模擬隊実践編①
訓練棟と言われる建物は、模擬隊実践や、その他の屋内実践のために使われることから、その名がついているが、ふたを開けてみれば、それは小さな城のようなものだ。
ワンフロアに階段は五つあり、正攻法でいくならその階段を使うしかないが、侵入方法が指定されていない以上、外から行く手もある。
ただし、部屋に入るには必ず扉をくぐらなければならないので、基本的には、三階までを外から侵入し、やはり最後の一階は階段を使用しなければならない。
「このドレスじゃなきゃ、上ったのになあ……外」
長い黒髪に、一見すると、黒かと思うほど深い緑色の瞳の少女が、ため息をつく。
彼女がまとうのはトレーン付のマーメイドドレス。
開始から三分が経過したが、まだ四人は外にいた。
「バカかお前。そんな令嬢いないだろ」
赤みがかった茶色の髪の少年が、呆れたようにつぶやく。
その物言いは良くないが、今回ばかりはマリエもアベルの意見に賛成だった。
確かに、近衛隊が守るような令嬢が、建物の外からはって三階まで登れる能力があるとは思えない。
「……そろそろ、中も動けるようになってると思うけど?」
黒い髪に深い藍色の瞳の少年が、訓練棟を指さす。
入り口もまた、複数あるが、その中で、あえて正面を選んでいた。
開始と同時に入って人にもまれるのは面倒だが、だからといって人が少なければ見つかる可能性も増える。
「じゃあ、作戦通りに」
マリエはすっと前にでる。
その後ろにシェリアが続き、その両隣をアベルとレンが歩く。
訓練棟の中は、正面玄関だけあって、なかなか人がいる。
それでも見通しはつきやすかった。
襲撃班か護衛班かは、ドレスを着ている人がいるかどうかで判断する。
正面玄関から入ったここは、広いエントランスになっており、階段も、吹き抜けのもので、こちらの動きも向こうの動きもわかりやすい。
「これさ……俺ら不利だな」
ちらちらとこちらを見る生徒がたくさんいる中で、レオがぽつりとつぶやく。
「……学年で三人しかいない黒髪が、二人もいるからな」
「走るわよ」
アベルが言い終えるか言い終えないか分からないぐらいの段階で、シェリアが階段を指さして叫ぶ。
「え、おい!」
マリエはシェリアにしたがって、シェリアを庇うようにして前を走る。
左足にわずかな痛みが走るが、マリエはそれを無視した。
―――今は、そんな場合じゃない。
ちらりと後ろを振り返れば、突然の行動に驚きながらも、アベルとレンはしっかりとついてきていた。
「おい、説明しろ! いきなりなんで―――」
「―――黒髪だから目立つ! 同じとこに、いたら、すぐに通報されるわ!」
ドレスをたくし上げて、シェリアが階段を上りきる。
マリエは先に前をでて、左右両方の廊下を見た。
すでに模造剣が交わる音がしており、他の班は交戦状態になっているため、廊下はいくら広いと言えど、ごったがえしている。
廊下の幅が、馬車が一台は余裕で通れそうなぐらいあるのは、このためなのだろうかとマリエはひそかに心のなかで思った。
「あ、見つかった」
レンが声を上げたので、そちらを見ると、学年で三人しかいない黒髪の、最後の一人がこちらに向かって走ってきている。
金髪が多いこの国で、黒髪はやはりとても目立つ。
「黒髪が目立つのはお互い様ね」
シェリアが言って、ダンテが走ってきているのとは反対側の方の廊下を見る。
「とりあえず、反対側に!」
レンがさけんだと同時に、アベルが首を振って、ダンテがいる方向に走り出す。
「シェリアとマリエもこっちに来い!」
その声があまりにも真剣で、どうするか聞こうとシェリアの方を向く。
そして振り向ききる前に、シェリアがマリエの腕をつかみ、ダンテのいる方向へと走り出していた。
二人が走り、レンがこちらを見る。
「レン、任せたわ」
すれ違いざまにシェリアが声をかける。
レンはかすかに笑ったような気がしたが、マリエはそれを見る余裕はなく走った。
シェリアはアベルにほとんど追いつき、速度を緩めたおかげで、ようやくマリエも追いついた。
マリエは決して走るのは遅くないが、シェリアは速すぎる。
しかも今日は足を痛めているというハンデ付だ。
「あ、ラウリ君じゃない!」
走りながらシェリアが声を上げる。
金髪碧眼のためまぎれていて気づかなかったが、幼馴染が少し真剣味のある顔でこちらに歩いてきていた。
そのななめ前にいる少女がドレスを着ている。護衛側だ。
「マリエ! 後ろから二人来てるから、気を付けて!」
「ラウリ! 後ろ!」
とっさに叫んだマリエの声に、ラウリは振り向きざまに剣をかざして、剣を受け止める。
「情報提供ありがと!」
立ち止まっている暇はない。
ただ、ラウリが提供してくれた情報のおかげで、マリエはアベルとシェリアの意図をようやく察することができた。
この二人があの段階でそれを予測し行動していたのだから、流石と言うべきか。やはりこの人たちはレベルが違う。
「レンは囮?」
「ああ! 二人はそこにいろ!」
アベルがマリエの質問に答えてから、一歩前に踏み込んで、剣を振り下ろす。
それを受け止めた少年の黒髪が揺れた。
「君はたしか、剣術はあまり得意じゃなかったんじゃなかったかい?」
絡んだ模造剣をほどいて、今度はダンテの方が間合いに飛び込んでいった。
「悪かったな!」
二人の模造剣が鈍い音をたてて交差する。
シェリアと二人で抜けてしまおうかと思ったが、近くで戦闘している班もある上に、そもそも護衛対象には、リタイアした時以外は二人ついていなければいけないことを思い出した。
「正攻法じゃなくていいんじゃないの?」
深い緑色の瞳がこちらを向いて、マリエは思わずそうだったと思い出した。
「なんで一人なんですのっ?」
「あー、ばれたんだ」
一人で立っているレンを見た瞬間、二人は同時に叫んだ。
「とりあえず、ロリーナさんは―――」
「―――させないけどね」
模造剣を抜きはらい、ロリーナに向かって剣を振る。
キースがそれに反応して、かばうように剣を受け止める。
「ロリーナさんは、上に上がって!」
キースが叫ぶ。
しかしロリーナは首を振った。
「二対一で確実に向こうの数を減らした方が良いに決まっていますわ!」
「減らされないけどね」
レンは冷静に言って、キースの剣に思いっきり打ち込み、反動で後ろに下がる。
そしてそれと同時に地面にしゃがみこんだ。
「レン様とはいえ、手加減はいたしません!」
ロリーナがレンの狙い通りに剣を振り下ろす。彼女の剣の振りは大きく、無駄が多い。
去年一年同じ班だったということは、こういうところで役立つのだ。
「あ!」
キースが気づいたように声をあげ、一歩踏み込むより前に、レンは左に転がって、剣をロリーナの足に軽くあてた。
「ロリーナ・ソーンダーズ、リタイア!」
近くにいた教師が叫ぶ。
普通の戦闘ならダメでも、今回は、肌のどこでもいいから剣を当てることがリタイアの条件だった。
「あちゃ」
しかし、転がった反動で身を起こしたのと同時に、体の左側から殺気を感じて、反射的に剣をそちらに向ける。
鈍い音ともに、剣に重みが乗っかった。
まだ体制が整いきっていないうちに剣を受けたレンの体は、その重みに流されて、後ろへ倒れ、しりもちを付いてしまう。
「レン・ヴェントス、リタイア!」
模造剣が頬にぴたっと静かにつけられ、教師の判定を聞いて、レンは負けを認めた。
やっと入りました!
模擬隊実践に!
次で模擬隊実践編は完結ですね。




