第119話 雪国ノルディア
いつも『異世界は金で強くなる』を読んでいただきありがとうございます!
パッセルをあとにし、次なる石版を求めてアルファ地区へ向かった悠真たち。
しかし、雪国への旅は到着する前から一筋縄ではいかないようです。
新たな土地、ノルディア編の始まりです!
パッセルを発ってから数時間。
悠真たちはララの魔法の絨毯に乗り、北へ向かって空を進んでいた。
出発した頃には眼下に緑の大地が広がっていたが、北へ進むにつれて、その景色は少しずつ姿を変えている。
森の木々はまばらになり、ところどころ地面が白く染まり始めていた。
「見て、悠真!」
絨毯の端に座っていたリズが、遠くを指差す。
「あれ!」
遥か前方。
空と大地を分断するように、巨大な山脈が連なっていた。
頂は白く染まり、そのさらに上は厚い雲に覆われている。
「すごいな……」
悠真も思わず見入った。
これまで旅してきた場所とは、まるで景色が違う。
風に乗って、小さな白いものが悠真の頬へ触れた。
「雪?」
手を伸ばす。
掌へ落ちた雪は、すぐに水へ変わった。
「アルファ地区に入りました」
絨毯の前方に座るララが振り返る。
「ここから先は、もっと寒くなりますよ」
「これくらいなら平気じゃない?」
リズは楽しそうに空を見上げている。
「雪なんて久しぶり。綺麗だし」
「山に入っても同じことが言えればいいですけど」
「そんなに違うの?」
「全然違います」
ララが答えた、その直後だった。
ゴオオオッ!
「うわっ!」
猛烈な横風が絨毯へ叩きつけられた。
絨毯が大きく傾く。
「きゃっ!」
端にいたリズの体が滑った。
「リズ!」
レオンが咄嗟に腕を掴む。
悠真も絨毯へ手をつき、何とか体勢を保った。
「なんだ、この風!」
「山から吹き下ろしてるんです!」
ララは両手を絨毯へ向け、必死に姿勢を立て直す。
ようやく水平に戻ったと思った次の瞬間、再び強風が襲ってきた。
今度は雪まで混じっている。
白い粒が横殴りに飛んできて、悠真は思わず顔を腕で覆った。
「前が見えない!」
さっきまで見えていた山脈が消えていた。
数十メートル先すら白く霞んでいる。
「ララ、これ大丈夫なのか!?」
「大丈夫じゃありません!」
珍しくララが強い口調で返す。
「これ以上は危険です。降ります!」
絨毯が一気に高度を下げる。
風に煽られ、左右へ激しく揺れながら地上へ近づいていく。
「ちょっと! 速くない!?」
「ゆっくり降りたら流されます!」
「それも怖い!」
やがて白い地面が見えてきた。
「着きます! 掴まって!」
ドサッ!
絨毯が雪の上へ滑り込むように着地した。
積もった雪が盛大に舞い上がる。
しばらく誰も動かなかった。
最初に口を開いたのはリズだった。
「……雪、嫌いになりそう」
「さっき綺麗って言ってただろ」
「見るだけならね!」
悠真は苦笑しながら立ち上がった。
だが、笑っていられたのはそこまでだった。
「……寒っ」
空を飛んでいた時とは比べものにならない。
風が服を突き抜け、肌へ直接刺さってくるようだった。息を吸えば、鼻の奥まで痛い。
悠真は両腕を擦る。
「ノルディアは?」
「それほど遠くありません」
ララが周囲を確認する。
「このまま歩けば着けます。急ぎましょう」
「飛んだ方が速くないか?」
悠真は飛行スキルを発動した。
体が雪面から浮かび上がる。
その瞬間。
ゴオッ!
「うおっ!」
体が横へ流された。
慌てて高度を下げ、雪の上へ着地する。
レオンがその様子を見て一言。
「歩くぞ」
「……そうしよう」
これなら雪山で飛ぶのは無理だ。
悠真たちは徒歩でノルディアを目指した。
雪は想像以上に歩きにくい。
一歩進むたびに足が沈み、普段よりずっと体力を使う。
「クラン、大丈夫?」
リズが隣を歩くクランへ声をかけた。
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
いつも通りの表情だった。
しかしリズはクランの手を見て足を止める。
「ちょっと、手!」
クランの指先が赤くなっていた。
「手袋持ってないの?」
「ありません」
「寒いでしょ」
「寒いです」
「だったら言ってよ!」
リズは荷物を探り、予備の手袋を取り出した。
「はい」
クランが手袋を見る。
「これは?」
「見れば分かるでしょ。貸してあげる」
「でも、リズが使うのでは?」
「私はしてるから大丈夫」
クランは少し迷ってから受け取った。
「……ありがとうございます」
「ノルディアに着いたら、ちゃんとしたの買おうね」
リズはそう言って先へ進んでいく。
クランは手袋をはめ、自分の手をしばらく見つめてから、その後を追った。
どれほど歩いただろう。
白い景色の向こうに、細い煙が見えた。
「あれ……」
悠真が目を凝らす。
一本ではない。
いくつもの煙が空へ昇っている。
「ノルディアです」
ララの言葉に、リズの顔が一気に明るくなった。
「やっと着いた!」
雪の向こうから街が姿を現す。
石造りの建物が並び、その屋根は雪が落ちやすいよう急な傾斜になっている。軒先には長い氷柱が下がり、煙突からは絶えず白い煙が立ち上っていた。
街を歩く人々は厚い外套や毛皮に身を包んでいる。
雪を積んだ荷車を引く者。
大きな荷物を背負った冒険者。
雪山から戻ってきたのか、全身を白く染めた一団もいた。
門をくぐった瞬間、リズが大きく息を吐いた。
「助かった……」
「まだ街に入っただけだぞ」
「街って素晴らしいね」
「数時間前まで雪が綺麗とか言ってたのにな」
「昔の話は忘れよう」
「数時間前だぞ」
五人はまず、防寒装備を扱う店へ向かった。
店内には毛皮の外套や厚手の靴、手袋、帽子などが所狭しと並んでいる。
店主は悠真たちの格好を見るなり眉をひそめた。
「お前さんたち、その格好で山へ行くつもりじゃないだろうな?」
「そんなにまずいですか?」
悠真が尋ねると、店主は呆れたように鼻を鳴らす。
「街の周りならともかく、山脈へ入ったら一晩もたんぞ」
「一晩……」
「魔物より先に寒さに殺される」
リズの顔から笑みが消えた。
「ちゃんと選ぼう」
「急に真剣になったな」
悠真たちは店主に相談しながら、それぞれ雪山用の外套、厚手の手袋、防寒靴などを揃えていった。
クランは相変わらず、
「どれでも構いません」
と言ったため、結局リズがほとんど選んだ。
「これがいいよ」
「こちらの方が安いですが」
「そこ気にするんだ」
「お金は大切です」
「それはそうだけど」
必要な装備を揃え終える頃には、ようやく雪山へ向かう準備らしい格好になっていた。
その後、悠真たちは街の冒険者たちが集まる酒場へ向かった。
目的は石版の情報だ。
中へ入ると、外とは別世界だった。
暖炉では大きな薪が燃え、パチパチと音を立てている。雪山帰りらしい冒険者たちが酒や温かい料理を囲み、あちこちから大きな笑い声が聞こえてきた。
悠真たちは手分けして聞いて回る。
「変わった石版を見たことありませんか?」
「石版?」
「表に見たことのない景色みたいなものが彫られていて……」
「知らんな」
別の冒険者にも聞く。
「石なら山ほどあるぞ」
「いや、そういう石じゃなくて」
「じゃあ知らん」
なかなか手掛かりは見つからなかった。
「簡単にはいかないか」
悠真が小さく息を吐く。
今日は宿を探して、明日また聞き込みをしよう。
そう考えていた時だった。
「おい、兄ちゃん」
酒場の奥から声が飛んできた。
悠真が振り返る。
年配の冒険者が、酒の入った木杯を片手にこちらを見ていた。
「さっき、石版って言ったか?」
「はい」
悠真たちは男のテーブルへ近づいた。
「何か知ってるんですか?」
「知ってるってほどじゃねえが……」
男は記憶を探るように顎を撫でる。
「昔、そんな妙な石を探し回ってた連中がいたな」
悠真たちの表情が変わった。
「どんな人たちですか?」
「三人組の冒険者だ。雪山じゃそれなりに名が知られてる」
「名前は?」
男は木杯を傾けてから答えた。
「ラスカル」
「ラスカル……」
悠真がその名を繰り返す。
ララも初めて聞く名前らしく、首を傾げていた。
「その人たちは今、どこにいるんですか?」
「それなら運がいいぞ」
男は酒を一口飲み、酒場の入口へ視線を向ける。
「昨日、雪山からノルディアへ戻ってきたばかりだ」
探し求めていた石版への手掛かり。
それは思っていたよりも近くにあるのかもしれなかった。
第119話を読んでいただき、ありがとうございました!
雪景色に少し浮かれていたのも束の間。
強風に魔法の絨毯を煽られ、アルファ地区の厳しさを早くも味わうことになった悠真たち。
なんとか北の街ノルディアへ辿り着き、防寒装備も無事に揃えることができました。
そして石版について聞き込みを続ける中、ようやく浮かび上がった名前。
三人組の冒険者パーティー、「ラスカル」。
しかも彼らは、ちょうどノルディアへ戻ってきたばかりだという。
果たしてラスカルは石版について何を知っているのか。
次回、悠真たちは彼らを探します!




