和解
長く艶やかな長い黒髪を、サイドでゆるくまとめあげ、深い紺色のドレスをまとった美少女が、悠然と立っていた。
ドレス自体はとてもシンプルなマーメイドドレスでトレーンも短めだがある。
しかしそんなシンプルで色味も落ち着いたドレスだからこそ、着る人そのものが重要視されるドレスでもあった。
そして黒髪の美少女には、やはりよく似合っており、更衣室は女子だけであるというのに、その少女はあらゆる方向から視線を感じていた。
その少し離れたところで、金髪碧眼の、それなりにかわいらしい女の子が、全く同じ紺色のドレスを身にまとい、悲嘆に暮れていた。
「これもハンデってことなのね」
一応、上位四十に入る班のうち、半分の二十の班の護衛対象の女子生徒が、この更衣室にいるのだが、一位と二位、三位と四位など、上から二組ずつの班がそれぞれ同一の能力になるように班が決められていることの関係せいからか、どうやら奇数順位の班がここにいるようだった。
さきほど資料として班の順位付けが配られており、当然のごとく、マリエの班は一位だった。
そして、この学校は、できるだけ実践に近いものを目指しているということもあり、護衛対象の女子生徒には、全員指定のドレスが支給されていた。
ただし、上位になればなるほど、動きにくいドレスになっており、上から十番ごと、つまりここにいる班では五班ごとにドレスの形が変わっている。
逆に言えば、五人の女子生徒が同じドレスを身にまとうことになるわけで、シネラリアの女神と称されるシェリアと同じドレスを着ている四人の女子生徒は、みな憂鬱な表情を隠せていなかった。
「正直シェリアならドレス着てても、問題なく戦えそうだけど」
「私もそう思うわ。まあ、あっちのドレスのが動きやすそうだけどね」
そういうシェリアの視線をたどれば、同じ紺色のドレスだが、上半身は体のラインに沿った形で、腰の右側についているリボンのところで布が寄せられ、そこから下は自然に流れ落ちている形を着ている女生徒がいた。
ひらひらとはしそうだが、シェリアが来ているもののように、足幅は制限されなさそうに見える。
「そうね……あまり派手に動けばトレーンに足をとられそうだし」
「これが自分のドレスで、緊急時なら、ドレスを割けばいいんだけどね。さすがにそうもいかないしなあ」
確かに、軍の者ならそれでも良い。
ただし、一応今回シェリアの役は、どこぞの、軍とは無縁の戦えないお嬢様であるため、そんな無茶を望んではいけない。
「でもこれ……正直いって、貴族の家の子が有利だと思わない?」
貴族の出なら、ドレスは着慣れているだろうから問題ないが、こんな動きにくい服は、一般庶民は着慣れていない。
その分、護衛対象役の動きに有利不利がでそうな設定だ。
「そこは考えてあるみたいね。貴族には高いヒールの靴を。そうでない子には、ヒールのない靴が支給されてるのよ」
あたりを慌てて見回してみると、確かにヒールの高さが人によって違う。
「よくできてるわ……」
もはや呆れてぽつりとつぶやくと、シェリアもうなずいて同意した。
更衣する必要のない生徒は、訓練棟の前に全員集められ、資料を配られていた。
班員全員分が配られ、その中には、今後の登録資料なども含まれていた。
「さすがだな……」
「あれは……他の女子がかわいそうな気もするけどな」
「同じドレスか?」
赤みがかった茶色の髪の少年は、資料に目を通していたが、周りの、特に男子のざわめきが大きくなったことで、ふと顔を上げた。
騒ぎの中心は見えないかと思ったが、その心配はいらなかった。
多くの生徒がごったがえしてる中、何故か道が開けている場所があった。
その中央を、堂々と歩いてくる黒髪の少女の姿がある。そして、その後ろには赤銅色の髪の少女が、少し遅れてついてきている。
「ああやってみると、シェリアが伯爵令嬢に見えてくる」
隣にいた黒髪の少年がつぶやく。
確かに、ドレスをまとったシェリアは、貴族令嬢に見えたし、ずいぶんと美しいと感じた。
ただそれを素直に認めるのは癪である。
「あいつは、伯爵令嬢の時はあんな地味な色は着てなかったぞ」
「……アベルは伯爵令嬢としてのシェリアと面識が?」
何故かレンの声がいつもより冷たい気がする。
「ああ。オブスキィト家に挨拶とか言って、親にひきずって来られてた。どうにも夫人の方が娘を俺の親に会わせたかったらしい。リエーソン伯爵自身は、乗り気じゃなさそうだったけどな」
「……それで? まさか婚約とかそういう?」
どんどん冷えていくレンの声に、内心焦りを感じながらも、彼の感情の変化の意味が分からず、ただ正直に首を振った。
「俺の父親は、オブスキィト安定のために、できるだけ力のある家の娘を嫁がせたいらしい。要するに、侯爵クラスがいいわけだ」
「なるほど。そりゃ、伯爵家の彼女は無理だな」
急に明るい声になり、レンの表情が和らぐ。
「いや、それ以前の問題として、シェリアなんて願い下げだ」
「あら……私なんて願い下げって、何の話かしら? どこぞの公爵家の長男さん」
どうやらアベルの本音が聞こえてしまう位置まで来ていたらしい。
ドレスをまとって伯爵令嬢の雰囲気をかもしだしている、黒髪の少女がそこに立っていた。
ちらりと視線をずらせば、赤銅色の髪の少女と目が合ってしまい、気まずくて思わず目をそらす。
「婚約者としてお前だけは選びたくないって話だ」
「私も同感よ。初めての意見の一致かもしれないわね」
視線を外してしまったことを後悔しつつ、シェリアに向かってぶっきらぼうにいえば、シェリアは余裕さえ見える笑みを浮かべて嫌味を返してきた。
「それにしても……そのドレスを最高級に引き立てて着こなしてるな」
レンがその整った顔立ちに笑みを浮かべて褒めたので、アベルは驚いて手に持っていた資料を落としそうになった。
「ありがとう。レンからは、紳士的なお言葉を頂けて嬉しいわ」
一見黒にも見えるほどの深い緑色の瞳は、何故かレンではなく、アベルを向いている。
「嫌味か?」
「よくわかってるじゃない」
「シェリアは誰よりもきれいだ」
「見事な棒読みね」
見え透いた嘘はばっさりと切り捨てられた。
まあ、本気にされても困るが。
「リタイアに関するルールですが、模造剣を、武器以外で受け止めたらリタイアとします。ただし、だからと言って模造剣で思いっきり殴るような余裕のない真似は止めてください。リタイア判定は、近くに教師がいれば教師が声をかけますし、あとは周囲の判断、自分たちの判断に任せます。護衛班は、それぞれの班に割り当てられた部屋に、早く辿り着いてください。その辿り着いた時間が、大きな評価ポイントとなります」
教師が声を張り上げてするルール説明を聞いて、生徒はいっせいに立ち上がる。
まずは襲撃班に十分間ほど時間が与えられ、訓練棟の中に散らばる時間を与えられるらしい。
マリエたちの班は護衛班として割り当てられたので、今はまだ待機している。
「模造剣か……」
アベルの声に、顔をあげれば、視線が合ってしまう。
しかしアベルはすぐに視線を横にそらす。
マリエもまだアベルを許してはいないが、それは向こうも同じなのかもしれない。
マリエにも非があることは分かっているのだ。
一つ大きく深呼吸をして、一歩前に踏み出す。アベルとの距離が、手の触れそうな距離にまで近づいた。
アベルもさすがにその気配には驚いたのか、こちらを見た。
久しぶりに赤みがかった茶色の瞳を真正面から見た気がする。
「あの……」
「悪かった」
和解を申し出ようとしたら、目の前の少年が軽く頭を下げ、謝ってきた。
突然のことに言葉を失ったマリエに、顔をあげたアベルはまっすぐこちらを見ながら、言葉をつなげる。
「言いすぎたこと……許してくれるか?」
その真剣な瞳にマリエは囚われる。そして、場違いながらも、その顔を見て、目の前の少年が、女生徒に人気であるということの意味がなんとなく分かる気がした。
「あら、ずいぶんと今さらね。ノートを渡したときでもよかったんじゃないの?」
「シェリア!」
シェリアが相変わらず凍てつくような笑みを浮かべて、嫌味を言い、レンが咎めるような声を出したが、マリエはそれどころではなかった。
あのノート……まさか謝る気で持ってきたの?
あの日、騎馬槍術の授業の前に、とてもとても不機嫌そうな顔をして、ノートを持ってきたアベルを見たとき、ラウリを少し恨んだのだ。
ただ、これはもしかするとラウリがノートは、早く手元にあった方がいいだろうと考えた結果なのかもしれないと思い直し、ラウリを追及するのは止めた。
しかし本当は、アベルが持っていくと言ったのだろうか。
彼は、あの時から、謝る気だったのだろうか。
なんとなく、何か言いたげだったような気もする。でも、あの時のマリエは気持ちが整理できておらず、相手の心情を推し量る余裕はなかった。
「護衛班も位置につけだってさ。行くぞ」
マリエの返事を待つことをあきらめ、マリエに背を向けて歩き出した少年の腕をとっさてきにつかむ。
振り返ったアベルが、引き留めたことを怒るかと一瞬思ったが、アベルの表情が、驚きと、どこか安心したようなものだったので、マリエもほっと一息をつく。
「私も無神経なこといってごめんなさい。いらだってたの。だから……お互い様ってことで、気にしなくていいわ」
マリエも軽く頭を下げる。
マリエがつかんでいた腕が、するりと抜ける。
顔を上げて、マリエは静止した。
「ありがとう」
そういって微笑む少年の顔は、とても、とても優しげで、その幼い顔立ちとも合って、親しみやすささえ出ていたから。
「行きましょう」
シェリアの顔が、一気に残念そうな顔になり、レンがほっとしたようなそんな顔をしている。
マリエはたぶん、自分は今、微笑んでいるだろうと思った。




