黒髪二人の鬼ごっこ
赤銅色の髪の少女は、シェリアの過去の話を聞いて以来、正確にはシェリアが怪我をして、医務室から戻ってきて以来、彼女の様子がおかしいことに、なんとなく気づいていた。
あの話からすでにひと月が立とうとしており、今はもう、五の月なので、制服も冬服から一気に夏服へと変わった。
まだ、外に出て汗ばむほどではないものの、さすがに冬服では暑い。
季節は春から初夏へと変化していたが、マリエとシェリアの二人と、レンとアベルの二人の関係は、秋から冬へと変化したといえる状態だった。
あの日までは、シェリアがレンとアベルを避けるときは、決まってマリエのためだった。
マリエがアベルと仲たがいして、シェリアがそれに合わせて二人を避ける、という形が定番だったのだが、今回は違う。
マリエはアベルを避け、シェリアは、直接には理由は聞いていないが、レンを避けている。
そうすると、二人の利害は一致して、結局、同じ班だと言うのに、このひと月、四人は四人でまともに会話したことがなかった。
アベルの方は、あまりマリエに干渉する様子がない。それは、つまりあまり興味がないのだろうが、レンは違う。
レンはありとあらゆる場所でシェリアを待ち伏せしていた。
しかも彼の上手いところは、それをあまり周囲の人間に悟らせないことである。
しかしながら、あの日以来、マリエはシェリアと必要以上に共に行動しているため、マリエには、レンがどれだけ苦労してシェリアを追いかけまわしているか理解していた。
「ねえ……」
「何?」
「レンが、かわいそうになってきたんだけど」
本日全ての授業を終えて、レンは違う授業を取っていたと言うのに、恐るべき速さで二人の前に現れた。
そこでシェリアは、マリエにお願いね、と頼み、すぐさま自分は教室の中に一度戻った。
マリエは親友の願いは最優先であるため、レンに少し同情しながらも、計画通り、レンの前に立ちはだかった。
「いいかげん……」
「先生、レンが軍の指揮理論について、語りたいそうです」
「まあ、本当に! 嬉しいわ! お茶を出すからぜひとも職員室にいらして!」
四十後半のおばさま先生だが、自分の担当する授業内容には熱い想いをもっており、質問に来た生徒をつかまえては、職員室でお茶をしながら、ひたすらに熱弁を振るうのだ。
「あ、忘れ物があるので、これで失礼します」
マリエは自分までもが彼女につかまならないように、急いで教室の中に駆け込む。
教室の扉はもう一つあるので、そちらから出ればよいだろう。
後ろをちらりと振り返ると、とても無表情な、美少年がこちらをにらんでいた。
顔立ちが整っている人が怒ると、怖い。
その後、シェリアと合流し、食堂でもらった軽食を部屋に持ち込んで、二人は優雅にお茶を飲んでいる今に至るのだ。
「シェルバン先生を使うのは……確かにひどかったかしら……」
「そういう問題じゃないと思うよ」
「でも、ひと月もたつと、そろそろ追い払う手段も尽きてくるからね」
紅茶の入ったカップを机に置きながら、シェリアは一つため息をつく。
その姿までもきれいだと思いながらも、マリエは、このひと月で感じたことについて、ようやく聞いてみる気になった。
「シェリアは……レンのこと、どう思ってるの?」
長く艶やかな黒髪が、一気に揺れ動き、深い緑色の瞳が、マリエを捉える。
「どうって……マリエは、私がどう思ってると?」
「……ずっと、気になってたことがあるの。今年の初めから」
四人で過ごす日を重ねるごとに感じる違和感。
気になってはいたけれど、どうしても聞けなかったこと。
「一の月の時、自己紹介の時間の時、レンにどうしてシェリアと知り合いかどうか聞いたわ。そしたらシェリアは、言ったわね。レンとは剣の早朝訓練で一緒だったことがあるから、知り合いだって」
「……そうね」
あの時はそうかと引き下がった。
レンが、公然のライバル扱いされていて、試合が設置されたこともあるような話をしていたし、きっとそれで知り合いであるだけだと思っていた。
「でも、それだけなら、やっぱりおかしいと思うの」
「何が?」
シェリアはどこか試すようにこちらをうかがって、マリエの言葉を待つ。
彼女の中では、すでにマリエが何を言いたいかは分かっているのだろうか。
「シェリアって呼んでたわ。そして、シェリアもレンと呼んでたし」
「だからそれは……」
「シェリアもレンも、それなりに信用、もしくは、関わる覚悟がなければ、その人のことを呼び捨てにしないでしょう」
沈黙がその場に落ちる。
ずっと感じていた違和感の一つ。
「ただ剣を交えただけ、あるいは、ライバルと周りに煽られただけなら、二人はさん付け以上にはならなかったと、思ったの」
シェリアに関しては、もともと人と距離をおく癖があるのを感じていたし、レンに関しては、この数か月で分かったのだ。
レンがマリエのことを呼び捨てにしたのは、シェリアの親友だったからだ。今なら、確信が持てる。
もし同じ班でも、シェリアとのかかわりのない女子であったならば、きっとレンはさん付けを外さなかったはずだ。
現に、ターシャのことはさん付けで呼んでいるし、去年の同じ班のロリーナとアレイについても、同じだったように思われる。
レンもシェリアも、簡単には踏み込まないし、人に踏み込ませもしない。
そこには必ず信頼が存在する。
「授業がいくつか一緒で、しかも、剣技に関して、自分たちでライバルだと思っていた。あるいは、何か、そういう約束をした。周りからのあおりではなくて、そういうことが在ったんじゃないのかな、って思ったの。だからこそ、二人は呼び捨てだったんじゃないかと」
稀にキースのように、一瞬でシェリアの信頼を勝ち取るものもいるが、レンに関してはそれがなかったとマリエは思っている。
シェリアも基本的には、面倒事には関わりたくないというスタンスであり、オブスキィト派筆頭の、二大公爵家の対立ど真ん中のヴェントス家の息子に対して、いきなり友好的に接しようとは思わなかっただろう。
「それを踏まえて……つまり、結論は、何?」
「シェリアは……レンのことが好きなんじゃないかと思って。それも……たぶん、一年生の時から」
シェリアが息を大きく吐き出す。
マリエは、一つ、責任を感じていることがあった。
「それで、もし、それが正しいなら……私、とても邪魔をしてたのかもしれないわ。アベルのことを避けたいからって、シェリアまで巻き込んで―――」
「―――そんなことない!」
今までは沈黙をたもって、ただマリエの言葉に耳を傾けていたシェリアだったが、とつじょ大声をあげてマリエの言葉を否定する。
その声が、冷静なシェリアには似つかわしくなくて、マリエが驚いていると、シェリアはごめんとつぶやいて、紅茶に口をつけ、一息ついた。
「マリエと一緒にあの二人を遠ざけたのは、好きでやったことよ。それにね、自覚したのは一か月前のあの日なの。好きになったのは、去年かもしれないけど」
「え? ええ?」
シェリアの言葉通りならば、シェリアはレンを好きだと自覚したから、レンを避け続けているのだろうか。
しかしそれならば、無理やりにでもレンと引き合わせた方がいいのかもしれない。
「でも、レンは……たぶん、シェリアのこと」
「好きなんでしょうね」
「へ?」
あっさりと肯定するシェリアの反応に驚いて、間抜けな声が出る。
てっきりマリエはシェリアがレンの気持ちに気づいていないのかと思っていたのだが。
「マリエと一緒にしないで。私はそんなに鈍くはないわ」
「私だって……」
「まあ、自分が関わらなければ、それなりに観察力はある方だとは思うわ」
どうにもひっかかる言い方だが、何が鈍いと言うのだろうか。
アベルがヴェラにそれなりに好意を寄せていることなんて、マリエもしっかりと分かっていることなのに。
それにヴェラのことについて、マリエに相談したいと言っていたものの、他の人にあまり多くを語らないのは、一つ思い当たる理由がある。
そして、ヴェラのあの太陽のような美しさに惹かれるということは、やっぱりシェリアとはあまり相性がよくないのかもしれない、とも思っていた。
「とにかくね、レンが私のことを好きだろうってことには、さすがにこのひと月で思い知らされてるわ。その兆候は、なんとなく感じてたし」
「そうなの? でも、じゃあ……どうして?」
「それは……ごめん。ちょっと話せない理由があるわ。しかも、レンの問題でもないの。ただ、私が、どうしても無理なだけなのよ」
シェリアが申し訳なさそうな表情を見せたので、マリエは慌てて首を振る。
何もシェリアにすべてのことを話してほしいわけではないのだ。
話せないことがあるのは当たり前で、シェリアが謝る必要はない。
「シェリアがいいなら、それで私はいいわ」
にっこりと笑ってシェリアを安心させるように努める。
マリエのその表情を見て、少し安心したようだ。
「ところで、何が決定打で、私がレンを好きだと? 名前の話は、単に私が好きになった時期の話をしたかっただけでしょう?」
「それは……」
マリエは言いよどんでしまった。
母の教えではあるものの、シェリアは怒らないだろうか。
アベルに対しても、似たようなことを考えたのだが、アベルに言えば、絶対に怒られるだろう。
しかし、シェリアが気になる、と言って、まじまじとマリエの瞳をのぞきこんでくるので、マリエはため息まじりにつぶやいた。
「シェリアはレンと、実はそれなりに接点があったこと、黙ってたわよね?」
「そうね」
「……お母さんがいつも言ってたの。いつもは隠し事しない人が、隠し事をするのは、好きな人の情報を独り占めしたいっていう、独占欲よ、って……」
シェリアは一瞬、目をまん丸くしたが、次の瞬間には、ふっと笑みを漏らす。
「なるほどね。それで口ごもったのか」
そして、こらえきれなくなったと言って、シェリアは声をあげて笑った。
そんなシェリアを見るのは久しぶりで、マリエも思わず一緒に笑ってしまう。
「独占欲、ねえ……。そうなのかしら?」
ひとしきり笑い終わった後で、シェリアがふとつぶやく。
「お母さんの言うことだから、あまり気にしないで」
妙に真剣な顔をしていうので、マリエは慌ててそう言った。
「マリエは本当だと思う?」
「え?」
「マリエのお母様の言うこと」
深い緑色の瞳が、まっすぐとこちらを見てきて、赤銅色の瞳の少女は、動けなかった。
「……ちょっと、思う、かも」
赤みがかった茶色の髪の少年と、金髪碧眼の太陽のような美女を思い浮かべながら、おずおずと答える。
するとシェリアは何故か呆れたように大きくため息をつき、ついで、マリエから視線を反らし、窓の外を鋭くにらみつける。まるでそこに誰かがいるかのように。
「優先すべきは……あのバカの真意を探ることね」
「え?」
「私のことは、とりあえずしばらく解決しないわ! だから、マリエ、がんばりましょう!」
にっこりとシェリアが笑って、マリエの手を取り、なんだかよくわからない宣言をする。
その笑みが、間違いなく何かを企んでいるような表情で、少し不安になりながらも、シェリアが元気そうなので、マリエはとりあえずほっとして、うなずいたのだった。
今回はガールズトーク。
次回は、ボーイズトークです。
次々回に、ようやく少し話が動く……というより、
四人がそろって動くときが来ます。




