアの身体を支える。
三人で慎重に洞穴を戻った。
潜水艇へ帰還した瞬間。
「ナミリア!」
ボッツが操縦席から立ち上がった。
「……あなた」
ナミリアが小さく笑う。
ボッツは何も言わず、妻の肩を強く抱いた。
しばらくして、ようやく口を開く。
「……馬鹿野郎」
「ごめんなさい」
「遅えんだよ」
「1日じゃない」
「十分長え」
リズが少しだけ笑い、ララも安心したように息を吐いた。
ナミリアは毛布に包まれ、温かい飲み物を受け取った。
落ち着いてから、昨日のことを少しずつ話し始める。
「大型の魔物に流されて……気づいたら岩礁の近くまで来てたの」
「よく洞窟を見つけましたね」
悠真が尋ねる。
「水中呼吸のスキルが残ってたから、必死で逃げ込めるところを探したの。あの裂け目は偶然見つけたわ」
ナミリアは窓の外へ視線を向ける。
「でも、おかしいのよ」
「何が?」
「あんな魔物、この近海じゃ見たことがないわ」
ボッツも黙って聞いている。
「それだけじゃない。最近、海流も少し変なの。海水の温度も、例年とは違う場所があるの」
悠真はララを見る。
ララも同じことを考えたらしい。
雪山だけではない。
アルファ地区全体で、何かが変わり始めているのかもしれない。
潜水艇はそのままウィストンへ戻った。
港へ着く頃には、ナミリアも自分で歩ける程度まで回復していた。
地上へ出ると、ボッツは悠真たちの前で足を止めた。
「……助かった」
短い言葉だった。
「女房を連れ戻してくれて、本当にありがとう」
「見つかってよかったです」
悠真が笑う。
ボッツはしばらく悠真を見ていた。
そして、港に停泊している潜水艇へ目を向ける。
「昨日、借りたいって言ってたな」
「え?」
「潜水艇だよ」
「でも、海底ダンジョンには貸さないって」
「気が変わった」
悠真たちの表情が変わる。
「本当にいいんですか?」
「ただし条件がある」
ボッツは潜水艇を指差した。
「艇だけ渡すつもりはねえ」
「というと?」
「俺も行く」
「えっ?」
今度はリズまで声を上げる。
ボッツは腕を組んだ。
「海底ダンジョンへ行くなら、あの海を知ってる奴が操縦した方がいい」
そして悠真を見る。
「女房を助けてもらった借りもある」
その言葉を聞き、悠真は笑った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「まあ任せろ」
こうして。
海底ダンジョンへ向かうための最後の問題だった潜水艇も、ようやく確保できた。
次はいよいよ。
誰も完全攻略したことのない、海の底だった。
第125話を読んでいただき、ありがとうございました!
エリア感知が捉えたのは、外からは見つけることのできない岩礁内部の反応。
ナミリアは水中用スキルと偶然見つけた洞穴のおかげで、なんとか生き延びていました。
そして気になるのは、本来ウィストン近海ではほとんど見られない大型魔物と、変化し始めている海流や海水温。
山だけでなく、海でも何かが起きているようです。
ナミリアを救ったことでボッツの協力も得られ、ついに潜水艇も確保。
次回はいよいよ、海底ダンジョンへの挑戦が始まります!




