第109話 残された五枚
今回は、ついに十二柱の神々が勢揃いします。
それぞれ個性豊かな神たちとの初顔合わせを楽しんでいただけたら嬉しいです。
「それなら、みんなを呼んだ方が早いよ」
カンジンがそう言うと、隣にいたベンジンもすぐに頷いた。
「うん。十二人全員に聞けば、残っている石版を誰が持っていたのか分かる」
二人は相談するように顔を見合わせたが、すでに答えは決まっているようだった。
悠真は少し離れた場所に立つモーガントへ視線を向けた。
モーガントは止めるべきか迷っているように見えたが、やがて小さく息を吐く。
「今回に限っては、その方がよいでしょう。ただし、いきなり全員を呼び出すのですから、事情はきちんと説明してください」
「分かった」
「任せて」
カンジンとベンジンが同時に片手を上げる。
神殿の床に描かれていた紋様が淡い光を放ち、そこから幾つもの光の筋が天井へ向かって伸びていった。
悠真は、その光景を少し緊張しながら見守った。
十二柱の神が一つの場所に集まる。
口にすれば短いが、普通に生きていればまず経験することのない状況だった。
「久しぶりに全員揃うのう」
隣に立つゼラモードは、どこか楽しそうに髭を撫でている。
「ゼラモードさんは気楽ですね」
「皆、わしが選んだ神じゃ。多少騒がしくとも、悪い者はおらん」
「多少で済みますかね」
悠真がそう答えた直後、神殿の中央に立っていた光の一つが大きく膨らんだ。
「なんだ、急に呼び出して!」
最初に姿を現したのは、筋骨隆々とした大柄な男神だった。
声も身体に負けないほど大きく、神殿の石壁がわずかに震えたように感じられる。
男神は周囲を見回し、悠真たちを確認すると、その視線をゼラモードの近くに置かれた土産の包みへ向けた。
「それは食い物か!」
「久しぶりに会ったわしより、そちらが先か」
「ゼラモード様に会えたことも嬉しい! だが、食い物があるなら話は別だ!」
「何も別ではありません」
モーガントが冷静に言葉を返す。
「ガルゼット。まずは呼び出された理由を聞いてください」
その言葉で、悠真は目の前の大柄な男神がガルゼットなのだと知った。
食べ物を前にした反応を見るだけでも、かなり豪快な性格なのは伝わってくる。
「理由なら食いながらでも聞けるぞ!」
「まだあなたに渡すとは言っておらんがな」
「では、早く渡してくれ!」
ガルゼットがゼラモードへ詰め寄ろうとしたところで、別の光が静かに揺れた。
「会って早々、食べ物の話ですか」
現れたのは、すらりとした姿の女神だった。
涼しげな目でガルゼットを見つめ、呆れたように眉を寄せている。
「あなたはもう少し神らしく振る舞えないのですか」
「神らしく食う!」
「そのような神らしさはありません」
「俺にはある!」
「少なくとも、ほかの神にはありません」
二人が顔を合わせた途端に言い合いを始める。
「バルサリーナも来ましたか」
モーガントが女神の名を呼ぶ。
詳しい事情は分からないが、二人のやり取りを見る限り、今日だけのことではなさそうだった。周りにいる神々も、驚くどころか慣れた様子で眺めている。
続いて二つの光がほぼ同時に消え、女神と男神が姿を現した。
「急な呼び出しですね。何か新しい魔法でも完成したのですか?」
女神は周囲を見るなり、期待するような表情を浮かべた。
「エレーナ。呼んだのは私たち」
「魔法の話じゃないよ」
カンジンとベンジンが答えると、エレーナは少しだけ残念そうに目を伏せる。
「そうですか。せっかく試したい魔法があったのですが」
「この人数の前で試すのはやめてください」
隣に現れた男神が穏やかに注意した。
「オルニードは心配しすぎです。失敗するとは限りません」
「成功するとも限らないから言っているのです」
二人のやり取りを見ていた悠真の頬がわずかに緩む。
その後も光は次々と揺れ、神々が姿を現していった。
一人は、長い白銀の髪を持つ女神だった。
彼女が現れると、神殿の空気が少しだけ冷たくなる。
女神は誰とも目を合わせようとせず、静かに辺りを見回した。
「マリリン。久しぶりじゃな」
ゼラモードが声をかける。
「……お久しぶりです」
マリリンは小さな声でそう答えた。
口数は少ないが、ゼラモードを見つめる目には、わずかな安堵が浮かんでいるようにも見えた。
次に現れた男神は、マリリンとは対照的に柔らかな笑みを浮かべていた。
「ずいぶん賑やかですね」
「ラリー。ちょうどよいところに来ました」
モーガントが声をかける。
「どうやら、全員集められたようですね」
「カンジンとベンジンが何も考えず呼びました」
「ちゃんと考えたよ」
「みんなに聞いた方が早いと思った」
「理由は分かります。呼び方が突然だったと言っているのです」
ラリーはその会話を聞いて、困ったように笑った。
さらに光が弾けるように消えた。
「ゼラモード様!」
姿を現した男神は、周囲を見るより先にゼラモードへ向かって歩き出す。
「戻っていたのか! ならば俺と戦おう!」
「挨拶の前に戦いを申し込むでない」
「挨拶なら今した!」
「名前すら名乗っておらんぞ」
「俺はオオザトだ!」
男神は胸を張り、神殿中へ聞こえる声で名乗った。
「これでいいだろう! さあ、戦おう!」
「よくありません」
モーガントがすぐに割って入る。
「今日は石版について話すために集まってもらいました」
「石版か。話が終われば戦っていいのか?」
「いけません」
「なぜだ!」
「神殿が壊れるからです」
「外ならいいのか?」
「そういう問題ではありません」
最後に現れたのは、落ち着いた雰囲気を持つ男神だった。
集まった顔ぶれをゆっくりと見渡し、オオザトの声が響く神殿を眺めて静かに息を吐く。
「遠くからでも、オオザトの声が聞こえていました」
「ラクザン! お前も来たか!」
「来なければ、あとでさらに大きな声で呼ばれそうでしたからね」
ラクザンの言葉を最後に、神殿の光がすべて消えた。
悠真が周囲を見渡す。
この場には、モーガント、カンジン、ベンジンを含め、十二柱の神が揃っていた。
知っている顔もあれば、初めて見る顔もいる。
穏やかな者、騒がしい者、何を考えているか分からない者。
同じ神でも、性格は驚くほど違っていた。
「それで、全員を呼んだ理由は何ですか?」
エレーナが尋ねた。
「悠真が石版を集めているんだよ」
「今、七枚あるんだって」
カンジンとベンジンが答えると、神々の視線が悠真へ集まった。
これだけの人数に一斉に見られると、さすがに落ち着かない。
それでも悠真は一歩前へ出て、軽く頭を下げた。
「神代悠真です。突然集まってもらって、ありがとうございます」
悠真が名乗ると、オオザトが興味深そうに顔を覗き込んできた。
「お前は何者だ? 人間のようだが、妙な力を感じるぞ」
「悠真はわしの孫じゃ」
ゼラモードが隣から答える。
「何っ! ゼラモード様の孫なのか!」
オオザトは驚いたように目を見開くと、改めて悠真を頭から足先まで眺めた。
「それなら強いのだろう! 俺と戦え!」
「どうしてそうなるんですか」
「ゼラモード様の血を引いているなら、確かめたくなるだろう!」
「今日は俺の強さを確かめるために集まってもらったんじゃありません」
「ならば、話が終わったあとでいいぞ!」
「やりません」
悠真がそう答えると、ラリーが小さく笑った。
「話を進めた方がよさそうですね。オオザトに付き合っていると、日が暮れてしまいます」
「神々の国に日暮れはないぞ!」
「そういう意味ではありません」
悠真は気を取り直し、石版について説明を始めた。
「ゼラモードさんが六十年前、皆さんに一枚ずつ石版を預けたと聞きました。全部で十二枚。そのうち七枚は、すでに俺たちの側にあります」
悠真は、これまでに確認できた石版を順に挙げていった。
富士山、出雲大社、厳島神社、東京タワー、清水寺、奈良の大仏、金閣寺。
聞き慣れない名前も含まれているため、神々の中には首を傾げる者もいたが、それぞれ自分が預かっていた石版については思い出したらしい。
「つまり、残りは五枚です」
悠真は全員の顔を見渡した。
「ただ、俺は残っている五枚を誰が預かっていたのか知りません。心当たりのある方に、教えてもらいたいんです」
しばらく沈黙が続いた。
神々は互いの顔を見ながら、記憶を確かめているようだった。
やがて、バルサリーナが腕を組んだまま一歩前へ出る。
「私が預かった石版は、まだ見つかっていないようね」
「何が描かれていた石版ですか?」
悠真が尋ねると、バルサリーナは少し考えるように目を細めた。
「確か、姫路なんたらという白い建物だったわ」
「姫路城じゃな」
ゼラモードがすぐに補足する。
「そう、それです。姫路城」
その名前を聞いた悠真の頭に、白い城の姿が浮かぶ。
「その石版は、今もバルサリーナさんが持っているんですか?」
「いいえ。祭壇へ来た人間に渡したわ」
「いつ頃ですか?」
「正確な年までは覚えていないけれど、石版を預かってから、それほど経ってはいなかったはずよ」
石版が神々へ渡されたのは六十年前だ。
それから間もなく人間へ渡したのなら、本人が高齢になっていても、生きている可能性は残っている。
「どんな人でしたか?」
「若い女性よ。ゼッタ地区の町から来たと言っていたわ。家族を守れるだけの力が欲しいと願っていた」
「石版を渡したあとは、その町へ戻ったんですか?」
「おそらくね。祭壇を離れたあとまで見ていたわけではないけれど、故郷へ戻ると言っていたわ」
「町の名前は覚えていますか?」
バルサリーナは少し考えたあと、静かに頷いた。
「ええ。場所も分かるわ」
最初の手掛かりが見つかった。
悠真が礼を言うと、今度はマリリンが小さく手を上げた。
「……私も」
「マリリンさんも、まだ見つかっていない石版を持っていたんですか?」
「……白川、何か」
「白川郷じゃな」
「それ」
マリリンは短く答えた。
ゼラモードが地球の名所を覚えている一方で、こちらの神々にとっては聞き慣れない言葉なのだろう。正確な名前まで覚えていないのも無理はない。
「その石版も、人に渡したんですか?」
「女の人。雪の中を一人で来た」
マリリンの言葉は少なかったが、六十年近く前の光景を思い出しているようだった。
「何度も転びながら、それでも戻らなかった」
「どこから来た人か分かりますか?」
「山の麓の村。弟がいると言っていた」
「本人か弟さんが、今も生きている可能性はありますね」
「……ある」
マリリンは静かに頷いた。
少なくとも、何百年も前の話ではない。
当時の本人が生きていなくても、弟やその家族が石版について知っている可能性は十分にある。
「僕の石版も残っているようですね」
次に声を上げたのはラリーだった。
「何が描かれていましたか?」
「銀山……湯だったかな」
「銀山温泉じゃ」
再びゼラモードが訂正する。
「そう、それです。温泉という場所が描かれていました」
悠真は名前を覚えながら、さらに尋ねた。
「誰に渡したんですか?」
「旅をしていた男性です。アルファ地区の祭壇へ一人で来ました。ずいぶん遠くから歩いてきたようでしたね」
「その人はどこへ行ったんですか?」
「石版を受け取ったあと、王都方面へ向かうと言っていました。ただ、本当に王都へ行ったかまでは分かりません」
王都は広い。
六十年ほど前に旅人が訪れた記録を探すのは簡単ではないだろう。
それでも、何の手掛かりもないよりはずっといい。
「俺も渡したぞ!」
オオザトが待ち切れなくなったように声を上げた。
「俺のは高千穂なんとかだ!」
「高千穂峡じゃな」
「そう、それだ!」
「誰に渡したんですか?」
「強い男だ!」
オオザトは嬉しそうに両拳を握った。
「祭壇まで来たから戦った! 何度倒しても立ち上がってきた! あれはいい戦士だった!」
「石版を渡す条件に、戦うことは含まれていません」
モーガントが厳しい声で言う。
「だが、勝手に帰らなかったぞ!」
「帰れないほど追い詰めたのではありませんか?」
「最後には笑っていた!」
「それは無事だったという証拠にはなりません」
悠真は二人の会話を聞きながら、少しだけ不安になった。
「その人は、どこから来たんですか?」
「サザンアイランド南部の集落だ。石版は集落の宝にすると言っていた」
「集落の場所は分かりますか?」
「もちろんだ!」
オオザトは胸を張る。
「案内してやるぞ! ついでに周辺の強い魔物も紹介してやる!」
「魔物の紹介は必要ありません」
「なぜだ!」
オオザトは本気で納得できない顔をしていた。
残る一枚。
悠真が周囲を見回すと、ラクザンが静かに口を開いた。
「最後は、私が預かっていた石版でしょう」
「どんな絵でしたか?」
「天の橋、何かという場所です」
「天橋立じゃな」
ゼラモードが答える。
「そうでした。天橋立です」
ラクザンは小さく頷いた。
「その石版は、祭壇へ来た人に渡しました」
「どんな人だったんですか?」
悠真が尋ねる。
「年配の男性でした。落ち着いた人で、争いを好まない性格でしたね」
「どこから来た人か分かりますか?」
「サザンアイランド西部の村です。薬草を採りながら暮らしていると言っていました」
「その人は、石版を持って村へ戻ったんですか?」
「ええ。家族へ託すつもりだと話していました」
「今も本人が持っている可能性は?」
「当時でもそれなりの年齢でしたから、生きているかは分かりません。ただ、ご家族へ受け継がれている可能性は十分あります」
悠真は静かに頷いた。
これで残る五枚すべての手掛かりが揃ったことになる。
【後書き】
第109話を読んでいただき、ありがとうございました。
これで残る五枚の石版について、少しずつ手掛かりが見えてきました。
ここからは、それぞれの地域を巡りながら石版探しが本格的に始まります。
次回もよろしくお願いします。




