二大公爵家の対立
大勢の生徒がいる中で、ある二班が向かいあっている場所は、まるで見せ物のように場が開けており、多くの生徒の視線を集めていた。
生徒たちの四分の一の視線を集めるのは、シネラリアの女神と称される美少女。ドレスはシンプルだが、そのドレスを最大限に引き立ててしまう少女は、完璧な笑みを浮かべていた。
その隣で、それなりの数の男子生徒の視線を集めている、赤銅色の髪の少女は、隣にいる黒髪の少女を見て、苦笑していた。
一年同じ部屋で過ごしてきたマリエには、シェリアの笑みの裏が読めるからだ。
きっと後でこの状況に関して文句を言うに違いない。 マリエの左隣には、大半の女子生徒の視線を集める、男子二人がいた。
黒髪に深い藍色の瞳で、端正な顔立ちの美少年は、シェリアと同質の笑みを浮かべていた。
シェリアとレンに挟まれるマリエは、美形二人に埋もれる気がしてならなかったが、逆に目立たずよいかもしれないとも思っていた。
自分に視線が来ていることには気づいていない。
さらに隣の赤みがかった髪と瞳の、まだ幼さが残るかわいらしい少年は、愛想の良い笑みを浮かべて、向かいあう少年と握手した。
「はじめましてだね。僕はダンテ・ホーンテッド」
アベルと握手した、黒髪に黒い瞳の、それなりに美形の少年が挨拶をする。
「はじめまして。アベルだ」
「家名を名乗らないなんて、よほど自分の家の知名度を過信しているのかい?」
マリエはアベルがきっと怒るだろうと思った。
彼はオブスキィトの名に頼りたくないという反発心が強い。 だから彼は名乗らなかったのだろう。
しかしマリエは予想を裏切られることになってしまった。アベルは予想外にも、微笑んだからだ。
「いや、俺はオブスキィトだけど、あくまでもアベルでいたいっていう、ただの我が儘から来た自己紹介だ」
その笑みは、作られたと分かるものだったが、その時マリエは、アベルが公爵家の人間だと強く実感した。
十三歳にまだならない子どもの対応ならぬそれに、マリエは一気に距離を感じた。
「私はアベル様はアベル様だと思いますわ! 家名が何であっても、私はお慕い申し上げておりますもの! どうにも不相応な者がアベル様の班に混ざっているようですが」
アベルとダンテの会話に、割って入った少女がいた。
入学して1年経っているのに、彼女はまだお嬢様口調も態度も抜けていない。
トレリの標準装備である金髪碧眼をもち、その緩やかに波打つ髪を、豪華な髪飾り付きの紐でサイドに結い上げており、顔立ちはきつめだが、美人といって差し支えない。
「ソーンダーズ嬢の意見には賛成しかねるな。俺はこの班がベストだと思ってる」
「ロリーナで構いませんのに……。それにベストなどとおっしゃって! モンブランなどと聞いたこともないような家の者がアベル様のおそばにいるなんて許容しがたいことです!」
ロリーナに失礼なことを言われているマリエだが、今はそれどころではなかった。
赤みがかった茶色の髪の少年をちらりと見る。
意外すぎたのだ。
マリエのことは呼び捨てにするのに、一年間、同じ班だったロリーナを家名呼びしたこと。
そして何より、ロリーナの言葉に、一歩前に出たシェリアよりも早く、アベルがマリエを庇ったこと。
そのどちらもマリエの予想の範疇から超えていた。
「これ以上、私の親友を侮辱するのは止めた方が身のためよ。ロリーナ・ソーンダーズ」
アベルの行動に気をとられて反論しないマリエに痺れを切らしたのか、シェリアが冷たい笑みを浮かべてロリーナを見据える。
その深い緑の瞳にとらわれて、ロリーナは一瞬動きを止めたが、すぐに首をふって笑みを浮かべる。
「あら? たかだか伯爵家が何をできるのか、教えていただきたいわね」
「ソーンダーズ侯爵家には、手は出せなくっても、あなた自身の学生生活に波を立てることはできるわね」
シェリアとロリーナの視線が絡む。
模擬隊実践の、護衛班側と襲撃班側との単なる顔合わせだったはずが、何故かややこしい事態になってしまった。
しかしここでマリエが口を挟むのは火に油をそそぐことになる。
―――どうしよう……。あの人に何を言っても無駄そうだし。かといって放っとくのも……。
「ねえ、そっちの二人を紹介してくれないかな?」
突然レンがロリーナに向かって愛想の良い笑みを浮かべて話しかける。
ロリーナはしばらくレンを見つめたあと、咳ばらいをして笑みを再び作って紹介する。
「こちらがターシャ・クルクマ。こちらがキース・ブロンさんですわ」
「タ、ターシャです。よろしくお願いします」
「キースだ。よろしく」
ターシャと呼ばれた金髪碧眼の少女は、おどおどと頭を下げる。
それと対照的に、キースと呼ばれた金髪碧眼の少年は、明るく快活そうな印象だ。
「シェリア・リエーソンさんだよな? そっちはシェリアさんが護衛対象ってことでいいんだな?」
キースが明るくシェリアに問い掛ける。今日はじめての建設的な問いに、マリエはほっとする。そしてキースに好感を抱いた。
それと同時にレンとキースに感謝した。
「ええ。私が護衛対象よ。あとシェリアでいいわ」
キースに好感を抱いたのはシェリアも同じだったらしく、自然に笑いかけて答えた。
その笑顔を直接くらったキースは、少し顔を赤くして、静止したあと、照れたように笑って言った。
「シェリアはやっぱ美人だな。あ、あと俺もキースでいいよ」
「ありがとう、キース」
ストレートで飾らないその言葉に、シェリアは珍しく、本物の笑顔で礼を言った。
「こちらも紹介するよ。俺はレン・ヴェントス。そしてこちらはマリエ・モンブラン」
レンが何故かつまらなそうな表情をして、シェリアとキースの会話に割って入った。
しかしキースは特に気にした様子はなく、マリエに笑いかける。
「はじめまして。キースでいいよ」
「私もマリエでいいわ」
「マリエの家ってさ、果樹園あるよな?」
キースの言葉にマリエは目を丸くした。
確かにモンブラン家には果樹園がある。しかしそれはとても小さなもので、できた実も領民にしか売っていない。
趣味の域をでないような代物なのだ。
しかもモンブラン家は知名度が低い。野心もなく、結婚も恋愛結婚で人脈があるわけでもないから当然なのだが。
だからこそ、キースが知っていることの方が驚きだった。
「果樹園のこと、よく知ってたわね?」
「俺の父さんは商人なんだ。それで、以前、モンブラン家を訪ねたときに、そこの果物をもらったらしくてさ、それで、それがすごく美味しくて、商品にしないかって持ちかけたって言ってた。結局、その商談は断られたらしいけどな。」
「へえー。知らなかった。食べてみたいわね。その果物」
「俺も父さんが持って帰ってきたのを食べたことあるけど、美味かったよ」
「良かったら、また送ってもらうからその時にでも」
褒めてもらえたのが嬉しくて、自然と笑顔になる。
「おい、襲撃班はそろそろ行った方がいいんじゃないのか?」
不機嫌さがにじみ出ているアベルの声に、ふとそちらを見やる。
どうやら三人で盛り上がっている間、ロリーナの相手をさせられていたようだ。
「あ、やばい」
「勝利は僕たちがもらうよ」
「アベル様、レン様、お待ちしておりますわ」
「あ、あの、えと……がんばります!」
他の班はすでに顔合わせを終え、襲撃班は訓練棟に入り始めていた。
それを見て、襲撃班の四人は、それぞれ言いたいことを言って、訓練棟の方へと向かった。
「あの四人が相手か……」
マリエがつぶやくと、シェリアがこちらを振り向いた。
「あれがたぶん、二位の班で、ついでに、この班と同じ力を持つように調整されてる班よ」
「クルクマ家のお嬢様は、どのぐらいできるんだ?」
アベルが何故か真剣な顔をして問う。
「どのぐらい? 全科目総合で十位には入ってるんじゃない? それにしても、なんでそんなことを? そんなにあの子が気に入った?」
シェリアがからかうように言えば、アベルは思いっきりシェリアをにらんだ。
「違う。クルクマ家はルミエハ派だから、あんまり情報として入ってこないんだよ」
「そんなにオブスキィトとルミエハって仲悪いの?」
トレリ二大公爵家であるオブスキィト家とルミエハ家は、百数十年にわたって対立しており、それは国全体を巻き込んで、国内貴族の八割がたがどちらかの家の派閥に所属している。
ただ、モンブラン家は野心もなく、そういう面倒なことを嫌うため、残り二割の中立な家である。
だから、マリエには、あまりオブスキィトとルミエハの闘争が実感としてわかないのだ。
「そっか……マリエの家は中立というか、無関心だものね。リエーソンも中立ではあるけど、情報は両方のを集めてるから。二つの家の対立は、たぶん、マリエが思っているのよりひどいわ。この学校は、軍にそういう私情を持ち込んじゃいけないから、抑制はされているけど、学校も少しは気を回してるんでしょうね。私とマリエがこの班なのは、家のことも少なからずあると思うもの」
言われてみれば、向こうにクルクマ家のお嬢様がいるのはそういう理由かもしれない。
彼女がこちら側でも良かったはずなのに、というよりは、シェリアが向こうで、彼女はこちらの方が釣り合いがとれるはずなのに、この組み合わせなのは、家のことなのだろう。
「でもまあ、向こうが嫌じゃなければ、ルミエハ派の家の人とも関わりたいんだけどな。俺は」
「そうなの?」
「あ、ああ。できれば、対立は無い方がいい」
アベルの言葉に、反射的に問い返せば、アベルは何故か驚いたような顔をしてから、質問に答えてくれた。
そういえば会話らしい会話は久しぶりだった。
「あと五分後に、護衛班は訓練棟に入り、できるだけ早く、それぞれの班の指定の部屋を目指してください!」
教師の呼びかけが聞こえ、四人がそれぞれ顔を見合わせる。
「無事、私を部屋まで送り届けてね」
シェリアがいたずらっぽく笑って言った言葉に、三人は同時に笑ってうなずいた。




