第123話 聖剣のお値段
いつも『異世界は金で強くなる』を読んでいただきありがとうございます!
ドラゴンに対抗できる可能性を持つ、聖剣マクベス。
ドゴルドの記憶を頼りに、悠真たちは北の港町ウィストンへ向かいます。
果たして、何百年も前にゼラモードが作った聖剣は本当に残っているのでしょうか。
今回もよろしくお願いします!
翌朝、悠真たちはノルディアから北の港町ウィストンへ向かう定期便に乗っていた。
アルファ地区の街を結ぶ雪上交通機関、スノーフローター。
横長の大きな車体には十数人が乗れる客室があり、その底部に埋め込まれた魔石が淡い光を放っている。車体は雪面からわずかに浮き、深く積もった雪の上を滑るように進んでいた。
「これ、便利だな」
窓際に座った悠真は、流れていく雪景色を眺めながら呟いた。多少の揺れはあるものの、雪に車輪を取られることもなければ、馬が疲れる心配もない。
「アルファじゃ、こいつがないと街を行き来するだけでも大仕事だからな」
向かいに座るドゴルドが腕を組む。
「特に冬は道そのものが雪で消える。馬車なんか使ってたら、いつ着くか分からんぞ」
「地域が違うと、乗り物まで変わるのね」
リズも窓の外へ顔を向けた。
ノルディアを離れてしばらくすると、景色が少しずつ変わり始める。
険しかった山々が遠ざかり、雪に覆われた平地が増えていく。そしてさらに北へ進むにつれ、白一色だった景色の向こうに濃い青色が混じり始めた。
「あれ、海?」
リズが窓へ身を寄せる。
「ウィストンは北の港町ですからね」
ララの言葉通り、雪原の先に広大な海が姿を現していた。
冬の海は重たい鉛色をしている。白い波が岩場へぶつかり、そのたびに細かな飛沫が舞い上がっていた。
やがてスノーフローターは速度を落とし、ウィストンの街へ入っていった。
ノルディアとは明らかに雰囲気が違う。
潮の匂いを含んだ冷たい風が通りを抜け、港には大小さまざまな船が停泊している。雪をかぶった桟橋では厚手の防寒着を着た男たちが魚の入った木箱を運び、市場からは威勢のいい声が聞こえていた。
「まずは武器屋だな」
ドゴルドが迷うことなく歩き出す。
悠真たちはその後を追った。
クランも最後尾からついてくる。
昨日見たドラゴンのことは、当然彼女も気になっていた。しかし、それ以上に気になるのはゼラモードという人物だった。
デアボロスから聞かされていない情報が、次々と出てくる。
クランは表情には出さず、悠真たちの会話を聞きながら歩いた。
しばらくして、ドゴルドが一軒の店の前で足を止める。
「ここだったはずだ」
古い石造りの建物だった。
軒先には剣を模した看板が吊るされているが、雪と潮風にさらされて文字はかなり薄れている。
扉を開けると、金属と油の匂いが鼻をくすぐった。
壁一面に剣や槍、斧が並んでいる。一般的な武器もあるが、中には見たことのない形の刃物や、明らかに古そうな武器も混じっていた。
「珍しいものが多いですね」
ララが興味深そうに店内を見回す。
「だから覚えてたんだ」
ドゴルドも棚を眺めながら奥へ進んだ。
「確か、この辺りに……」
その足が止まる。
「これじゃないか?」
店の一番奥。
他の武器とは離れた場所に、一本の剣が飾られていた。
派手な装飾はない。
長い年月を経ているはずなのに、鞘にも柄にも不思議なほど傷がなく、周囲の古びた武器とは明らかに雰囲気が違っている。
悠真が近づく。
剣の下には小さなプレートがあった。
そこに刻まれた文字を読んだ瞬間、目を見開く。
「……聖剣マクベス」
「本当にあったのね」
リズも隣から覗き込んだ。
ララは剣をじっと見つめている。
「これを、ゼラモード様が……」
何百年も前。
まだ神だった頃のゼラモードが作った剣が、こうして目の前に残っている。
「じゃあ、これを買えばいいんだな」
レオンが言う。
「そうなんだけど……」
悠真はプレートの下へ視線を落とした。
そこで固まった。
「どうした?」
「……これ」
悠真が指差す。
そこには販売価格が記されていた。
三十億マニー。
「…………」
リズが目を細めた。
そして顔を近づける。
「三十億?」
「だよね」
「三億じゃなくて?」
「ゼロが一個減っても高いけどね」
ララも確認し、さすがに困った顔をする。
「間違いではなさそうですね……」
レオンがドゴルドを見る。
「お前、とんでもなく高かったとは言っていたが」
「俺もここまでだったとは覚えてなかったぞ」
ドゴルドも額を押さえた。
「誰が買うんだ、こんなもん」
「買いたいの?」
突然、奥から声がした。
全員が振り返る。
五十代ほどの男が、作業台の奥からこちらを見ていた。分厚い革の前掛けを身につけ、手には武器を磨いていたらしい布を持っている。
悠真はマクベスを指差した。
「これ、本当に三十億マニーなんですか?」
「そう書いてあるだろ」
「桁を間違えたりとか……」
「してないよ」
男は布を作業台へ置くと、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
「三十億マニー。それがその剣の値段だ」
「高すぎません?」
「だからいいんだ」
「え?」
店主はマクベスを見上げた。
先ほどまでの商売人らしい顔が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「そいつは代々、うちの家に受け継がれてきた家宝なんだよ。俺の親父も、そのまた親父も大事にしてきた」
「じゃあ……売り物じゃない?」
「俺は売る気なんてないよ」
あっさり言われ、悠真はもう一度値札を見る。
「だったら、なんで値段がついてるんですか?」
「昔から欲しがる奴が多くてね。いくらなら売る、いくらなら手放すって、うるさいんだ」
店主は肩をすくめる。
「だから三十億」
「絶対買えない値段をつけたってこと?」
「そういうことだ」
店主は悪びれる様子もない。
「まあ、本当に三十億マニーを俺の目の前に持って来られたら、その時は考えてやるよ」
口調からして、本当に持ってくる人間がいるとは思っていないのだろう。
悠真は腕を組んだ。
「三十億か……」
カミシロフーズを立ち上げ、異世界で事業も始めた。以前の悠真なら想像すらできなかった額の金が動くようになっている。
それでも三十億マニーは別次元だった。
今すぐ用意しろと言われても、どうにもならない。
「どうする?」
リズが小声で聞いてくる。
「……とりあえず考えよう」
悠真たちは店主に礼を言い、武器屋を出た。
外へ出ると、冷たい潮風が頬を刺した。
港の近くまで歩き、邪魔にならない場所で立ち止まる。
「三十億なんて、どうやって用意するのよ」
リズが白い息を吐きながら腕を組む。
「ガイオに相談するか……」
悠真の頭に兄王の顔が浮かぶ。
ゼラモードに相談する方法もある。
だが、さすがに三十億となれば気軽に借りられる金額ではない。
そもそもドラゴンと戦うことが決まったわけでもないのだ。
「できれば、自分たちで何とかしたいな」
悠真が呟いた時、ドゴルドが黙ったまま海を見つめていることに気づいた。
「どうしたの?」
「……一つだけある」
「何が?」
「金になるかもしれん話だ」
悠真の顔が上がる。
「三十億?」
「そこまでは知らん」
「知らないの?」
ドゴルドは苦笑した。
「誰も確かめたことがないからな」
「どういうこと?」
今度はララが尋ねる。
ドゴルドは港の向こう、冬の海へ視線を向けた。
「この沖に、昔の海賊どもが使っていたアジトがある」
「海賊?」
「昔、この辺りの海を荒らしてた連中だ。商船を襲って、奪った金や宝を秘密のアジトへ運び込んでいたらしい」
メリーが続きを引き取る。
「その話、私も聞いたことがあるわ。今は海の底に沈んでいる場所でしょう?」
「そうだ」
ドゴルドが頷いた。
「長い年月で地形が変わって、アジトごと海底へ沈んだ。しかも中には海賊が仕掛けた罠が残っていて、いつの間にか魔物まで棲みついた」
ラパンが肩をすくめる。
「今じゃ立派なダンジョン扱いだよ。行きたがる奴なんてほとんどいないけどな」
「攻略した人はいないの?」
「最深部まで行った奴は一人もいない」
悠真は海を見た。
灰色の波がうねり、桟橋へ打ちつけている。
「じゃあ、海賊の宝がまだ残ってるかもしれない?」
「そういう噂だ」
ドゴルドの答えに、悠真の表情が少し明るくなる。
「それなら三十億くらい……」
「だから知らんって」
すぐに止められた。
「財宝が本当に残ってるかどうかも分からん。残っていたとして、それが三十億になる保証もない」
「……それ、かなり賭けじゃない?」
リズが呆れたように言う。
「かなりどころか、ほぼ賭けだな」
ラパンが笑う。
しかも誰も攻略したことがないダンジョンだ。
危険なのは間違いない。
悠真はしばらく海を眺めていた。
スノードラゴンを倒したいわけではない。
できるなら戦わず、別の場所へ移動させたい。
だが、もしドラゴンがノルディアへ向かってきた時、何の手段も持っていなければ逃げることしかできない。
ゼラモードでさえ、人間となった今では敵わない相手だ。
ならば、できる準備くらいはしておきたい。
「行ってみよう」
悠真が振り返った。
「海底ダンジョンに」
ドゴルドは驚かなかった。
むしろ、そう言うと思っていたように口元を緩める。
「簡単にはいかんぞ」
「分かってる。でも何もせずに三十億が降ってくるわけじゃないし」
「それもそうね」
リズが小さく息を吐いた。
ララも杖を抱え直す。
「まずは行く方法を調べないといけませんね」
レオンは沖へ目を向けた。
「海の底となると、準備も必要だな」
クランは少し離れた場所から、その会話を聞いていた。
ドラゴンを発見したと思えば、今度は三十億マニーの聖剣。
そして次は、誰も攻略したことのない海底ダンジョン。
悠真たちと行動を始めてから、予定外のことばかりが起きている。
それでも。
クランは冬の海を見つめながら、ほんのわずかに口元を緩めた。
誰にも気づかれないほど、小さく。
海の底に何が待っているのか。
それは、彼女にも少しだけ気になっていた。
第123話を読んでいただき、ありがとうございました!
聖剣マクベスは本当に存在していました。
しかし、待っていたのはまさかの三十億マニー。
カミシロフーズを立ち上げた悠真でも、さすがにすぐ用意できる金額ではありません。
そこで浮上したのが、ウィストン沖に眠る海底ダンジョン。
かつて海賊たちが財宝を隠したとされながら、今まで誰も完全攻略したことのない場所です。
財宝が本当に残っているのか。残っていたとして三十億マニーに届くのか。
何一つ保証はありません。
それでも悠真たちは、海の底へ挑むことを決めました。
次回、海底ダンジョンへの準備が始まります!




