第104話 ヴァレルターニア
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回はゼラモード食品の工場を見学しながら、ゼラモードが人間として歩んできた六十年、そして世界の成り立ちに関わる新たな事実が明らかになります。
ぜひ最後までお楽しみください。
応接室を出ると、神代光は穏やかな笑みを浮かべた。
「せっかくここまで来たんじゃ。工場も見ていくといい」
悠真たちは光の後について歩き出した。
工場の中へ入ると、清潔な空気が迎えてくれる。
広い通路の向こうでは、大勢の作業員たちが白い作業服に身を包み、忙しく働いていた。
包装された商品がベルトコンベアを流れ、箱詰めされ、次々と出荷されていく。
「すごい……」
ララが目を輝かせる。
「こんなにたくさん作っているんですね」
光は頷いた。
「ここでは冷凍食品、乾物、調味料、加工食品などを作っておる」
リズは興味深そうに製造ラインを見つめた。
「毎日これだけの量を?」
「そうじゃ。食品は毎日必要になるからの」
レオンも感心したように辺りを見回す。
「人の手だけでは到底追いつきませんね」
「だから工場という仕組みが必要なんじゃ」
光は笑う。
「静岡ではそれなりに知られる会社になった。来年からは全国へ販路を広げる予定じゃ」
悠真は巨大な工場を見渡した。
ここまで築き上げるのに、どれほどの年月がかかったのだろう。
その考えを見透かしたように、光が口を開く。
「神を辞めてすぐ工場を作ったと思っておるか?」
悠真は素直に頷いた。
「違うの?」
「違う」
光は静かに首を振る。
「神を辞めてから約五十年。わしは人間として生き、人間を学び続けた」
「五十年……」
「農業も学んだ。漁業も学んだ。流通も、保存技術も、経営もじゃ」
光はゆっくりと歩きながら続ける。
「わしの力は、想像したものを具現化する能力じゃ」
「じゃが、想像できぬものは作れん」
悠真は頷いた。
神々の国には畑もない。
工場もない。
大量生産という考え方そのものが存在しなかった。
「だから人間になって学んだんですね」
「そうじゃ」
光は穏やかに微笑む。
「知識を積み重ね、ようやく形にできると確信した」
「それが十年ほど前じゃ」
「悠生と共にゼラモード食品を立ち上げた」
悠真は改めて工場を見つめた。
六十年という歳月。
その答えが、この場所だった。
しばらく歩いたところで、悠真は思い出したように口を開く。
「そうだ、おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「実は向こうの世界にも工場があるんだ」
「ほう」
「商業ギルド統括補佐のガレス・ヴァンロードさんと共同で経営してる」
光は嬉しそうに笑った。
「ほう、そこまで進めておったか」
「でも問題もあるんだ」
悠真は苦笑する。
「材料のほとんどを地球から送ってるんだ」
「ユウイチが毎日買い出しをしてくれてる」
「時間の流れも違うし、かなり負担になってる」
光は腕を組んだ。
「それはいずれ限界が来る」
「やっぱり?」
「材料を送り続ける仕組みでは長く続かん」
その言葉には迷いがなかった。
「向こうで材料を作り、向こうで加工し、向こうで売る」
「それが本来あるべき姿じゃ」
悠真は深く頷く。
自分でも分かっていた。
今の工場は、まだ完成形ではない。
「おじいちゃんならどうする?」
光は少し笑った。
「まずは見せてもらう」
「工場を?」
「そうじゃ」
光は頷く。
「近いうちにカンジンとベンジンへ会いに行く予定じゃ」
「その帰りにヴァレルターニアへ寄るとしよう」
「ヴァレルターニア?」
悠真は思わず聞き返した。
レオンたちも不思議そうに顔を見合わせる。
「初めて聞く名前ですね」
レオンが静かに呟く。
「お主たちが異世界と呼んでいる場所の名前じゃ」
光が答える。
「私たちの世界に、名前があったのですか?」
リズも驚きを隠せない様子だった。
「考えたこともありませんでした……」
ララも目を丸くする。
「ずっと、この世界って呼んでました」
光はどこか懐かしそうに微笑んだ。
「無理もない」
「その名を知る者は、もうほとんどおらんからの」
三人は思わず息を呑む。
光は静かに続けた。
「お主たちが暮らしておる世界の本当の名は、ヴァレルターニアじゃ」
「そして、その世界を創ったのはわしじゃ」
一瞬。
その場の空気が止まった。
「えっ……」
悠真が思わず声を漏らす。
ララは言葉を失い、リズは目を大きく見開いた。
レオンも信じられないという表情で光を見つめている。
「世界を……創った?」
ようやく絞り出したようにレオンが尋ねる。
光は照れくさそうに頭を掻いた。
「随分昔の話じゃ」
「だから今でも、わしはあの世界をヴァレルターニアと呼んでおる」
悠真は祖父を見つめた。
神だったとは聞いていた。
だが、世界そのものを創った存在だったとは想像もしていなかった。
光は穏やかな笑みを浮かべる。
「実際に工場を見れば、改善できるところも分かるじゃろう」
「六十年かけて学んだ知識は惜しまず教える」
「材料を送り続ける時代は終わらせよう」
「ヴァレルターニアだけで完結する工場を、一緒に作るぞ」
その言葉に、悠真は力強く頷いた。
神々の食料問題。
ユウイチの負担。
ガレスと築き上げた工場。
そのすべてを変える新たな一歩が、静かに動き始めようとしていた。
第104話を読んでいただきありがとうございました。
今回は工場見学という穏やかな回でしたが、ゼラモードの過去や「ヴァレルターニア」という世界の本当の名前など、物語の根幹に関わる内容を描きました。
ここからは工場や経済、神々の国の食料問題など、これまでの伏線が少しずつ一つに繋がっていきます。
次回も楽しんでいただけると嬉しいです。
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