さまざまな意図
「どれだけ圧力かけたらこんなことになるんですか?」
「私は……たまたまお声がかかった話を、引き受けただけですよ」
シネラリア養成学校に、黒髪二人の婚約話が広がりつつあったとき、騒ぎの中心からはかなり離れたところにある、養成学校の門の一つ。
その門を出て、門にいる警備員の死角になる位置で、赤みがかった茶色の髪の少年と、太陽のような美しさをもつ、見事な金髪と碧眼の美女が、向かい合っていた。
「一度も会っていない、ということにしておいてください」
「それは、私の都合もありますから、もちろんです」
その優雅な微笑みは、普通の男なら彼女を守らなければならないという、そういった保護欲を掻き立てられそうな類のものだが、アベルは、それすら演技なのではないかと疑っていた。
ふと、シネラリアの女神という名をほしいままにしている、黒髪に、深い緑色の瞳の少女の姿が思い浮かぶ。
彼女はなかなか曲者だと思っていたが、実はそうではないのかもしれない。
彼女の笑みは、あきらかに作り物と分かる笑みであり、分かる人には分かるように、ストレートに伝えてくる。
そういう意味では、彼女はあまり自分を隠そうとはせず、嘘をつこうともしない。
しかしながら、ヴェラは、すべて自然な動作に見えるのに、実は嘘なのではないかと思ってしまうのだ。
「何を考えているのですか?」
ふと感じる鋭い視線。
笑顔に一ミリの狂いもないのに、微笑む目元に、緊張は見られないのに、感じる視線はシェリアと張れるぐらいには強い。
「考えないと、負けてしまいそうだと思いまして」
まっすぐその瞳を見据えながら、こちらも負けじと微笑んだ。
すると、ヴェラが意外そうな顔をして、そして、ふっと笑う。
「やはりオブスキィトとしての笑顔を、忘れてはいないのですね」
「え?」
「あの時の、あなたの笑顔を見ていたら、今はもう、自然に笑えるのかと思いましたが」
ヴェラが涼しげな顔をして、さらりとアベルが一番触れてほしくなかったことを言う。
彼女が指すのが、おそらくマリエを助けた時のことだと理解して、アベルは何を言うべきか悩み、言葉を続けることができなかった。
「手紙では、人の手に渡った時に記録として残るので、書きませんでしたが――」
ふと思いついたようにヴェラが言うが、アベルはその言葉に違和感を感じて、首をかしげる。
彼女からの手紙は、十分危ない情報がたくさん書いてあった。
彼女の計画――約一週間後のことについて――は、人に見られてよいものではなかったはずだ。
「あの手紙は、私が困るだけでしょう? アベルが困ると思いまして、書かなかったのです」
あの場では敬称を付けたのにもかかわらず、今は普段通り呼び捨てにする彼女に、アベルは少し身構える。
そんなアベルの緊張を悟ったのか、ヴェラは、彼女にしては珍しく、シェリアの如く感情に素直な笑顔を浮かべて、こちらを見た。
こちらをからかう気である、というのが丸わかりの楽しげな笑顔。
「私のせいで、マリエと絶縁状態であるという噂を耳にしたのですが……」
「……レンですか?」
「そうですね」
「絶縁状態、ではなくなりましたよ」
ため息をついて訂正すれば、アベルが言葉に込めた微妙な意味合いもしっかりとくみ取ったらしく、先は長いですね、と言われてしまう。
余計なお世話ではあるが、彼女の言葉はもっともでもあるので、言い返せない。
「私の立てた計画が成功しましたら……お手伝いいたしましょうか?」
ヴェラとアベルの距離は、人が手を伸ばしても届かないぐらいの距離であるのに、何故か、彼女といると落ち着かない。
「いいえ。余計なことはしないでください。誤解はきっちり解いてもらいますが」
「……殿下次第ね」
「次代の王が、賢明であることを祈ります」
アベルにできることと言えば、アレクシオスが、ヴェラのこの有り余る行動力と、恐るべき思考力の高さをどうにか御してくれることを祈るしかない。
「幼き頃から知っている年下の”男の子“に、本気で恋に落ちると思っているのでしょうか……」
ぽつりとつぶやいたヴェラの言葉に、ため息をついてアベルは彼女に向き直る。
「思っているからこそ、動こうとなさっているんでしょう? 誘拐もあなたが仕組んだのでは?」
「……彼の人が望むのは、評判か、自らの基盤か、それとも……」
それには答えず、ヴェラはどこか遠くを見つめるようにして、アベルから視線を外す。
「あなたであることを、祈りますよ。シネラリア養成学校の平和のために」
「何を選ばれたところで、学校に迷惑をかけたりはいたしません」
「すでにかけているでしょう? 次の模擬隊実践……ほとんどあなたのわがまま計画じゃないですか!」
「……あなたの班だけよ。実際に、内容についてはほとんど干渉していないでしょう?」
悪びれずに言い切ったヴェラを見ながら、ようやく彼女が本性を現したな、と思っていた。
「どうしてくれるの!」
「え? まあ、でもマリエの案が最善だと思ったから、ここに来たんだろ?」
「ここに来るまでの間の話よ!」
食堂の一番角にある、窓側の四人席で、食堂中の生徒の注目を集めている三人がいた。
壁際の方には、黒髪の少年が一人で座り、周りの視線を一手に引き受けている。
反対側には、黒髪の少女が少年の向かい側に座り、隣に赤銅色の少女が座っていた。
「学校中に広まった噂にダメ押ししたみたいね」
マリエが周囲から突き刺さるような視線を浴びながら、それでもどこか楽しげに言う。
「それはレンが、いちいちあんなこと言うから!」
シェリアは、一番近いテーブルを幸運にも獲得した、ゴシップ好きの生徒達に聞こえないように、声を音量は抑えて言う。
「シェリアは俺の物。ついでにシェリアに手を出したら許さない?」
マリエはシェリアに気遣いを見せ、声の音量を落としながら、からかうように言って見せた。
「真偽を確かめられたら、そう答えるしかないだろう?」
「はい、あるいは、いいえ、でいいでしょう!」
あの後、あの場を離れたはいいものの、勇気ある生徒達から声をかけられ、事の真偽を確かめられるので、話さなければならないことがあるのに、話せそうな状況にはならなそうだった。
それならいっそ、人目についているが、声が聞こえないうるさい場所にすればいい、とマリエが食堂を提案したのだ。
すでにシェリアとレンがつきあっているということは、誰も疑っていないような状況のようだが、そもそもシェリアとレンの間では、そういった明確な話は何もしていないはずだった。
「そう、それで聞きたかったのよ。どうして婚約者? そもそも、私、何も明確な答えを返してないでしょ?」
レンに向かって問いかけたつもりだったが、マリエが、やっぱりと小さくつぶやいたのを聞きつけてそちらを見る。
マリエはシェリアの視線を受けて、ちらりとレンの方を見た。
レンはマリエに何やらうなずくように合図をしている。それはつまり、マリエが説明することへの承諾なのだろう。
「ヴェントス領にはね、独特のプロポーズ方法があるらしいわ。それは地域性だから、一般庶民も含めて、ね」
「プロポーズ方法?」
何かプロポーズになりえるような特別なことをしただろうか。
「ミドルネームを相手に名乗るの。それでね、相手がミドルネームを名乗りかえしてくれた、それはプロポーズを受けてくれたことになるって話をお母さんがしてたわ」
はっと先ほどのことを思い出す。
確かにレンはミドルネームを名乗ったし、自分も名乗りかえしてしまった。
「それで……今度改めて、って言ったのね?」
「流石に、あれはだまし討ちすぎるかな、って自分でも罪悪感があったからさ」
言葉では反省しているような雰囲気だが、その顔は涼しげで、全く反省していそうな様子がない。しかも、レンはさらに言葉を重ねてきた。
「ちなみに……はっきりさせようと思うんだけどさ、シェリアはどうなの? つきあってるってことにしてもいいの?」
「え? ちょっと待って。そんな話もしてなかったの?」
いったい何を話したのだとマリエが呆れたように、その赤銅色の瞳をレンに向ける。
レンはそれでもまったく悪びれずに言い切った。
「だって、ダンテの話で流れたし」
「そう! そうよ、ダンテ君にはなんでいきなり求婚されてたの? あ、でも、先にシェリアとレンの話をするべきだわ」
話がこのまま反れてくれることを期待したシェリアだったが、マリエがしっかりと軌道修正したため、そうはいかなかった。
「もし私が邪魔なら――」
「――私はレンが好きで、つきあってもいいと思ってるわ。以上、話は終わり」
マリエが立ち上がりかけたその腕を掴み、一気に言うべきことを言う。
事実を述べることに、さして恥じらいがあるわけではない。
そもそもマリエは知っていることなのだから、シェリアが好きだと口にするのを聞かれて困る理由はないのだ。
「複雑だなあ……嬉しいけど」
何故か少しがっかりした様子のレンに、マリエがなだめるように声をかける。
「ご愁傷様。シェリアはそう簡単に照れてくれないわよ」
「別に照れる要素がないし」
「でもさっきまでは、俺の言葉にいちいち反応してたよね?」
「それはレンがわざと広めるように言うからでしょ? さすがに私だって公衆の面前でレンに告白したりしないわ」
あっさりそういえば、なるほど、とため息をついて、何やら小さな声でつぶやいた。
それはシェリアとマリエには聞こえず、シェリアは気になって問い返した。
すると、何を思ったか、レンは立ち上がって、テーブル越しに、シェリアの頭に左手を回し、右手はテーブルについた状態で、自身の口元をシェリアの耳元へと寄せた。
はたから見れば、それはシェリアがレンに抱きしめられているようにしか見えない。
慌ててシェリアはレンから離れようとしたが、遅かった。
すでに周りからは黄色い歓声が上がっており、中には、なぜかうめくような嘆くような声も聞こえる。
「シェリアのように言えたら、アベルもうまく行くのにな、って言っただけだよ」
内容はマリエとアベルについてであるというのに、まるでシェリアを口説き落とそうとするかのような甘い声で囁かれて、シェリアは背筋がぞくりとして、思わずレンの手を振り払う。
どうせ周りには照れにしかとられていないのだろうと、半ばやけになりながらも、笑みを浮かべながらすっと体を離したレンをにらんだ。
マリエはといえば、完全に勘違いしたらしく、何故か頬を染めて、視線をわざとらしく窓の外へと外している。
しかし、本当のことをマリエに言うこともできず、弁解できないことに気づき、今さら無駄であると分かっていながら、元凶であるレンをにらんだのだった。
シェリアあっさりしすぎ!
っていう突込みがいたるところから聞こえてきそうなこの話……。
レンがひたすら甘いので、シェリアまで甘かったら、甘々カップルで、
自分で書いていてげんなりしそうなので
このぐらいがちょうどよいんです(笑)




