顔合わせ
一の月の一日。
今日は軍の入隊式を意識しているのか、この学校の入学式があり、教師が上級生に構っている暇がない。
この学校は、全寮制で、学校だけでなく、寮の説明や部屋割りについても説明しなければならないからだ。
すると、朝九時に集められた生徒は、今年一年をともに過ごす同じ班のメンバーと顔合わせと自己紹介をさせられる時間を与えられる。
要するに、教師がいないから自分たちで勝手に親交を深めろというわけである。
そんなわけで、一度指定の教室に集められた生徒は、教師が簡潔に説明した後、班でまとまって、教室で話したり、外を散歩したりというのが慣例である。
「……はあ。要らないわ。こんな目立つ奴らを知らないバカがいると思ってるのかしら」
シェリアが本人の前にもかかわらず、堂々と愚痴をこぼす。
マリエもその通りだとは思ったが、流石に本人を前にして肯定するのははばかられたので、ただ黙っていた。
「シェリアが俺の何を知ってるんだ?」
どうやらシェリアとアベルは、お互いに反発し合っていないと気が済まないらしい。シェリアの憎まれ口にもののみごとに突っかかっていく。
「そうね。興味はないけど、あなたは八の月の十二日生まれで、家はトレリの二大公爵家のうちの一つ、オブスキィト公爵家。夏の避暑には、ルミエハ本邸に近いところを使うらしいわね。緩衝地帯になっている森は、何のひねりもなく、オブルミの森と呼ばれているとか。性格面に関しては、話しかけてくる女は、すべて自分に気がある、もしくは家名目当てだと思い込む、思い込みが激しくて自己陶酔な人。ついでに好きな食べ物はたぶんシナモンのかかったリンゴパイ」
興味はないと言っておきながら、ずらりと言ってのける。
その中の、最後の一言が意外過ぎて、思わずマリエは噴出してしまった。
ふと視線を上げれば、レンも同様に笑っている。
「前半はともかく……なんで俺がシナモン入りのリンゴパイを好きだと?」
笑ってしまったマリエとレンをにらみながら、それでも目を丸くして、シェリアに問う。
そんなシェリアはこれ幸いとばかりに、笑みを浮かべ、そうして、なんでもないことのようにさらりと言った。
「自称アベルを見守る会の方々が、食堂で、甘いものを選ぶ時はいつも決まってそれだという情報を提供してくださったの」
「アベルを見守る会? そんな悪趣味な会があるの?」
マリエはつい本音を口走ってしまってから、赤みがかった茶髪の少年が顔をしかめ、黒髪の少年が再び笑いだしているのに気付いた。
さすがに無遠慮すぎたようだ。しかし、だからといって謝るのもなんだか引っ込みがつかない。
どうしようかと困っていたところ、シェリアがすかさず助け舟を出した。
「世の中には色々な趣味の人がいるのよ」
「そりゃそうだ。シェリア・リエーソン嬢がシネラリアの女神と呼ばれているぐらいだからな」
「あら? あれは私の自称だけど?」
黒く艶やかで美しい黒髪をさらりと手で後ろに流し、挑戦的に微笑む彼女は、女神というより、魔女だとマリエは思う。
「……お前そんなふざけたやつだったのか」
しかしながら、シネラリアの女神という名は、もちろんシェリアの自称などではない。
シュトレリッツ王国、通称トレリ王国で、黒髪というのは非常に珍しい。
それゆえ、黒髪というのはどこか神聖化されている節がある。月の女神シスクという、非常に美しいとされる女神が黒髪だとされてるのもそういう背景があるのだろうとシェリアは語っていた。
そして、その月の女神シスクのようなシェリアをたたえ、月ではなく、シネラリア養成学校の女神、すなわちシネラリアの女神という名がついたのである。
「まあ、もちろん嘘だけどね」
「嘘か! いちいち鬱陶しい!」
「騙されるアベルも悪い。シェリアはからかうのが好きなんだ。間に受けるな」
これまで成り行きを見守っていたレンが口を挟む。
そのレンをちらりとシェリアが見る。どこか値踏みするような表情だ。
そしてマリエはその二人を見比べて、思わず嘆息する。二人して珍しい黒髪な上に、すばらしく整った顔立ちなのだ。
「あ」
昨日のやりとりと、今日の会話で、ひとつ気づいたことがある。
「どうしたの?」
シェリアがふしぎそうな顔をしてこちらを見る。
「どうしてシェリアとレンは知り合いなの?」
去年の授業で同じ授業を取っていた可能性も考えたが、シェリアがわざわざヴェントス家の長男と関わりを持とうとする気がしない。
それならば、何か必然的に話す状況が生じたのでは、と思ったのだ。
「知り合いってどうして分かるんだ?」
「だって、シェリアのことをシェリアって言ってたわ。私のことはさん付けだったのに」
アベルの問いに、昨日一瞬、ひっかかったことを話す。
マリエとシェリアが並んでいて、どちらかにだけさん付けするならば、普通はマリエを呼び捨てにして、シェリアにさんを付けるだろう。
シェリアはシネラリアの女神と呼ばれるだけあり、高嶺の花的な存在で、彼女を気さくに呼び捨てする男子は少ない。
「去年、何度か早朝訓練で鉢合わせたの。マリエは剣の訓練には付き合わないでしょう?」
シェリアの説明になるほどと納得する。
マリエは夜が明ける寸前に目を覚ますが、彼女はもう少し早く起きて、外で剣の訓練をしていることが多い。
剣技では学年で堂々の二位を誇るシェリア・リエーソンだが、彼女はそれに見合うだけの努力をしている。
「まあ、それだけじゃなく、周りから公然のライバル視されてたから、手合せを設置するような動きもあったから。それなりにシェリアのことは知ってる」
彼の言葉の何かが気に入らなかったらしい。美しい眉をひそめて、いつもなら決して絶やすことのない笑みをけし、真顔で問いかける。
「いったい何を知ってくれてるのかしら? ヴェントス侯爵家長男のレン・ヴェントスは」
「名前はシェリア・リエーソン。リエーソン伯爵家のご令嬢で、弟が一人。誕生日は、たしか二の月の二十日。学業では学年一位。武術では総合三位で、剣技では二位。俺の一位にいつも届かない。その美しさと強さ、そして月の女神が冷酷非情だと言われていることもあり、シネラリアの女神と呼ばれるようになった。でも実際は冷酷非情じゃなく、むしろ情に厚い。木から降りられなくなった猫を下していたら雨に降られて、ずぶぬれになり、次の日に風邪をひくぐらいのお人よしさがある」
黒髪の少年の整った顔立ちに浮かぶのは、勝利の笑み。
黒髪の少女の整った顔立ちに浮かぶのは、敗者の恥。
シェリアにしては珍しく、頬が赤くなっている。
「……なんで猫のこと、レンが知ってるの?」
「見てたから。ずっと」
レンがにっこりと極上の笑みを浮かべれば、シェリアが大きくため息をつく。
「へえ……かわいいところあるんだな」
先ほどの仕返しだとばかりに、アベルがにやにやと笑ってシェリアをからかう。
「……補足。アベル・オブスキィトは、現在四人の女の子からの告白を保留中」
途端に反撃したシェリアに、アベルはとても嫌そうな顔をしてうめいた。
「保留じゃない。断る前に逃げられたんだ」
「ついでに昨日のことなんだ。その四人に告られたのが。だから昨日、マリエにあの態度」
それは弁護のつもりなのだろうか。
レンはマリエを見て、そんな補足説明をしてくれた。
「まあいいわ。どうせ私の名前も知らなかったんでしょう?」
「昨日あの後すぐに調べたけどな」
どうやって、と方法を尋ねかけて、やめた。
班の一覧表は昨日も今日もずっと掲示されていた。
それならその掲示を見た瞬間に、マリエの名前は分かったはずだ。
レンとは寮が同室だと言っていたし、シェリア・リエーソンの名を知らないわけがない。
「まあ、マリエ・モンブランって名前自体は知ってたけどな」
ぽつりとつぶやいたアベルの意外な言葉に、思わず勢いよくそちらを見てしまう。
「どうして?」
「どうしてって……前回の総合順位では四位。学業では三位。武術総合では七位。どれも上位入選してるし、それにそれなりに男同士の話題にも上る名前だからな」
最初の方ははっきりと話していたのに、最後の言葉の方はごにょごにょと話す。
前半のことに関しては事実だが、後半に関してはマリエは認知していない。
いったい何がおもしろくて男子の話題に上ると言うのだろう。
「マリエはもてるからじゃないの」
不思議そうな顔をしていたのか、聞いてもいなかったのに、シネラリア一もてる少女があっさりとその疑問を解決してくれた。
マリエも、そのこと自体を否定しようとは思わない。
事実、告白数はそれなりに多い。隣にいるシェリアで霞んで目立たないが。ただ、正直、あまり話したこともないような男子と付き合う気にはなれなかった。
そういうところで、シェリアとは気が合う。
「はあ……でも、正直アベルとレンと一緒とか、面倒だよね」
「そうよね。私もそう思うわ。ま、でもマリエが一緒だからいいかな」
作った笑みではない、自然な笑みと、その明るい口調がマリエの気分を少しだけ上昇させる。
「面倒って……なんで?」
意外にもレンが、怒るのではなく、意味が分からないと言う顔をしてこちらを見ている。
「女の嫉妬は怖いのよ」
ため息をつきながら、マリエが答えてやれば、レンは納得したらしい。うなずいて確かにな、と一言だけ言った。
「去年の女は怖がってはなかったみたいだけどな」
アベルはそれにさらに加えて言葉を足した。
「ああ……ロリーナ・ソーンダーズと、アレイ・ミランは怖がらないでしょうね」
シェリアがつまらなそうにつぶやく。
マリエも、どちらもきつそうな顔立ちをした金髪碧眼の少女二人を思い浮かべて、ため息をついた。
シュトレリッツ王国では標準装備の金髪碧眼でありながら、あれほどまでに目立てるというのは、ある意味では才能かもしれない。
色々な意味で彼女たちは派手で目立っていた。
確か二人とも伯爵令嬢だ。ついでに彼女たちの家は、オブスキィトではなく、ルミエハ寄りだったはずだったが。
「ねえ、ちょっと提案なんだけど」
シェリアがふと、口を開く。
「何?」
レンが興味深げにシェリアを見つめる。
「目標、立てない?」
「目標?」
アベルとマリエは思わず同時に同じ単語を発してしまい、二人ではっとして、視線を合わせる。
アベルの茶色の瞳がこちらを見つめて、おもわず身動きがとれなくなった。
こうして顔を合わせると、女生徒に絶大な人気を誇るのは、そのオブスキィトという肩書だけではないと実感する。
―――って何考えてるのよ。
わけのわからなくなった空気をどうにかしようと、マリエは頭を軽く振った。
「一年間で、達成する目標よ。あるでしょ?」
美しい顔の口の端だけをつりあげて、からかうように笑うシェリアに、マリエは真っ先に口を開いた。
「私はトレリの地理学での一位維持と、乗馬でシェリアを抜かすこと!」
この学校にある講義の中でも、トレリの地理学と歴史学は必修科目だ。そして歴史学ではシェリアに叶うものはいないので、地理学ではそれを維持していたい。去年はシェリアに二回に一回は一位を奪われていたのだ。
ついでに乗馬に関しては、シェリアに勝ったことはないが、一年の目標にするにはちょうど良いぐらいの難易度だと自分は思っている。
「受けて立つわ。地理学で一位とってやるんだから。ついでに私の目標は、学術総合一位を保つのは当然のこと、剣技でレン・ヴェントスを打ち負かすことが当面の課題ね」
負けず嫌いのシェリアは、マリエの言葉に即座に反応する。
そして、以外にも負けず嫌いなのか、レンがぴくりと反応して、シェリアの後に続く。
「俺は誰かさんに負けないこと。ついでに学術総合の不動の一位を脅かすことだな」
「……じゃあ、俺は武術総合で一位を保つこと」
最後にアベルが言って、四人は顔を見合わせる。
誰からともなく微笑みが漏れ、そうして四人とも笑顔になった。
学内最高レベルの班は、この日、少しだけ、結束を強めたのだった。




