約束。
シネラリア養成学校において、二年生の模擬隊実践が行われたその日。
突如として、広まった噂がある。
それは王太子と婚約者の二人の仲をとりもつのに、オブスキィトの後継者が多大なる貢献をしたというものだ。
アベルとヴェラが付き合っていたのではなく、実は王子とヴェラとの絆を深めるために必要な“演技”として全ては処理され、学園を揺るがした一つの噂は、オブスキィト家の株を上げて収束した。
そういうところは、ヴェラらしいな、とアベルは呆れながらも思っていた。
「告白する子、絶えないのね」
「もう少し噂を放置しとくんだったな」
アベルは久々の四人での朝食の最中に、何度も女子生徒に声をかけられて、マリエのからかいに、げんなりした調子で答えた。
しかしながら、こんな他愛のない会話も、久しぶりで、アベルの気分を高揚させてはいたのだが。
「でもまあ、関係ないんじゃない? レンもシェリアもいまだに告白されてるみたいだし」
マリエが朝食のパンをちぎりながら、こともなげに言ったが、それに対するレンとシェリアの反応は見ものだった。
シェリアは気まずそうに視線を反らし、口をぱくぱくとさせている。
レンはといえば、口に運んでいたグラスを、それなりの勢いでテーブルに置き、シェリアをにらんだ。
「告白? 告白はされてないって言ってなかった?」
「わ、忘れてたのよ。告白なんて、ささいなこと」
シネラリアの女子学生が聞けば、怒り出しそうな、嫌味にも聞こえる台詞を口走るシェリアは、どうやら必死らしい。
「俺は全部言ったよね? それで断った話も。シェリアだって、話してくれるんじゃなかったの?」
「だって……この前だって、私に嫌がらせしてた子、レンが何かしたんでしょう? 三日も学校に来てないじゃない!」
「ただの風邪だ」
「そんなわけないじゃない! あなたは過保護すぎ! もうちょっと放っておいたっていいでしょう?」
二人のじゃれあいに、呆れて、ちらりとマリエの方を見る。
自分の発言が、二人の口論を生んだわりには、どうやら彼女は罪悪感を感じていないらしい。
むしろ楽しげに二人を見つめ、アベルと目があうと、にっこりとほほ笑む。
その笑顔に、どうしても視線が吸い寄せられて、一瞬、隣の席でレンがシェリアと口論しているという事実さえ忘れた。
自分の心臓の音がうるさい。
「そういえば、アベルにずっと前に借りてたもの、返したいから、寮まで一緒に来てくれる? 朝早いから、まだ一時間目までには時間があるでしょう?」
赤銅色の瞳がこちらを向いて、それだけに意識を集中していて、彼女の意図をつかむのに、数秒の間を要した。
「あ……ああ! ずいぶん前で忘れてた。いくぞ」
「え、ちょっと待ちなさいよ。私も一緒に――」
「――シェリアはダメ。たまには俺につきあってくれてもいいんじゃないの?」
「どうぞごゆっくり」
マリエはにっこりとレンに微笑みかけて、するりとシェリアを躱して食堂の出口の方へと歩いていく。
この行動が、レンとシェリアを二人にするためだとは分かっていたが、それでもやはり、一緒にいられるのは嬉しい。
そう素直に思えているのは、ある意味、ヴェラのおかげなのかもしれない。
二人はさしたる会話もなく、ぶらぶらと寮の方へ向かって歩いていく。
「マリエ」
アベルのななめ前を歩いていた彼女を呼び止め、アベルはマリエの隣に並んだ。
「なに?」
ゆるやかなウェーブのかかった赤銅色の髪が、風に舞う。
赤銅色の瞳を見据えて、そうして、言った。
「これから……よろしく」
一瞬動きを止めた赤銅色の少女は、驚いた表情を見せたあと、ふっと笑ってこちらを見た。
「どうしたの? いまさらでしょう」
「なんとなくだよ! なんとなく」
気まずくなって、ごまかすように大きな声で言って、アベルは先に歩き出す。
「……まあいいわ」
後ろから声が、追いかけてきた。
「よろしくね」
思わず振り返ったその先には、笑顔でこちらをみている、赤銅色の少女がいた。
「あの二人……うまくいくかな」
「さあ……私たち次第かしら」
「あの二人次第、じゃなくて?」
二人が去った食堂で、先ほどの口論の様子を微塵も見せずに、二人は優雅に食後の紅茶を楽しんでいた。
「下手に手出しはできないけど、手伝わないと、永遠に言わなそうじゃない?」
「シェリアとしては、やっぱりアベルに告白させたい?」
「それはそうでしょう。マリエに言わせるなんて、そんな男、私が却下よ」
目の前に座っている黒髪の美少女は、その整った顔立ちを少しゆがめて、言い放った。
そんな風に親友を想う彼女も、レンにとっては愛おしくて、思わずレンは顔がほころんでしまう。
「何を笑ってるの?」
「いや……シェリアが、なんか、いい表情してるなって思ってさ」
頬杖をついてそういえば、シェリアがふいっと視線を反らして、紅茶に手を伸ばす。
その紅茶を一口のみ、窓の外を見つめながら、シェリアはぽつりと漏らした。
「決めたのよ」
「え?」
その言葉の唐突さに驚き、シェリアの表情の変化を見逃すまいと、頬杖をついてた手を元にもどし、姿勢を正してシェリアの方に向き直った。
「私は守るの。たとえ、守れなかったとしても、私は、最期まで、戦い抜くの」
深い緑色の瞳に宿るのは、とても強い意志。
きっとレンは、彼女のこういうところに惹かれたのだ。
「……じゃあ、俺は、守るよ」
食堂のテーブルで、言うべき台詞ではないかもしれないけれど、今を逃してはいけない気がするからこそ、レンは言う。
「ティナより長く生きて、俺は一生、ティナを守るから」
シェリアのミドルネームをあえて呼ぶ。
ミドルネームは、ヴェントス領において、何よりも強い、誓いとなる。
「……約束よ。ティナと……リオルドの」
家族以外の人に、初めて呼ばれた自分のミドルネームが、今、この瞬間から、生きだしたのだと、レンは思った。
二章完結!!
ようやく、ようやく完結しました♪
あとは三章と終章のみ。
三章はともかく、終章は、さして話数はないハズなので、
二章が終われば、かなりどうにかなるかなと。
なんか二章の終わりが完結でもいいかもとか思ったり……(笑)
なんか完結っぽい書き方になってしまいました。
でも、ここで打ち切ったら、たぶん、八百人強の読者の皆様に、ブーイングをうけそうな気がしますね。
大丈夫です。ちゃんと、アベルとマリエには、しっかりとケリをつけてもらいますから!
次は夏期休暇編。
さあ、四人の夏が、今、始まる!
(無駄に映画予告風)




