5話
女子の冷たい視線に晒された挙句に僕の株が激しい値下がりを記録したが、柳生さんの動画が手に入ったのは行幸だった。
これで一年間は彼女が出来なくても頑張れるよ。
だから、僕の目から熱い汗が出ているのは何かの間違いだ。
「おい、さめざめと泣くなよ。
元々モテるような顔じゃないだろ?」
「ひどい!?」
全ての授業が終わり帰りの身支度をしていた僕に掛けられた服部の言葉が僕の心を抉る。
何て奴だ、まだ一か月程の付き合いなのに全く遠慮が無くなっている。
「石沢を見てみろ。
自分の株が値下げしたにも関わらず、教室で持参したエロ本をクラスメイトの男達と鑑賞しているぞ。
一緒に読ませてもらったらどうだ?」
「………アレと僕を一緒にしないで!」
「そうだな…躊躇しないで言えたら満点だったな」
そんな優しい目で僕を見るんじゃない!!
ちょっと、エロ本の内容が気になっただけじゃないか!!
服部にはいろいろと言ってやりたいことがあるが、僕はそれを辞めて教科書類をしまった鞄を手に取って教室を出ようと歩き出す。
「…悪いけど、僕はそろそろ預けた刀と《帯剣許可証》を貰いに行ってくるよ」
「そうか、なら早く行く事をお勧めする」
「…何で?」
背後から聞こえた楽しそうな奴の声に振り向く。
すると奴はニヤリと笑った。
「今ならメンテナンスした刀を受け取りに行っている、お前の大好きな柳生と鉢合わせになるかもしれないぞ?」
僕は全速力で教室を飛び出し、廊下を駆け抜けた。
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逃げ足以外で初めて出せた最高速度で、武器保管室へとやって来た僕。
荒くなってしまった呼吸を整えて、ゆっくりと部屋の中へと入る。
「ん?おお、ようやく来たか高山のハナタレ小僧。
柳生のお嬢ちゃんの後に渡してやるから、そこで待ってろ」
「………」
部屋に入るとカウンターにはお爺さんと柳生さんが居た。
メンテナンスをしてもらった刀を受け取った所なのか、柳生さんは様々な方向から刀の出来栄えを点検している。
その刀を確かめる一つ一つの所作は美しく、思わず見惚れてしまう程だ。
柳生さんの目の前に居るお爺さんも心なしかデレっとしていた。
ちょっとお爺さん、そのアリーナ席を僕に譲って貰えませんか?
「流石は伝説の名工。すべて完璧です」
チンッと刀を鞘へと納刀し、入学して以来一度も見た事のない優しい笑顔をお爺さんに向ける柳生さん。
思わず、嫉妬でお爺さんを呪殺してしまいそうだ。
「そうかい、そうかい。
満足して貰えたのなら何よりだ。
また、調子が悪くなったら見せにおいで。
違和感を抱かないように完璧に仕上げてみせるからな」
デレデレとした爺さんの表情に殺意を覚える。
いい年して何、女子高生にデレデレしてんだよクソジジイ!!
《柳生ファンクラブ》にチクるぞゴラァ!!
「はい。その時はまた、よろしくお願いします」
ジジイに頭を下げた柳生さんは、刀を専用の布袋に流れる動作で仕舞った後、空いた手で鞄を手に取った。
どうやら柳生さんはもう帰るようだ。
こちら側に向かって歩き始めた柳生さんと会話も、目線を合わせる事なくこのままだと彼女は僕の隣を何事もなく通り過ぎる。
このままだと僕は彼女にとって人生で見かけた、ちっぽけな道端の石ころで終わってしまうだろう。
向かってくる彼女に心臓がドクン!跳ね上がり、今までにない感覚に襲われる。
先ほどまでスタスタと歩いていた彼女の一歩一歩がやけに遅く感じる。
本当にただのクラスメイトの関係でいいのだろうか?
《嫌だ!》
本当にこのまま憧れのあの子と友達にもなれないまま終わってしまっていいのだろうか?
《勇気を振り絞れ!!》
僕は……このまま、終わりたくない!!!
《漢なら声を張り上げろ!!》
「柳生さん!!もし、刀に興味があるなら僕の刀を見てみない!?」
突然、心の底から湧いてきた勇気と自問等の果てに、僕は声を張り上げて柳生さんに声を掛けた。
入学して初めて僕に声を掛けられた彼女は初めは酷く驚いた後……。
「いきなりなんだと言いたい所だが……もっと声を抑えて貰えないだろうか?」
こめかみ辺りをピクピクさせながら、これまた見た事のない酷く迷惑そうな表情を見せてくれた。
「ごめんなさい!」
柳生さんの表情にビビった僕は頭を勢いよく下げる。
うう…まともな会話が謝罪からって……。
正直、泣きたくなった。
「ぶわっはっは!!男が度胸を見せたんだ、許してやってあげな!
いやぁ、お前ら親子は本当に見ていて飽きねぇよ」
大爆笑の爺さんに怒りを覚えるが、柳生さんに許しを請う為にここは我慢をする。
「はぁ…分かりました。
君、帰ったら稽古があるから手短に頼む」
「本当!?」
クラスメイトなのに名前すら覚えてもらえていない事実に衝撃を受けるが、そんな事は気にならなかった。
何故なら、僕の心は幸福感で満たされているからだ。
神様仏様ジジイ様、本当にありがとう!!
このチャンスを絶対にモノにして見せるよ!!
ウキウキ気分でカウンターまで行くと、預けていた刀を爺さんから手渡される。
「ほれ、さっさと見せてやりな」
「有難うございます!!
……はい、柳生さんこれが僕の刀だよ」
ハキハキと爺さんにお礼を言った僕は、そのまますぐに隣まで来ていた柳生さんへと手渡した。
ああ…ドキドキして口から心臓が飛び出しそうだ……。
距離が近いせいか、女性特有のいい香りが僕の鼻孔をくすぐる。
もう、死んでもいいかも……。
「こ、これは!?」
「な、なに!?僕は何もしていないよ!!」
刀を鞘から抜き放ち、刀身を見ていた柳生さんは驚愕の声を上げる。
その声に思わず、彼女の香りを楽しんでいたことがバレたのではないかと戦々恐々とする。
土下座をすれば許してもらえるだろうか?
さっきとは別の意味でドキドキする。
「この波紋は間違いない……。
《伝説の刀匠》千子村正の作品だ!!」
あ、そっち?
………てかっ、本物!?
本物の村正と聞いてビビる僕。
早く返してもらって家に保管しなければ…。
だが、僕の視線の先に居る柳生さんはまさかのお宝発見に興奮し、その瞳はキラキラと光輝いていた。
重要文化財の刀と国宝級の美少女。
…うん、刀よりも柳生さんだね!
僕の中で刀よりも柳生さんが勝った瞬間であった。
柳生さんは刀をしきりに眺めた後、ゆっくりと刀を鞘に納刀して僕へと手渡される。
この刀は柳生さんに触れられた事で色々な意味で重要なお宝になったと思う。
帰ったら柳生さんが触った個所を入念に触ろうと心に決めた。
「まず、刀を見せてくれてくれた事を感謝する」
「いやぁ~別に構わないよ」
「そして、この刀を私に譲って欲しい」
突然のお願いに困惑する僕。
流石の僕も、いくら憧れている女の子とはいえ、先祖代々から受け継がれている家宝を渡す事は出来ない。
しかし、柳生さんとは今後とも話がしたいし……どうやって断ったらいいのだろうか?
「いくら払えばいい?10億か?20億か?」
あまりの金額のスケールに驚く僕。
とんでもない大金に思考が一瞬だけ吹っ飛んでしまった。
「……いやいやいや、そんなの無理だよ!!」
10億なんて僕の心が耐えられない!!
慌てた僕に断られた柳生さんは納得の表情を浮かべた。
ほっ……どうやら分かってくれたようだ。
「…そうだな。私が提案した金は私自身が稼いだ金でなく、私の両親が稼いだ金だ。
君が無理と言うのも当然だ」
全然違います。
「では、私に出来る事があれば何でもしよう」
「何でも!?」
思わず口から心臓だけでなく、内臓の全てが飛び出しそうになった。
すぐに断らなければならないが、『何でも』と聞いた僕はフリーズして妄想の海へとダイブした。
裸エプロンでご奉仕する柳生さん。
スクール水着でご奉仕する柳生さん
メイド服でご奉仕する柳生さん。
そして…最後はウエディングドレスの柳生さんとハチミツよりも甘い新婚生活へ……。
「ほう?それが貴様の願望か?」
「……え?何が??」
妄想の海から浮上した僕の目の前には、酷く顔を引くつかせている柳生さんの姿だった。
訳が分からない僕は頭を傾げる。
もしかして妄想している間に、僕は彼女を不快にさせるようなとんでもない事をしてしまったのだろうか?
頭を必死に回転させて考えて居ると僕の右肩をゴツイ手が優しく叩いた。
「嬢ちゃんのような娘っ子にあんなことを言われたんだ。
妄想が思わず口から出てしまっても、しょうがないとワシは思うぞ?」
後ろを振り向くと慈愛に満ちた表情で僕をフォローしてくれる爺さん。
あれ、もしかして……。
「全部口から出てた?」
「ああ、しっかりとな」
地の底を這うような恐ろしい声に釣られて、ブリキの様な鈍い動きで正面を向くと目が全く笑っていない柳生さんがいた。
終わった…何もかも。
ボコられる未来を想像し、思わず目から涙がこぼれそうになる。
だが、僕の耳に届いたのは自分の顔面を殴られる音ではなく、驚くべき柳生さんの提案だった。
「私と《決闘》しろ。
私に勝てば、お前の望みは全て叶えてやる」




