恋と執着心の差異
シネラリアの女神の
六、八、九、十、十四、二十六、のほんとの一部分、数単語を書き換えたり、付け足したりしました!
しかし確かめなくとも本編に影響はありません。
少々、この三十九がすっきり読める、というだけですので。
シネラリア養成学校の、様々な棟が立ち並ぶ、メインストリート。
そのど真ん中を中心に、人がざわめき経って、群がっていた。
時刻は六時。
授業が終わってから二時間近く経っているこの時間に、この人の数は、何かがおかしい。
寮の近くならば分かるが、メインストリートに立ち並ぶのは、授業で使う教室棟や、実験棟である。
「あの子酷いよねー」
「分かる分かる! いつだって男子秒殺」
「シネラリアの女神とか言われて、調子に乗ってるんでしょう」
「あの男の子がなんだか可哀想」
「騙されたんじゃないの? 実は」
「えー! それであの振り方? ひっどーい」
女子生徒の会話の中に、自分の親友を示す呼称を聞きとめて、赤銅色の髪の少女は、人ごみをかき分け、騒ぎの中心へと身を躍らせる。
「シェリア!」
二人の黒髪の生徒の周りを、半径二メートルぐらいの円を描くように生徒が取り囲んでいるところへ、赤銅色の少女が飛び出して叫んだ。
黒髪に、一見、黒かと見間違うほどの深い緑色の瞳が、こちらを向いて、驚いたような色を見せる。それには少し動揺も含まれている。
「どうしたの? この騒ぎは……それに、ダンテ君?」
シェリアの隣にいた、黒髪に黒い人の少年に目を向け、マリエは首をかしげる。
さきほどの女子生徒の言葉通りなら、ダンテがシェリアに振られている状況なのだろうが、愛の告白シーンというよりは、喧嘩をしているときのような剣呑さが二人にはある。
「どうしてだ! シェリア・リエーソン! 君は僕にこれほどなく相応しい!」
マリエのことなど視界に入っていないというかのように、ダンテは叫ぶ。
いつもは冷静なシェリアも、声を張り上げて対抗した。
「相応しい? それはあなたにとってだけでしょうが! 私にとってあなたである必然性はないわ! しかも、あなたにとってだって、私である必要もないでしょう!」
「何を! 僕は君に相応しいし、君は僕に相応しい! 必然性? そんなもの、僕が君を愛しているからに他ならない!」
二人の様子を見て、マリエは、ふと眉をひそめる。
シェリアが意味もなく、こんな大勢の前でこのような醜態をさらすとは思えない。
彼女ならば、うまい具合に人のいないところで話をつけることもできたはずだ。
――見せつけようとしてるの……?
シェリアがダンテを振ることを、見せつけて、しかしそれで何になると言うのだろうか。
これはマリエが割って入ってもきっと、収まるものではない。
「愛してる? あなたはただ、リエーソン家の優秀な娘を望んでるだけよ!」
「そうだ! それと僕の言った愛と、何が違う!」
ダンテの叫びを聞いた瞬間、ああ、とマリエはどこか納得した。
あれは恋ではない。
ただの執着心。
人々が希少な宝石を求め、それを持っていることをステータスとするように、ダンテもシェリアを希少で価値のある少女としていか見ていないのだ。
しかし本人は、その執着心を恋心からだと思っている。
「君は僕に相応しく、もっとも婚約者としてふさわしいのだ!」
ダンテが狂ったように声をあげる。
何がどうして婚約という単語が出てきているのかは不明だが、彼はどうにもまともな思考回路を持ち合わせていない。
シェリアはきっと、自分の言葉では理解されないから、周囲にいさめてもらおうと思っているのだ。
そして、何より、自分がダンテを拒絶しているのだということの、証明をできるだけ多くの人にしてもらいたかったのだろう。
――レンを呼んだ方が……。
まだレンがシェリアの誤解を解いていないとはいえ、この状況で、うまく彼女を助けることができるのは、きっとあの少年しかいないのだ。
そうしてちょうど呼びに行こうと踵を返そうとした時だった。
「マリエは下がってて。俺がちょっと今から騒ぎを起こすから」
肩越しに声をかけられ、振り向くより先にレンがマリエを通り過ぎた。
そして、シェリアとダンテの間に立ちふさがり、シェリアを庇うようにして立った。
「レン……」
「証人を増やしたいのは分かるけど、なかなか無茶したね」
「うるさいわね。しょうがないでしょう? それとも決着をつけない方がよかったの?」
あれ、とマリエは首をかしげた。
何がどうなっているのか分からないが、シェリアとレンが普通に会話をしている。
しばし考えて、きっと誤解が解けたのか、と思い直し、マリエは勝手に納得した。
「なんだ? 僕は今、シェリア・リエーソンと話をしているんのだよ」
ダンテが鋭くレンをにらみつける。
しかし何故かレンは笑って、そして言った。
「相応しい……って言っていたけど、俺のが相応しいと思わない?」
見ていた女子生徒が、一気に甲高い悲鳴にも似た声をあげ、男子生徒は、低い声で唸った。
そこまでシェリアとレンに執着心のない生徒は、女子も男子も、どこか楽しげに、むしろからかうように声をあげる。
マリエはと言えば、レンの告白にも思える言葉に驚き、ダンテと言えば、顔を赤くして、レンを思いっきり睨みつけていた。
「悪いけど、俺の方が家も格上で、成績も上。言うことなしだと思わない?」
「それはっ!」
ダンテは言い返そうとするが、言葉が続かない。
レンの言うことは正しい。
レンは全ての教科において、ダンテより優秀な成績を収めているし、レンは侯爵家のため、ダンテの伯爵家とは格が違う。
「それにさ――」
困ったなあ、というようにどこかとぼけた表情をして、しかしながら、その視線は鋭く、深い藍色の瞳は、挑戦的な色を宿していた。
「――人の婚約者、盗らないでくれる?」
「え?」
レンの言葉に即座に反応したのは、何故かシェリアだった。
「婚約者って……私?」
「さっき、ミドルネームを教え合ったのに。とぼけるなんて、照れてるの?」
マリエの母親は、庶民である。
それゆえに、結婚は恋愛結婚が基本である。
そして、そのため、各地の様々なプロポーズの方法について、どれが一番ロマンチックだのなんだのと、マリエに聞かせていた。
そのことによって、マリエは知っていた。ヴェントス領のプロポーズが何であるか、を。
「流石レンだわ! 行動が早いのね!」
マリエは興奮していた。
そして、シェリアとレンが両想いであると思っているし、そして、あの博識なシェリアが、まさかヴェントス領における一般的なプロポーズの方法を知らないとは思ってもみなかった。
だから叫んだのだ。
シェリアが驚いたようにこちらを見ているのにも気づかず。
「こころよく引き受けてくれたよ。だから教えてくれたんだ」
「っていうことは、ちゃんとレンから言ったのね!」
「もちろん」
マリエとレンの会話は、周りにいた生徒たちの中で、ヴェントス家のプロポーズに関して知っている者には、しっかりと意味が伝わった。
そして、わからなかったものも、意味を聞いて、悲鳴のような、歓声のような、微妙な声を上げる。
黒髪に黒い瞳の少年、ダンテは、たまたまヴェントス領のプロポーズ方法について知っていた。
そして、自分と同じ黒髪に黒い瞳ながら、自分より才能にあふれた美少年に対して、黒い底知れぬ感情が湧き上がる。
さきほどシェリアは愛情がどうだのと言っただが、結局、彼女だって愛情ではない。レンの方が、ダンテより優良物件だから、選んだのだ。
「そういうことか。婚約者ができたから、しかもそれが私よりも家格が高いから、きれいごとを言って断ろうとしたんだな!」
「なんなの? あなた、私のことを好きでもないくせに! それならば伯爵家令嬢なら、誰だってかまわないじゃない! いっそ侯爵家の令嬢だっていいわ!」
「僕は君を好きになったと、手紙にも書いただろう!」
心から湧き上がる執着心。
才能にあふれ、賢く美しく、家柄もつりあうシェリア。
そのシェリア・リエーソンを欲しいと思う、この心が、恋ではないと言うのならば、いったいなんだというのだろうか。
「じゃあ……聞く」
何故お前が、と思いながらも、ダンテは声を発した少年の方を見た。
「シェリアの瞳の色は、何色だ?」
「何色? 黒だろう? 三人とも黒――」
言いかけて、まっすぐな視線を向けてきた少年の、瞳を見た。
――黒じゃ、ない。
黒だと思っていたその色は、闇を示す黒色などではなく、深い海を表すような、藍色。
周囲にいた生徒たちが、何やらざわめいている。
意味が分からない顔をする者もいれば、はっとしたように、そして、何故か、ダンテに対して、呆れたような表情で視線をよこす者もいる。
冷や汗が背中を伝うような感覚がして、そして、ゆっくりと、自分が執着心を抱く少女の方を見た。
彼女は呆れたような表情を浮かべ、そしてこちらをしっかり見返していた。
彼女の瞳の色も、闇を示す黒ではなく、夏によく日差しを浴びて育った葉のような、深い、深い緑色。
「そんなの好きだとは言えない。ただの、執着心だ」
「あなたは何も見てないわ。もっとちゃんと、人を好きになりなさい」
彼女の瞳がまっすぐとダンテを捉えた。
その鮮烈な視線が、深く心の中に刻まれる。
目をつぶっても逃れられない、深い緑色の瞳。
さらには、その少女に、ぴたりと寄り添う、少年の姿。
「ああ……」
耐えきれずに、目を反らして、走り出す。
人ごみがぱっと割れた。
恋に落ちるとは、おそらくこういうことだ。
苦しくて、切ない。
届かなくて、そして、自分以外の男の傍にいることが、どうしても許せない……。
始めてシェリア・リエーソンという人物を真正面から受け止めて、ダンテはようやく恋をしたのだ。
しかしそれは綺麗な感情ではない。
どす黒く渦巻く、愛を越えた、憎しみを、抱いていた。
途中からマリエがフェイドアウト状態という……(笑)
まあ、この章はシェリアとレンのためにあるんですから、
いいとしましょう。
しかも結局、問題のシーン書いちゃいました……。
前書きに書いてた話は、微妙に訂正がかかってます。
やっぱりこのシーンはないとダメなんですよ。




