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シネラリアの女神  作者: 如月あい
二章 深緑色は決意する
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模擬隊実践編⑤

 波打つ金髪が風に舞い、ベランダの手すりにかけた手がすっと降ろされる。

 ベランダから部屋の方を向いて、金髪の碧眼の美女は、近くにいた男に話しかけた。

「どちらが先だと思いますか?」

「それは……私には分かりかねます」

 頭を低く下げて、男は明言を避ける。

 ヴェラはそんな自分の執事の様子を、さして気に留める風もなく、もう一度外を見た。

「その問いは……正確ではないわね。一方は必ず来る。もう一方は……」

 もういちどベランダの手すりに手をかけて、そうしてヴェラはぼんやりと遠くに視線を送る。

「来なかった場合……困るのは、アベルだけなのかしら」







「悪寒がするな」

「え?」

「いや……なんでもない」

 赤みがかった茶色の髪の少年は、突如いいようもない悪寒が背筋を走ったのを感じたが、気のせいだろうと首を振る。

 赤銅色の少女が、何か聞きたげにこちらを見たが、それでも彼女は目を合わせようとはしない。

 おそらくヴェラのことが気になっているのだろう。

 しかし聞くに聞けない、ということだろうか。

「第二食堂ってここよね」

 普段あまり使わない食堂なので、シェリアが不安げに問いかけてきた。

 アベルは頷いて、そして迷うことなく中に入る。

 本当は、アベルはヴェラがどこにいるかおおよその見当はついている。そのことにどうやらシェリアは感づいているようだ。

 それどころか、シェリアはすでに、ヴェラの所在をアベルと同じぐらいのレベルまでつかんでいるような口調でもあった。

 マリエは気づいていないようだったが、レンはきっと気づいているだろう。

「食堂……生徒がいない」

 そこまで言われて初めて気づいた。

 それほどまでに、考えにのめりこんでいたのだろうか。

 あたりを見回して、首をかしげる。

時間帯の問題もあるかもしれないが、生徒が誰ひとりいないというのには、何か疑問を感じる。

 そこまで考えてから、ふと、ヴェラが手回ししたのではないかという考えがよぎる。

 本人は、依頼を引き受けただけだと言っていたが、裏でどれだけ彼女が手を回したのかは想像に難くない。

「あれ……なんだろう?」

 マリエがつぶやいて、一つのテーブルにふらっと歩み寄っていく。

 その様子をじっと見つめながら、アベルは今回の模擬隊実践が、ヴェラの干渉を受けているものであることを話すべきか悩んだ。

「この敷地内で、一番重要な場所の、一番高い部屋」

「それは……その紙に書いてあるの?」

 マリエが読み上げたあと、シェリアがマリエに近づいて行って、横から覗き込む。

「一番重要な場所……か」

 レンがつぶやいて、そして、太陽の日が差し込む方角をちらりと見やった。

 その仕草に、アベルは無意識のうちに強く手を握ってしまっていた。

「他の場所も見た方がいいわね……。おそらく、いくつかのヒントをつなげるようにするのが目的なんでしょうし」

 マリエが妥当な意見をだす。

 普通に考えれば、何も知らなければ、それでいいはずだ。

 アベルは迷っていた。

 おおまかだったアベルの予想は、今では一つに絞られている。

 それを口にすべきか、それともこのまま黙っているか。

 アベルは少しずつマリエ達の方に近寄っていく。

「守衛棟の一番上の部屋。一番上の階でも、構造上、一番高い部屋はひとつだけなの」

 シェリアがアベルが思いついたまさにその部屋の場所を口にする。

 シェリアは何かを考えながら、落ち着かないのか、うろうろと出口の方に向かって少し歩いた。レンも自然とそれにしたがって動く。

「一番西にあるけど、行ってみましょう。時間は早い方がいいみたいだし」

「でも……もうちょっと絞ってからの方が……」

 守衛棟は一番西の門に近い。

 そのため、敷地では最西端の棟であり、もし指定場所が東の方であった場合は、そこまで歩いて行ってしまうと、かなりの時間ロスになる。

 しかし今回に限っては、西が正解だ。

 なにしろ、西には王都があり、そして、シュトレリッツ王城がある。

「確信があるの。ねえ、レン?」

 あえてアベルの方は見ずにレンに話を振る。

「レンもなの?」

「そうだね。俺もそう思うな」

 マリエはレンの迷いのない言葉に、少し心が揺らいだらしい。レンとシェリアの言葉には、無条件で人を納得させる力があるのだ。

 アベルもレンとシェリアに便乗しようと、口を開きかけた。

それと同時に、食堂に人が入ってきた。

四人はいっせいに身構える。

 一人は精悍な顔立ちをした青年で、金髪碧眼というトレリ標準装備の割には、どこか存在感のある人物。

 もう一人は、これまた金髪碧眼だが、どこか軽い印象を受ける、飄々とした雰囲気を持つ人物だった。

 学生の食堂にいるにしては、片方が騎士の制服で、片方がどこかの貴族らしき服と、どうにも妙な二人組だった。

 アベルは無意識のうちにマリエの前に立ち、じっと二人を見据える。

「あれ……ここに人はいないと聞いていたんですが」

「誰ですか?」

 軽い印象の青年とシェリアが同時に言葉を発した。

 シェリアは完全に臨戦態勢で、警戒心を隠してすらいない。レンもシェリアに寄り添うようにして並び、その手は、椅子の背を掴んでいる。

 いざとなったら投げつける気だろう。

「そんなに警戒しないでください。ただの視察ですから」

 あっさりと青年が言うが、シェリアは首を横に振った。

 それはそうだろう。基本的に、外部の人間、とくに視察などの人間を入れる際には、普通は生徒に告知しておくものである。

 それが極秘であると言うことになっていたとしても、生徒に伝えておいたほうが、学校側としては有益だからだ。

 しかし視察の話など聞いていない。

「視察だというなら、何故学校側の人間がいないのかしら?」

 アベルふと違和感を感じた。

青年二人は、シネラリアの女神と称される、この学校一番の美少女に睨まれているというのに、全くひるまないのだ。

 それに何かがアベルの記憶を刺激する。

 何か見落としている情報があるような気がするのだ。

「視察と称して、他の目的があるからですね」

 あまりにもあっさりとそんなことを言った青年に、シェリアは毒気を抜かれたように、きょとんとした。

 どうやら彼女もアベルと同じ疑問にぶつかったらしい。

 少しだけ緊張を緩めた。

「フェルナンドと申します。御嬢さんのお名前は?」

「フェルナンド……アレクシオス殿下付の近衛隊長……!」

 シェリアがばっと勢いよくこちらを振り返った。

 整った顔立ちが怒りで朱に染まっている。

「あなた、最初から知ってたの!?」

 シェリアの言葉で事情を察したらしいレンは、すっと緊張を解いて、椅子に掛けていた手を外す。

 マリエと言えば、シェリアの態度に全くついていけず、どういうことかと不思議そうにアベルの方を見てきた。

「これ以上の話は、守衛棟に行ってからだ。そこにそこのお二人の目的もある……と信じたいですね」

 前半はシェリアに、後半は二人の青年に向けて言う。

「我々の目的?」

「気づきませんでした。まさかヴェールを脱いでいるとは……ずいぶん大胆ですね」

 その言葉に、初めて二人の青年に緊張が走る。

 逆にシェリアは、自分の推測と一致し、かつアベルがわざと黙っていたわけではないことを知り、少しだけ怒りを収めたようで、マリエを手招きして、何やら耳打ちをする。

 フェルナンドはその二人の様子を視線で追いながら、アベルに問いかける。

「名前は?」

「名乗る必要性は感じません。あくまでも、あなたたちは外部の人だ」

 今ここで、アベルは名乗ることはできないのだ。

 あの女性は、自分の目でみたものしか信じようとはしないのだから。

「私たちは守衛棟に行くわ。あなたたちがどうされようと、あなたたちの勝手よ。そして、あなたたちに、私たちを止める権限はない」

 シェリアは相手が近衛隊長の名を名乗ったにも関わらず、敬語を使うことはなく、大胆にもそう言いきって、マリエの手を引いて外へと歩き出す。

 アベルとレンもそれにならって、食堂から出る。

 二人が付いてくるかは賭けだったが、案外あっさりと四人の後ろについてきた。

 守衛棟までの道のりを歩いている途中、シェリアがそっとアベルに歩く速度を合わせ、横を向くことなく、控えめな声で、告げてきた。

「あの騎士……近衛隊長。きっと全部知ってるのよ。ついでに、私たちの正体についても予測がついているんだわ」

「隣の人は?」

「……分かってないと思うわ」

「どうしてそうだと思うんだ?」

「近衛隊長が、護衛対象を素性のしれない生徒についていかせるとでも?」

「……なるほどな」

「そして、あなたも本当はほとんどすべてを知ってる。これから何をする気なのか、今まで全く分からなかったけど、ちょっとだけ、見えた気がするわ」

 隣を向いてはいけないと思いながら、ちらりと視線だけを動かして、シェリアの姿を捉えた。

 しかし横目では彼女の表情はうかがえない。

 アベルは歩みを止めることなく、ただ、隣の少女の勘の鋭さに舌を巻いていた。

 彼女はどこまで分かっているのか。

 しかしそんなことは考えるだけ無駄だと、頭を軽く振ってそんな思考を外に追い出した。

 今は動くしかない。

 アベルにできることは、とにかく、守衛棟に行って、すべての首謀者のしいたレールに乗ることだけだ。


次で模擬隊実践編は終わります!


ついで、次の次の話で、二章もようやく完結!

となるはずです。

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