素直になれない
空は青く、白い雲がところどころに浮かんでいて、風に流されゆっくりと流れていく。
上空はそれなりに風があるようだが、幸いなことに、一の月という寒い季節に外に二人で座り込んでいる少女二人に吹き付ける風はなかった。
「授業……さぼっちゃった」
ぽつりとマリエがつぶやく。
「ラウリがノートとってくれてるわ」
シェリアが優しく明るい声で言う。
先ほど走って教室から逃げ出してきたマリエを探し出し、それから何も言わずに隣にいてくれたのだ。
シェリアは人を思いやれる。そして、マリエに一番必要なことを与えてくれる。
こういうとき思うのだ。シェリアが同じ部屋で良かったと。
「次の授業は、でなきゃね。次は騎乗槍術だわ」
あまりシェリアを心配させてはいけないと、極力明るい声を出す。
そう言って立ち上がったマリエを、心配そうに見上げてくる深い緑色の瞳。
「大丈夫。あんなやつのいうことなんか、気にしてないわ」
できるだけ平常心を装って言う。
「私は剣技応用をとったから方向が逆なんだけど……」
「そっか。じゃあ、お昼は食堂で席をとっておけばいいかな?」
「……うん。無理しちゃだめよ」
いつの間にか立ち上がったシェリアが、ぽんとマリエの肩をたたいて歩いていく。
一度大きく深呼吸してから、マリエはシェリアに背を向けて歩き出した。
シネラリアの女神と称される、長く艶やかな黒髪の美少女は、不機嫌さ全開で歩いており、盲目な男子以外は、彼女が歩いてくると道を開けるほどだった。
それでも数名、話しかけようと試みたものがいたが、少女はすべて完全に無視をした。
しかし、歩いていた少女は、突如ある一点を見つめて、それに向かって歩き出す。
その先にいた金髪碧眼の少年は、少女に気づき、少し困ったように笑う。
「シェリアさん」
「ノート、預かるわ」
さきほどの不機嫌さは嘘かのように、自然な笑顔でシェリアは微笑んだ。
「……いや、それが、その……」
しかし、なぜか気まずそうに視線をそらすラウリを、シェリアはじっとみつめる。
「ノートは?」
「ごめん」
「まさか、ノートを持ってるのは赤茶色の髪の男だったりしないわよね?」
少年がびくりと体を揺らす。
つまりはそういうことなのだろう。
「わかったわ」
いらだって、笑顔を作るのも忘れて、来た道を戻ろうとした瞬間、腕を掴まれて、思いっきり引き寄せられる。
その反動で体はバランスを失い、誰かにがっちりと抱きとめられてしまった。
「ちょっと今、忙しいの」
思いっきり誰かの胸を押して、距離を取り、顔を見る。
そこにいたのは整った顔立ちをした黒髪の美少年だった。
「剣技応用をさぼるべきじゃないと思うけどな」
「私にとっては、親友を魔の手から救いに行く方が大事なんだけど?」
「残念ながら、俺はあいつに謝らせてやりたいんだよな」
腕はまだしっかりとつかんだまま、二人の視線がかち合う。
「腕を放して。明日には付き合ってるなんて噂が流れかねないわ」
「今日には、だろうな」
少し残念そうにレンはシェリアの腕を離す。
「そもそも、どうして私が剣技応用をとってること、知ってるのかしら?」
「俺もとってるからな。去年の剣技演習では二位のシェリアが剣技応用をとらないわけがない。今年も剣技の必修はあるけど、あれはどちらかといえば型を教える授業だから、満足しないだろ? シェリアは」
平然と返してくる少年をにらみつけながら、ちらりと横を見る。
「俺に引きずられたくなかったら、このままおとなしく授業に出てくれる?」
その視線に気づいたレンが先手を打つ。
「それでマリエにはまた授業をさぼらせる気?」
「いや、そうはならないだろうな」
レンがどこか楽しげに言うのを見て、シェリアははっとして叫ぶ。
「まさか、あいつも騎乗槍術!?」
整った顔立ちに、いやらしいほど満面の笑みを浮かべている。他の女子生徒が思わずふりむくほどさわやかな笑顔だったが、シェリアにはそんなものは効かない。
「思い出したわ。武術総合一位のくせに、剣技はへたくそだったわね」
赤みがかった茶色の髪の少年は、得て物を縛らない、自由競技では常に一位で、団体戦となれば軍師としての優秀さも見せ、槍術もそれなりにできるが、剣技はセンスがなかった。
順位的には十八位で、悪くはないが、それで武術総合一位をもぎとる、アベルの戦闘センスの高さには、シェリアはむかついていた。
「とにかく、同じ授業にでるんだから、止めてもしょうがないことは分かるだろ?」
どうだとばかりにこちらを見てくるレンを放置して、シェリアは歩き出す。
とりあえず次の授業の遅刻だけは避けたい。
「今日、ペア組まない? 久しぶりにシェリアと手合せしたいんだけど」
早足のシェリアの隣に並んで、くっついてくるレンは無視した。
ペアを組むなどとんでもない。
このいらだちを抱えたままレンと剣を交えれば、模造剣でも彼を撲殺してしまいそうな気がする。
レンのが強いので、おそらくそんなことにはならないだろうが。
赤みがかった茶色の髪の少年は、走っていた。
授業が始まる前に、どうしても赤銅色の髪の少女に謝りたかったのだ。
息をきらして、あたりを見回すと、厩舎に入ろうとする少女の姿が見えた。
「マリエ!」
思わずその名を呼ぶ。
周りの女子生徒がいっせいにこちらと、少女を見ているが、気にしている余裕はない。
少女は、名を呼ばれて、アベルの顔を見るなり、逃げるように厩舎の中に入っていく。
それを走って追いかけて、マリエの腕をつかむ。
「いやっ」
つかんだとたんに拒絶され、なぜか胸がちくりと痛む。
こちらを見上げてくる赤銅色の瞳が、怒りと恐怖を含んでいる。
「何?」
声が冷えている。
「ノート……ラウリから」
その声に身がすくみ、謝ることができないまま、ノートを差し出す。
マリエは何か言いたそうにこちらを見たが、黙ってノートを受け取って、自分が乗る馬の方へと走って行った。
胸の中をうごめく罪悪感が、消えない。
女の子に想いを告げられることがあっても、それがどんなに多くても、一度たりとも心を動かしたことはなかった。
それなのに、全身で嫌いだと拒絶してくる彼女には、振り回されっぱなしだ。
自分が悪いと言うことは分かっている。
それでも素直に謝れない。
「……悪い」
その一言が言えなくて、アベルは深いため息をついた。




