模擬隊実践編③
「とうとう……か」
寮の一室。
赤みがかった茶色の髪の少年が、窓際でつぶやく。
「一週間がこんなに早く感じたのは久しぶりだよ」
伸びをしながら、同室に住む、黒髪の少年が答えた。
「それはあれだけ楽しげな毎日を送ってれば、そうなるんじゃないのか?」
皮肉を込めていったそれは、確かに少年に届いたらしい。
少しだけ、申し訳なさそうなそぶりを見せ、肩をすくめる。
「まあ、レンがあいつとうまくいってて何よりだよ」
ヴェラと話したあの日。
レンとシェリアが婚約したという話で、学校中は沸き立っていた。そのため、アベルは本人に聞く前から、二人がうまくまとまったようだということは分かっていたのだが、婚約云々が、本当の話であるとは思わなかった。
「アベルは……大丈夫なのか?」
「……どうにかする」
心配そうにこちらをうかがうレンに、短く返事をして、ちらりと窓の外に目をやる。
「今日の模擬隊実践はどういう課題なんだろうな?」
アベルは、窓の外から視線を外さず、そして、きわめて平静を装って、応える。
「さあ、な」
まるで自分は何も知らないと言うかのように、とぼけて見せた。
握りしめた手のひらが、汗でぐっしょりと濡れているのを隠しながら。
歩くたびに、突き刺さるような視線を感じる。
長く艶やかで美しい黒髪を、高い位置で一つに結い上げて、その痛いほどの視線を、笑顔で受ければ、女子生徒からさらに殺気立った視線を送られる。
それなりに嫌がらせを受けるものの、あまり表だったことをしてこないのは、おそらくシェリアがシェリアゆえだろう。
もちろん、レンの力も大きいとは思うが。
「今日は……どんな課題なんだろう」
隣でつぶやく赤銅色の少女の声に、ふと我に返って、そちらを見る。
「近衛隊ではないことは確かね」
去年の模擬隊実践の形式から言って、同じ形式が二度続くことはない。
普通に考えれば、諜報科設定だろうが、もしかすると、戦闘科もあるかもしれない。
「近衛隊は護衛科よね? 護衛科って、近衛隊と治安維持隊でしょう? それで治安維持隊設定だなんてこと、あると思う?」
「……基本は科を変えるんじゃない?」
「そうよね」
シュトレリッツ王国、通称トレリの軍隊は、大きく三つに分類される。諜報科と護衛科と戦闘科。
諜報科はその名の通り、諜報員が動く科であり、護衛科は、近衛隊と治安維持隊に分かれており、王家を守る近衛隊と、国民を守る治安維持隊とに分かれる。
戦闘科は、戦争の時に活躍する科で、陸と海の部隊に分かれている。
模擬隊実践は、そのどれかの中から一つを選んで、模擬的にその部の経験をしようというものなのだ。
「ねえ、マリエ」
「ん?」
「……アベルとは、完全に和解しているわけじゃないのよね?」
「うーん……」
言葉を詰まらせるマリエを見ながら、シェリアはため息をつく。
レンとシェリアが付き合うことになってから、夕食は四人で摂っていた。
その際、アベルとマリエもそれなりに会話をしているようだったが、やはり打ち解けきれておらず、どこか壁のようなものがあるようにシェリアは感じていたのだ。
「なんか……流れちゃったし、それにヴェラさんの話題、私は聞きたくないもの……。あ、ついた」
マリエの言葉にふと周りを見回せば、確かに集合場所まで歩いてきてしまったらしい。
「リエーソンとモンブラン。今日の課題だから、これをオブスキィトとヴェントスにも伝えろよ」
他の二人を探そうとしたとたん、若い男の教師に声をかけられて、紙を渡される。
それがさきほど話題に上った、今日の設定についてだと分かり、シェリアはその紙に目を通した。
文字をさらさらと追っていき、マリエが上の三行目あたりを読んでいるときに、全て読み切ったシェリアは、思わず小さくうめいた。
マリエも、そんなシェリアに一度注意を奪われながら、シェリアの五分の一ぐらいのスピードで読み進めていく。
「これ……」
二人がうめいたその理由。
――にして、このたびは諜報科設定とする。今回は、それぞれの班が、学校内にいる、指定された人物を探すことが課題となる。今回協力してくださったのは、軍の方々や、貴族のご令嬢で、都合がついた方など幅広い。くれぐれも失礼のないように対応すること――
――以上四人の捜索対象は、ヴェラ・エミーリヤ・メディウムである。
「ヴェラさん……」
「おはよう。何してるの?」
茫然とつぶやくマリエの横に、レンが突如、顔を出した。
シェリアはそれを見ながら、自分が持っていた紙を、レンの方へと突き出す。
それをレンと、後から来たアベルが目を通す。
レンは驚いたように目を見開いた。
アベルは、驚いたような表情を作ったものの、どうにも驚き方に違和感がある。
おそらくヴェラ本人にすでに聞いていたのだろう。
そのことを指摘しようか悩んで、一度マリエの方を見て、シェリアはどうにか思いとどまった。
アベルの返答によっては、マリエを傷つけることになる。
「なんであの人が? 絶対なにか企んで……」
レンがアベルの方を振り返りながら言い、そして、アベルの顔を見て、どうやらシェリアと同じ結論に至ったらしい。
何かを言いたげな表情を見せていたが、やはりシェリアと同じように口をつぐんだ。
「……先生の説明が始まるわ。聞きましょう」
沈黙を守るアベルをちらりと横目で見ながら、シェリアは話を変えるようにぽつりと言う。
「先ほどの紙とは違う紙を今まわしているので、各班一枚、うけとってください。今回はリタイアは特にありません。ただ単純に、早く、捜索対象のもとへたどり着けた班が高得点を得られる、というだけです。前回に合わせて今回の結果は、二年生上位層にとっては、卒業か、もう一年か、という分かれ目にもなるのでしっかりと取り組むように。では、十分後からスタートします」
説明を聞き終えて、そういえば、とシェリアは思い出した。
トレリに二つしかない軍隊に入るための養成学校は、シネラリアも、もう一つのツンベルギアも、同じ進級制度をとっている。
基本は、両学校ともに、卒業には三年かかるのだが、成績上位者で、ある一定条件を満たせば、二年で卒業できる仕組みがある。
シェリアを含めたこの班の四人は、当然のごとく、ほぼ二年で卒業が可能な成績を収めており、特にがんばらなくても、このままいけば二年で卒業だ。
しかしシェリアの中で、どうしても消化しきれない思いがあるのも事実で、普通なら喜ばしいことであるはずなのに、どうにも素直に喜べないのだ。
「……つまらない、なんて、贅沢かしら……?」
「シェリア?」
小さくつぶやいてため息をつけば、それを心配そうに覗き込む赤銅色の瞳。
シェリアは首を横にふって笑みをつくり、大丈夫だと言って見せる。
「とりあえず、今回は、聞き込みをして、学校のどこかにいる、ヴェラ・エミーリヤ・メディウムの情報を集めればいいのね?」
「そういうことみたいだね。一応、指定されたポイントに行けば、ヒントをくれるみたいだけど」
「そうなの? どこにあるの?」
さきほど先生がまわした紙を、レンがもっており、それを見ながらレンは答える。
「訓練棟と、図書館、それからいつもの、寮に近い第三食堂と、中央広場、それから……」
「かなりたくさんあるのね」
マリエが呆れたように言い、これがメインなのかな、とつぶやく。
シェリアもマリエの意見には同意見で、きっとその指定ポイントの情報が、場所を割り出すヒントとなるのだろう。
「頑張るしかないのかしら……」
先生があと五分で始めるぞ、と叫んでいるのを聞きながら、シェリアはその文字列を眺めて、どこが一番近いかを考えていた。




