売り言葉に買い言葉
金髪碧眼の、学内でそれなりにかわいいと評される女の子五人が、赤銅色の髪の少女を取り囲んでいた。
少女五人は、微笑んでいれば可愛らしくも見えるが、殺気を放って一人の少女をにらむ様子は、なんとも近寄りがたいものがある。
二百人は収容できる教室の後ろの方で、それは行われていた。
「なんでわざわざつきまとって朝食まで一緒にとってるの! アベル君とレン君たちが迷惑するでしょう?」
一人進み出た少女が、ふんわりとウェーブのかかった髪を二つに結い上げている少女が、たたきつけるように言って、マリエをにらむ。
その少女が、この五人の中では一番かわいい。
ともすれば、かわいらしさの順位とは、そのグループでの強さをも表すらしい。
「そのお二人さんに、あなたたちが頼めば、きっと私たちなんかと食べる必要もなくなるわ」
本音を言えば、勝手に向こうが同じ席で朝食をとり、そのせいで嫉妬の嵐に巻き込まれて、迷惑しているのはこちらの方だったが、そんなことを彼女たちに言えば、火に油をそそぐようなものである。
かといって、こちらが悪いと言うのもしゃくなので、そのぐらいの返しにしておいた。
「言われなくたってそうするわよ!」
みごとにそのウェーブのかかった金髪を振って、すたすたとその場から離れていく。
残りの四人も、それにならって続いていった。
「……また絡まれたの?」
それと入れ替わるようにして、黒い髪と、一見すれば黒に見えるほどの深い緑色の瞳をもった美少女が現れる。
彼女の手には書類が何枚か握られている。そのうちの一枚を受け取った。
「いいかげんにしてほしいんだけど。迷惑はこっちよ! なんであの二人は私たちの静かな朝食の時間を奪うわけ?」
「そうよね。静かな朝を返してほしい。そもそもどうして同じ班なんかになったのか分からないし」
二人とは、赤みがかった茶色の髪と瞳の、女受けしそうな、少し幼めの親近感のわく顔立ちの少年と、黒い髪に黒い瞳のとても整った顔立ちをした美少年のことである。
アベル・オブスキィトとレン・ヴェントスと、同じ班になってから、すでに五日。
その五日間すべて、何故か朝食をともにしている四人は、色々な意味で目立っていた。
正確には、嫌がるマリエとシェリアに、二人が何故かつきまとってくるだけだったが。
しかしアベルとレンは非常に学内で人気が高い。何せそれぞれに見守る会なるものが存在し、会員は抜け駆け禁止だとか。
そんな目立つ二人と、朝食を五日も連続でとれば、嫉妬の嵐になるのはもはや仕方ないことだ。
そして、シェリアの存在。シネラリアの女神と称される彼女は、男子からは崇拝されているが、その美貌から、女子の評価は、みごとに半分に割れている。
シェリアを崇拝するか、ねたみから忌避するか、どちらかだ。
そのどちらに転んでも、彼女は少し距離を置かれるため、案外、気のおける友達は少ないらしい。
学内でまともに話せるのは十人ぐらいだという、その十人の中にいるのがマリエである。
「嫌がらせをする人たちって、絶対に一人の時をねらってるわよね」
「まあ、シェリアといるときに言われることはないわね」
そんなシェリアは、たとえ一人でいたとしても、あまりあからさまに絡むと、男子が飛んで来たりするもので、マリエの十分の一ぐらいしか嫌がらせを受けていない。
シェリアに攻撃するのは分が悪いのだろう。
シェリアはあの二人と並んでも、十分に釣り合っているのだから。
「マリエは優しいから、つけあがるんだって。もうちょっと威嚇すれば減るとおもうけどなあ」
「威嚇なんて、シェリアだから効果あるのよ。っていうか、次の授業行かないと」
シェリアがとってきてくれた紙をカバンにしまいながら、手帳を取り出す。
この無駄に広い学校は、教室数も多すぎて、何がどこにあるかは、見取り図がないと分からない。
そして、とった授業ごとにかわる教室を、いちいち覚えていられないので、マリエはすべて手帳に書きこんでいる。
「次は歴史学か。同じ人の授業?」
「マックリンさん」
「ああ、一緒よ! 行きましょう」
場所を調べようとしたマリエを置いて、シェリアは三歩ほどすでに歩いている。
「場所分かるの?」
「履修登録の時に覚えたわ」
黒髪の美少女は、あっさりと笑いながらそういって、再び歩き出す。
マリエもついていきながら、道順を覚えた。
相変わらず、シェリアの記憶能力はすごい。筆記で不動の一位だけあるとマリエは思わず感心しなおしてしまった。
シェリアのおかげで問題なく教室にたどりつき、その中を見回す。
この授業は必修だが、教師がたくさんいるためか、一つの授業の人数は少ない。
おそらく四十人ほどしか入らないだろう部屋を見回して、マリエとシェリアは前から二番目の席を取る。
「あ、おはようマリエ、それからシェリアさん」
後ろから声がして振り返ると、トレリでは標準装備である金髪碧眼を持った少年が立っていた。
彼はマリエとシェリアの後ろの席に荷物を置き、座る。
「誰かと思ったらラウリじゃない。久しぶり」
「去年はあんまり授業が同じにならなかったからね」
人懐こい笑顔を浮かべて話しかけてくる幼馴染を見て、少しだけ気分が良くなる。
顔立ちはとても美形というわけではないが、いつも笑っているので親しみやすい。マリエと同じく、家が子爵家で、屋敷が近くにあったため、ラウリとは交流があったのだ。
「そういえば、噂によると、オブスキィトとヴェントスのご子息と同じ班だって聞いたけど」
「そうなの! おかげで嫉妬の嵐よ! いい迷惑だわ」
憤慨しながらも、少しだけ声を抑える。
そんな様子をみて、何故か噴出したラウリは、今度はシェリアの方を向いた。
「シェリアさんも同意見?」
「そりゃそうよ」
「でもマリエほど被害にあってないんじゃないの?」
思いのほか鋭いラウリに、シェリアは肩をすくめてみせた。
「普通に考えれば喜んでもいいところだけどね」
「どうしてよ?」
「そりゃ、トレリ二大公爵家のオブスキィトと、オブスキィト派の筆頭のヴェントス家の長男だからね。お近づきになれれば、家にも利益だろう?」
話し方は優しいが、考えはしっかりしているラウリは、やはり長男だからなのだろうか。
「まあ、そういう考え方をすればそうよねえ」
シェリアがため息をついて言う。以前聞いたところによれば、シェリアはあまりそういうことに関心がないらしい。もちろん、彼女の家が伯爵家で、しかもその伯爵家でも上位の家柄だということは関係しているだろうが。
「でも私には迷惑な話なの。子爵家だから、それに釣り合うぐらいの家柄の人と、恋愛結婚したいのよ!」
「昔から言ってるもんね、その台詞」
少しだけ呆れたような表情を見せたラウリをにらみ、それから少し上を向く。
「そうよ! だから公爵や侯爵なんて身分の高い人たちは、面倒だし、関わり合いになりたくないの! いっそしがらみのない平民とかのがいいのに」
マリエがシェリアに対して一歩引くことがないのは、これもある。
貴族のお嬢様方の中には、軍に入ることを目指しつつ、いかに自分より身分の高い相手と交流を深めるかに精力を注いでいる人が多くいる。
マリエは全く持ってそんなものに興味はなかったので、シェリアのように、いくら男子の目をひく麗しい少女でも、特に嫉妬する理由がなかったのだ。
「それは子爵家のお嬢様の台詞じゃないね。まあ、モンブラン家が、恋愛体質なところはあるとおもうけど」
ラウリが教科書を取り出しながら、シェリアに同意を求めるようにして言った。
「モンブラン家は野心がないけれど、誠実で、いつでも子爵の地位に見合った働きがあるから、誰とどこで恋愛しても文句を言われないってのもあるんじゃないの」
シェリアは言いながら、ふとある一点で視線を止め、そしてそのあとものすごく迷惑そうな顔をした。
そして、後ろを向いていたマリエを掴んで前を向かせる。おかげでラウリに背を向ける形となった。
「どうしたの?」
「後ろよ、後ろ! 見つかりたくないやつらがいるの!」
ラウリの疑問に、振り返ることなくシェリアが答える。
その答えで、マリエはだいたい事態を察して、机に臥せった。
「それがいいわ!」
シェリアも同じようにして顔を隠す。
「……面白いね、二人とも」
ラウリの声が聞こえてくるが、今はそれに答えている場合じゃない。
とにかくいかにして見つからないか、だ。
しかし伏せていても聞こえる足音が、マリエの耳に響く。
「寝不足か?」
「どっちかっていうと、具合が悪いんじゃないの?」
そしてこの五日間の元凶が、なぜか二人に気づいて話しかけている。
しかし、マリエは無視を決め込むことにした。
いっそ寝ていると思っていてくれたら、どこか他の席にいくかもしれない。
「おい、起きろよ、もうすぐ授業だぞ」
そんなマリエの願いもむなしく、肩を掴まれて、軽くゆすられる。
「うわっ」
マリエはがばっと起き上がり、そして睨んだ。
「寝不足でも具合が悪いんでもないわ! あんたたちに見つかりたくなかったのよ!」
「声抑えたほうがいいよ。余計な反発またくらうよ」
ラウリの冷静な声が、マリエの頭を少しだけ冷やした。
そして、赤みがかった茶色の髪の少年と、黒髪の少年をもう一度にらむ。
「俺たちがそんなに嫌か?」
アベルが呆れたようにこちらを見る。
「たちってよりは、アベルが一番最悪なのよ!」
「はあ? なんで俺?」
全く持って分かっていない男に、マリエの何かがぷつりと切れる。
「自分の最初の一言を、もう忘れたなんて言わせないから」
自分でも驚くほど低い声が出た。
それでも、この五日間の無駄な嫌がらせの元凶が憎くて、その声のトーンを保ったまま、とどめを刺す。
「自分のまわりが見えてないなんて、軍人としての適性ないんじゃないの?」
言い切った途端、空気が冷えたのを感じた。
赤みがかった茶色の瞳が、怒りに燃える。
「お前こそ、全部において中途半端だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になる。
知っていたからだ。
確かになんでもできるほうだったが、マリエは何か言置いて、断トツで頂点に立つことはない。
唯一頂点を保った地理学でさえ、二位との差はほんのわずか。絶対の一位ではない。
そのほかにおいては、一桁台を保つのがやっと。
「……っ」
言い返そうとして、目頭が熱くなるのを感じ、はっとして顔をそらす。
自分の荷物を掴んで、これから授業だというのも忘れて走り出していた。
「おい! 待て!」
走り去っていく赤銅色の少女を、思わず追いかけようとして、腕を後ろから誰かにつかまれる。
「まさか、追いかける気じゃないでしょうね」
目の前にいる、シネラリアの女神と称される美少女が、今日は凍てつくような笑みを浮かべることさえせずに、こちらをにらんでいた。
全ての表情を消し去った黒髪の少女は、それでも美しいが、どこか人間味がない。
「放っとくのかよ?」
いくらなんでも自分が悪いのは分かっている。
確かにマリエの言葉にむかついたが、あんな風に傷つけるつもりはなかった。
「わざわざオブスキィト公爵家の長男様が出向く必要はないって言ってるのが、分からないのかしら? 自分でこの状況を作り出しておいて、まだマリエに付き纏う気?」
鋭い瞳が、こちらをまっすぐに見る。
その瞳の色が、黒いと思っていたのに、深い緑色だと、この状況ながらに気づいた。
ふと、シェリアが視線を外し、トレリでは標準装備の金髪碧眼を持ち、目を丸くしている少年の方を向き直る。
すでに愛想の良い笑みを浮かべているのが流石だ。
「ラウリ君。悪いけど、幼馴染のためにノートをとっといてあげてくれる? 私のノート新しいから、これに書いて、後で渡してあげて」
机の上に出していたノートをラウリに渡し、シェリアはカバンの中に物を詰め込む。
「わかった。シェリアさんのはとらなくて大丈夫? ノートを余分に持ってるから、三冊同時に書いてもいいけど?」
「大丈夫。私はノートがなくても困らないから」
「なんなら、俺がとるけど?」
レンが間にわって入って提案すると、シェリアは、今度はまたあの冷たい笑みを浮かべてレンの方を見る。
「レンにも責任があるんだけど、それも分からないのかしら」
笑みを保ちつつも、吐き捨てるように言って、その場を立ち去る。
さすがにあそこまで言われて、追いかけることはできなかった。
「アベルのせいで、俺までシェリアに睨まれただろ?」
「……悪かったな」
いつもなら反論の一つもするところだが、今日はその気力はない。
アベルのそんな様子を見て、レンがため息をつきながら、さきほどシェリアがいた席に座り、そして後ろを振り返る。
「俺たちに見つかりたくなかったって、もしかして朝食とってることで、何か被害が出てたり?」
ラウリが一瞬、迷った様子を見せたものの、うなずいて言葉を継ぐ。
「嫉妬の嵐でいい迷惑だと」
その言葉に、レンの方を向くと、向こうもこちらを見ていた。
予想はしていたが、さすがにこんなに早い段階で被害がでているとは思わなかった。
きっとそのストレスがたまって、あんなことを言ったのだろう。たぶん、彼女は、アベルにあれだけのことを言う権利があったのだ。
―――なんであんなこと……。
アベルは普段なら、あんな無遠慮なことを言ってしまったりはしない。
オブスキィト公爵家という名を背負う限り、不用意なことは言えないからだ。
面倒になって、マリエに最初に言ったように、冷たくあしらうことはあるが、あれは誰にでも言っていることであり、個人に対して、個人の弱味をつくような言葉は普通なら言わないのだ。
しかし、マリエには初めて会ったときから調子を狂わされっぱなしで、どうにも感情のコントロールがうまくいかない。ほとんどの女子生徒が笑顔ですり寄ってくる中、彼女は、こちらが悪いとはいえ、いきなりしかりつけてきた。
面と向かって貶されたことがなかったアベルは、彼女の反応が新鮮だった。
だからこそ、同じ班であることを利用して、親交を深めようと思っただけなのだ。
「……とりあえず、謝った方がいいと思うけど」
あれこれと考えていたアベルに、レンが言う。
返事をしようと思ったら、教師が入ってきて、授業が始まってしまったので、おとなしくマリエの席につく。
歴史学の授業は、ノートだけは完璧にとったものの、ほとんど頭に入らなかった。




