理由なんて知らない
「一か月の間に、何があったわけ?」
その言葉に、シェリアは即座に反応した。
「何もないわ。むしろ、こっちが聞きたいぐらいよ」
いきなり手紙を送りつけられて、混乱したのはシェリアも同じこと。
当事者でありながら、どうしてこんな事態に陥っているのか、よく分からないのだ。
「何もない? 何もないのにプロポーズされてると?」
「ええ! そうよ。まあ、貴族同士の婚約じゃ、会ったこともないのに婚約することも多々あるから、面識があるだけマシかもしれないけどね」
ため息をつきながら、それにしても突飛な提案よね、と同意を求めようとして、シェリアが顔を上げた時だった。
「どういう意味?」
ものすごい形相でにらんでいるレンの顔がまじかにあって、思わずシェリアは後ずさってしまった。
しかしレンはシェリアを解放することなく、しっかりと捕えている。
「まさか、受ける気?」
「そんなわけないでしょ! 家にも私にも利益がないのに、受ける理由がないじゃない」
反射的に言い返したシェリアを見て、少しだけ安心したように、レンは息をつく。
そして、ふいにシェリアを解放して、そして、真正面から向き直った。
「レン・リオルド・ヴェントス」
はっきりと名乗られた名前。
何を今さら、と言おうとして、ふと気づいた。
「ミドルネーム、あったの?」
ミドルネームのつけるつけないは、特に規制はないので、無い人もそれなりにいる。
「あるけど、教えたのはシェリアだけだ」
「私だけ?」
「シェリアは? ミドルネームは?」
シェリアの疑問には答えずに、レンは問いかえしてくる。
答えるべきかどうか、少し迷ってから、それでもシェリアは、口を開いた。
「ティナ。シェリア・ティナ・リエーソン」
レンはシェリアの答えに一度固まって、そして、何かに気づいたようにうなずいた。
そして悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「その名前、俺だけのものだから」
「え?」
「他の人には言わないでね? なんで今までミドルネームを名乗ってなかったのかは不思議だけど」
「ああ、それは……親が、ヴェントス家の人間には無闇にミドルネームを教えるなって言ってたから。いちいち確かめて名乗るのも面倒だから、ミドルネームはずっと名乗ってなかったの」
さきほどのレンの反応といい、親の言葉といい、何かミドルネームに意味でもあるのだろうか。
「んー知らないで言わせるのは反則かな……。それにしても、俺はヴェントス家の人間だけど、良かったの?」
「まあ、レンだから。いいんじゃない?」
何気なく返した言葉だったのだが、レンは何故か嬉しそうな顔をする。
「その言葉、忘れないでね。ついでに、俺のミドルネームは絶対に人に言わないで」
「? 何かあるの?」
「ある。……そのうちしっかりやり直すから、その時は、もう少し真剣に考えてくれると嬉しい」
意味の分からない言葉だったが、レンの真剣な表情に、思わずうなずいたのだった。
精悍な顔立ちに、まとう高貴な雰囲気を持つ、金髪碧眼の少年は、積み上げられた書類と格闘していた。
「多い」
ぽつりとつぶやいて愚痴を言えば、隣にいたフェルナンドが、休憩されますか、と尋ねて、少年はそれにうなずいた。
「休憩がてらに、楽しいお話があるのですが」
フェルナンドが切り出せば、アレクシオスは、怪訝そうにこちらを向いて、先を促した。
「なにやらヴェラ様に動きがあるようでして……」
「ヴェラ! その話題のどこが楽しい!」
「もちろん、殿下の反応を見る私が楽しいのです」
悪びれずに言い放ったフェルナンドに、アレクシオスはあきらめたようにためいきをつく。
「お前はなんだってそう……。まあ、いい。それでヴェラがどうした?」
「どうやらシネラリア養成学校に行かれるようですよ」
「何のために!」
王子は机に手をついて勢いよく立ち上がった。
おそらく彼の中で、ヴェラがシネラリアにいく理由は、一つしかないであろう。
「ご察しの通りですよ」
「アベル・オブスキィトか!」
忌々しげにその名をつぶやくアレクシオスを見て、やはりフェルナンドは楽しんでいた。
「放っておかれてよいのですか?」
「私にどうしろと言うのだ!」
「いっそ……乗り込まれては?」
「学校に? そんなことできるわけないだろ!」
叫んだアレクシオスの顔に、フェルナンドは懐に持っていた一枚の紙をつきつけた。
突如現れた紙に不思議そうに眉根を寄せたが、その内容を見て、はっとしたような顔つきになる。
「養成学校の視察……」
「もちろん、受けなくともよいとは思われますが……」
「……条件をつけろ」
「条件とは?」
「私の存在は、学校長以外には知らせない、というものだ。護衛はお前がつけば十分だ。いっそ、フェルナンドが視察に来ている、という話でも構わない!」
「仰せのままに」
そういって頭をさげたフェルナンドは、必死に笑いをかみ殺していた。
「というわけなのです」
フェルナンドは、目の前で優雅にお茶を飲む、太陽のような美しさを持つ美女に報告した。
「なるほど。無駄ではないようで、よかったです」
「それはもう! 効果抜群です」
「まあ……あなたが笑いをかみ殺していたことまで報告していただく必要はありませんでしたが」
「それはご愛嬌ですよ」
「なにはともあれ、感謝します」
「はい。やっぱりあなたは、次期王妃にふさわしい」
「そういっていただけると、心が休まります。少し罪悪感があるものですから」
「罪悪感?」
「思っていたほどまとまりが良くなかったようで……こじれさせたようなのです。ヴェントス家ご子息から、苦情の手紙が」
「ヴェントス家?」
「ええ。……ああ、あなたはその場にいなかったから、分からない事情だとは思います」
その責任はとらないと、と小さくつぶやく女性の傍で、王太子の近衛は、それを不思議そうに見守っていた。
*余談ですが……
さきほど、投稿する前にシェリアが名前を名乗っていたところを見直したら……
「ティナ。シェリア・ティナ・ヴェントス」
ってなってました(^^;)
あわてて修正……。
学生結婚とか、展開はやすぎですよね(笑)




