4話
道場に一人残された僕は、特訓の『と』の字も受ける事無く、父さんから押し付けられた重い刀を持って自室へと戻った。
結局、あの人は何がしたかったのだろうか?
まあ、あの嫌がらせの様な嘘がいまだに良く分からないけど、刀をくれた事には感謝をしている。
来月から始まる武術の選択授業は柳生さん見たさに剣術を選ぶ予定だったし、刀は丁度いい。
さっそく、今日にでも帯剣許可証の手続きを行おう。
いつもの時間にリビングに行く僕。
だが、リビングはいつも通りの風景ではなかった。
居るはずの父さんと母さんは居らず、家族で囲っていたテーブルには誰も居ない。
代わりに、テーブルの上にはおにぎりと大き目の紙が一枚。
「…なにこれ?」
紙を手に取り、掛かれている内容を見た僕は絶句した。
『宗ちゃんへ。
昨日、ボロボロになって道場から戻って来た宗次郎さんから、お母さんが知らない間に修行をしていた宗ちゃんが、自分を倒して無明新陰流の伝承者になったと聞いて驚きました。
無明新陰流の最終奥義は、先代の剣士としての生命を奪う事と伝承されるとお母さんが高山家に嫁いだ時、お義父さんと宗次郎さんから知らされています。
日本最強の剣士《高山 宗次郎》が居なくなってしまったのは寂しく、とても残念に感じるけれど。
無明新陰流を次代に伝えると言う当主としての務めを全うした事で、宗次郎さんの色々なしがらみから解き放たれたような、すがすがしい表情を見たられたらそんな気持ちは吹き飛びました。
そして、奥義の伝授の前に宗ちゃんも聞いていると思うけど、宗次郎さんから引退記念と言う事で、関係各所に宗次郎さんの引退を知らせた後、夫婦水入らずで世界一周旅行に行ってきます。
当分、帰る事はないから家の事はよろしくね。
byお母さん』
なんか、とんでもない嘘が母さんと謎の関係各所に広がってるぅぅうううう!!!?
昨日と言い今日と言い、色々と突然すぎて意味が解らなかった。
でも……両親が帰って来たらやらなければならない事がある。
それは……。
小刻みに震える握りこぶしを今、最も会いたくてたまらない愛しい父さんの顔面にぶち込む事だ。
1
遅刻ギリギリで学園に辿り着いた僕は、昼放課となった現在。
刀を片手に武器の帯剣許可証を発行してもらう為、職員室の隣にある武器保管室にやって来た。
部屋の中には古今東西の武器がガラスケースに収納されており、奥のカウンターには学園専属の鍛冶師と思われるお爺さんが居た。
僕は、様々な武器をチラチラと見ながらお爺さんの居るカウンターまで歩く。
そして、歩み寄って来る僕をジロリと鋭い眼光で睨み付けるお爺さん。
恐ろしくも、職人という雰囲気を醸し出している。
「あの~、すみません。
帯剣許可証の手続きをしたいのですが……」
「…ふん。さっさと刀を見せろ小僧」
僕から刀へと視線を移し、カウンターから手を出すお爺さん。
その腕は老人の腕とは思えないほどに太くて筋肉質なものであり、衰えを全く感じさせない。
もしかしたらこのお爺さんも、達人なのかもしれない。
「お、お願いします」
僕は恐る恐る刀をお爺さんに手渡した。
お爺さんは刀を受け取り鞘から刀身を少しだけ引き抜いた。
「……なるほど。
小僧は高山宗次郎の息子だな」
「え?は、はい、そうですけど……」
僕の返事にニヤリと笑うお爺さん。
もしかして父さんの知り合いなのだろうか?
「お前さんの親父がこの学園に通っていた時に、ワシもこの学園で師匠と一緒に鍛冶師として働いていたのさ。
まさか再び、この名刀を目にするとは思わなかったぞ」
刀を鞘から完全に引き抜いたお爺さんは先ほどの鋭い瞳とは打って変わって、まるで子供の様な無邪気な瞳で刀身をあらゆる角度で観察しはじめる。
あれ?
父さんが僕をおちょくる為に適当な店で買ってきたと思っていた僕は、お爺さんの反応に疑問と不安を抱いた。
いやいやいや、あり得ないよ。
確かに父さんは大剣豪的な称号を持ってるよ?
でも、さすがに国宝級の刀を僕に渡すとは考えられない。
もし、本物だったら我が家は世間様に大バッシングを頂くことになっちゃうよ。
だから……嘘だと言ってよパピー。
「うむ、問題はないな。
ほれ、携帯許可証の申し込み用紙だ。
自分のところを記入したら、学年主任に持っていけ」
「は、はい」
結局何も言えないまま、お爺さんから渡された用紙を手をプルプルと震わせながら受け取った僕は武器保管室を出て職員室へと向かった。
2
「失礼します」
職員室の扉を開け、中に入ると机に向かって仕事をして居たり、机に突っ伏して仮眠をとっている先生がチラホラと視界に映る。
僕は先生方の邪魔にならないようにゆっくりと職員室の奥に座っている目的の一年の学年主任の先生の元へと足を進めた。
「お仕事中すみません。
《帯剣許可証》の申請用紙です」
「……ん?」
幾つもある書類に目を通しているで白髪で長髪の眼鏡を掛けた女性が顔を上げる。
彼女の名前は風魔 菫かの有名な忍者一族である風魔の末裔らしい。
こうして話すのは初めてだが、服部を含めて情報を扱っている忍者がこんなに堂々と学園に来ていて大丈夫なのだろうか?
「……ほう、アンタは高山宗次郎の息子かい?」
「そうですけど……、風魔先生も父さんと知り合いなんですか?」
風魔先生の質問を肯定し、似たような質問を先生にする。
すると、風魔先生はニヤリと笑った。
「なんだ、聞いて居ないのかい?
私はアイツの元担任だよ」
「そうなんですか!元担任……。
え?元…担任ですか!?」
後輩ではなく、担任と言う風魔先生の言葉に驚き、思わず先生の顔を凝視する。
目に映るのは皺もなく、シミやニキビもない綺麗な女性の顔。
どう見ても二十代にしか見えないのだが、からかわれているのだろうか?
もし、本当に父さんの担任だったのなら相当な年齢だと思うのだけど……。
「ククク、くノ一に伝わる秘伝の《身体操術》だ。
嬉しい事にどうやら、私もまだまだ現役のようだ」
僕の疑いの視線に満足したのか、上機嫌な風魔先生。
仮に、先生の話が本当だったらとんでもない年齢詐欺だ。
「いやぁ、それにしてもアンタは宗次郎にそっくりだ」
「そうなんですか?」
昔の写真を見た事がないから知らないが、あの筋肉ムキムキの父さんとの共通点は皆無だと思う。
「ああ、頭はそれなりで体はヒョロヒョロ。
男のくせに頼りがなく、当時は数か月で退学になると思ったさ」
この人は僕をバカにしているのだろうか?
もし、同級生の男なら拳で語り合っている所だ。
「怒るな怒るな。
まあ、奴は私の予想を飛び越えて見事に卒業。
お前さんにも、その予想外を期待しているよ」
僕の怒りに意を介さずカラカラと笑うのみ。
この風魔先生との会話に疲れてしまった僕は、さっさと申請書を提出して早々に教室へともどった。
3
昼休みの残り時間が少なくり、何時になく男子生徒が騒がしい教室に戻った僕の席で待っていたのは、服部と僕と同類のモヤシである石沢君だった。
普段、なかなか見る事のない珍しい組み合わせに視線を固定していると、僕に気が付いた服部が手を上げて僕を呼ぶ。
「よう、結構長い時間拘束されていたな。
何かあったのか?」
「何かあった、というレベルの話ではないよ。
ただ、風魔先生と話をしていたんだ」
僕が風魔先生の名前を出すと、苦虫を噛み潰したような渋い表情を作る服部。
どうしたんだろうか?
「わかった、もういい。
あの、クソババアの話は俺の前でするな」
「あれ?もしかして服部は風魔先生が苦手なの?」
「頼むから止めてくれ。
高山、善意で言わせてもらうがくノ一は信用するな。
情報や金だけでなく、全てを失うぞ」
僕の両肩を掴み、鬼気迫る表情で訴えかけてくる服部。
その手は恐怖と怒り、どちらかは分からないが震えていた。
過去にくノ一と何かあったのだろうか?
そして、服部の言葉から風魔先生の父さんの元担任という話が、本当と分かって残念な気持ちになった。
「くノ一の話題は気になるけど高山も戻ってきたし、さっきの話の続きをしようぜ」
「あ、ああ、そうだな」
石沢君の話題変更に声から緊張が取れる服部。
もし、服部とケンカする事になったら風魔先生をけしかけてやろうと心に決めた。
「で、二人はどんな話をしてたのさ」
「高山、まずはこれを見てくれよ」
「ん?」
彼のスマホに映っていたのは顔にモザイクの掛かった見覚えのある制服を着た男女が刀を腰に差して、リンクで向かい合っている姿だった。
しかし、動画を再生して僅かな時間で刀を持っていた男がこれまた見覚えのある展開で倒された。
「これって、もしかして……柳生さんと坂田先輩?」
「そして動画タイトルがこれだ」
【頑張れ一撃君!!】
「ブフォ!!?」
あまりに酷い動画タイトルに思いっきり噴き出す僕。
「どうだ、凄いだろ!?柳生ファンの一人が決闘を動画に取っていて、これを投稿したらしいんだけど、凄い人気なんだ。
そして見て見ろよ、この再生回数」
「一万六千!?」
確かに凄い再生回数だ。
でも、本人たちの許可もなくこんな事をしていいのだろうか?
「学園側は投稿した生徒は厳重注意と停学処分を言い渡されたらしい。
そして動画も投稿した生徒によってきちんと削除させたらしいんだが、とっくの昔に第三者の手によってコピーされた挙句に動画が出回ってプチブーム状態だ。
坂田の実家も相当焦っているみたいだぜ?」
さすが忍者の服部。
その情報収集の速さには脱帽するが、件の一撃先輩はともかく柳生さんが気になる。
「柳生さんの方は大丈夫なのかな?」
「柳生の方は問題ないさ、剣術の公式戦動画もアップされているし、今更だろう」
そう言って自分のスマホを操作して、僕らに柳生さんの公式戦動画を見せてくれる服部。
画面に映る袴姿に思わず鼻の下が伸びる。
「畜生!!インナーシャツを着ているのに、何て素晴らしい乳揺れなんだ!!」
そして、柳生さんの乳揺れに感動している石沢君。
僕もだらしなく鼻を伸ばしていたが、女子も居るクラスの真ん中でなんてものを見せるんだ!!
怒りに震えた僕は服部に詰め寄った
「服部はなんてけしからん動画を見せるんだ!?」
この日、僕と石沢君は女子から冷たい視線に晒される事になった。




