バグ vs システム(グリッチ・コンフラクト)
「アイリス生徒会長……? いえ、貴様は何者だ!」
エルーシアが剣を抜き、ナナシの前に立ちはだかる。
だが、アイリスは一瞥もくれない。彼女の青い瞳は、ただ一点、ナナシだけを捉えていた。
「騎士。君は対象外だ。……下がりなさい。この空間は、既に私の『管理下』にある」
アイリスが指先を虚空に向かって滑らせる。
その瞬間、エルーシアの体が、目に見えない強固な壁によってナナシから数メートル引き離された。
「くっ……体が……動かない!?」
エルーシアの絶叫。
それは、クロムが使っていた「空間固定」の、さらに上位の術式だ。
クロムは「部屋全体」を固定したが、アイリスは「個体の空間」をピンポイントで切り離し、干渉不可能にしている。
「特異点。……君の反応は、組織のデータベースにあるどの記録とも違う。……五歳で、Lv30? ありえない」
アイリスの声に、初めてかすかな動揺が混じる。
「……ありえない、か。お前らの理論じゃそうなるよな。普通は『一晩』で数百回も死ぬような真似はしないからな」
ナナシは一周目と同じ皮肉を口にしながら、一歩、前に出る。
その瞬間、アイリスが周囲に展開していた干渉障壁が、ナナシが歩くたびにパキパキと音を立てて砕け散った。
「なっ……物理的な破壊ではなく、魔力の格の差で術式を上書きしただと……!?」
「さて、始めようぜ。お前らが俺を邪魔だって言うなら、俺もお前らが邪魔なんだわ。……俺ののんびり無双ライフ、これ以上邪魔させねぇよ」
ナナシが指を鳴らすと、アリーナの酸素が魔力の過負荷で火花を散らした。
五歳の幼児が、宮廷魔道師ですら青ざめるほどの精密な魔力操作を、エリート生徒たちの前で見せつける。
「……面白い。では、その異常な成長が、システム(私)に届くか試してみなさい。『深淵の焔よ(アビス・フレア)』!」
アイリスが焦りから放った、触れるものすべてを虚無に還す漆黒の魔炎。
クロムのものとは比較にならない、高密度で巨大な一撃。
だが、ナナシは避けない。
ただ右手を軽く上げ、飛来する黒炎を、まるで飛んできた羽虫を掴むかのように素手でキャッチした。
「……熱っ。……ま、ザベルのよりはマシか」
《スキル【魔力吸収】発動》
ナナシが拳を握り込むと、圧縮された黒炎はそのままナナシの掌の毛穴から吸い込まれ、ただの魔力の糧として霧散した。
「……馬鹿な……特級魔術を、ただのレベル差で飲み込んだというのか……!? 貴様、本当に五歳の子供か……!?」
アイリスが初めて仮面の奥で狼狽を見せた。
「さて。二周目の攻略は、ここからが本番だ。……まずはその仮面、叩き割っていいか?」
ナナシが冷たく笑ったその時。
アリーナの外で見ていた一般生徒たちが、一斉にざわめき出した。
「おい、見ろよ……! 会長の『深淵の焔』を……素手で?」
「あんなガキが……宮廷魔道師レベルの魔法を……?」
彼らからすれば、自分たちが憧れていた生徒会長が、五歳の幼児に圧倒されている。
その光景は、彼らの「魔法の常識」を根底から覆すものだった。
「……ふん。モブどもの洗礼は、これからだぜ」
ナナシが一歩、さらに踏み出す。
その瞬間、アリーナ全体を包んでいたアイリスの空間支配が、内側からの魔圧に耐えきれず、完全に粉砕された。




