遠い距離
寮の部屋で、黒髪の少年は、盛大にため息をついた。
それを横目で見ていた、赤みがかった茶色の髪の少年が、何かを言いかけて口をは開く。
しかし、それは言葉になることはなく、沈黙がその場に降りた。
黒髪の少年は、しばらくの間、ぼんやりしていたが、ようやく口を開く。
「どうやったら、シェリアと話ができると思う?」
「……ずっと聞かなかったが、そもそもなんで避けられてるんだ?」
レンはそういえば話していなかった、といまさらながら思った。
この一か月、レンは自由時間のほぼすべてをシェリアを追うことに費やしていたため、アベルとの行動時間が極端に少なかったのだ。
ただ、アベルが自分に聞いてこなかったのは、きっとそれだけではない。
自分も聞かれたくないことがあるからなのだろう。
「俺がターシャさんに告白された……と勘違いされた」
「勘違い?」
全く意味がわからない、と言った顔のアベルに、レンはことの詳細を話して見せた。
事の全容を理解したアベルは、なるほどな、とつぶやいて、そして言う。
「つまり、向こうはレンと顔を合わせるのがきまずい、っていう意識があるんだな」
「それは……そうだと思う。ただ、いまいちシェリアにあそこまで避けられる理由が分からない」
「レンとターシャさんが付き合ってると思ってるとか? そして……そんな二人を見たくない……」
アベルが言いながら、それは在りえないと即座に否定する。
「でもまあ、レンのことは好きなんじゃないか? どうでもいいなら、あいつがそんな労力を割くとは思えない」
アベルの言うことは確かにもっともだ。
しかしレンに好意があるならあるで、あそこまで避けられる理由がわからない。
「来週に模擬隊実践があるらしいから、その時は、避けようがないんじゃないか?」
「そんなのいつ通知があったんだ?」
「張り出されてたぞ。今日」
そんなことも気づかなかったのかという目で、アベルはこちらを見てくる。
しかし、それを待つにしても来週だ。
そんなに長い間待ちたくない。
「そもそも、アベルもアベルだろ」
「いきなり何だよ?」
「マリエとひと月ぐらい話してないだろ? まあそのおかげで、彼女の周りがだいぶ平和みたいだけど……」
レン付け加えた一言に、アベルは眉根を寄せるものの、そのことに関しては口を閉ざしていた。
「クロエが調べてくれた」
反応をうかがいながら聞いてみれば、はっとしたようにアベルが顔を上げる。
「メディウム家は、すでにスパイなんだな……オブスキィトの」
アベルは迷っているように見えた。
このまま話してしまうか、ごまかすか、とぼけるか。
だからこそ、レンはそのまま話を続ける。
「メディウム家はオブスキィト家に与しているが、ヴェラさんの婚約のこともあり、公には出せない。だからこそ、中立という立場をとって、ルミエハとも交流を持っている。そして、すでに情報を得ているからこそ、アベルはヴェラさんの機嫌を損ねるわけにはいかない。個人ではなく、オブスキィト家の次期後継者として」
後半部分は推測だが、間違ってはいないだろう。
そうでなければ、アベルがヴェラの提案をのむ理由がない。
確信をもってアベルを見ると、その赤みがかった茶色の瞳は、困ったように宙をさまよっていた。
それは肯定ととってよいのだろう。
「でも、だからといって、マリエとの接触を回避するのは問題だろ? そもそも、あれ以来、一度も話してないんじゃないのか?」
「……それは、まだ、問題がある。今は、このままの方が、都合が良い」
「そんなこと」
「こればかりは、譲れない」
かたくなな友人に無理強いするわけにもいかず、レンはため息をついて、窓の外を見た。
完全に日の落ちた、闇に包まれた外の風景は、そのままレンの心の中を表しているようでもあった。
「何、これ……」
シェリアは女子寮のポストに入っていた手紙を見て、うめき声をあげる。
その内容が、あまりにもバカらしいため、困ってしまった。
しかし、この差し出し人の性格を考えると、どうにも無視はまずい。
はっきりと返事をして、それも手紙でなく、直接する必要がある。
早朝の夜が明ける直前のため、この場所にはシェリアしかいなかった。
それでもこの手紙を誰かに見られたら、と思うと落ち着かず、自分の長い黒髪をいじって、気持ちを落ち着かせようと試みる。
こんな時に、ふと、黒髪に深い藍色の瞳の少年の顔が浮かぶものだから、シェリアは末期だな、と思いながらため息をつく。
あの少年がこの手紙を見たらどんな反応をするか、興味はある。
もちろん、それを試す気はないが。
「無理なのよ……」
ついで浮かぶのは金髪碧眼の少女。
あれがもし、もっとシェリアとかかわりの薄い女子ならば、こんなに悩むことはなかったのかもしれない。
しかし、自分から歩み寄った少女が相手となると、シェリアはどうにも身動きが取れなかった。
怖いのだ。
自分が選んでしまうことが。
自分の選択が、人を傷つけてしまうことが。
「でも、好きなのよ……」
朝の静寂の中、誰も聞くことのない告白は、風にさらわれて消えてゆく。
長い黒髪が、風に揺られて、漂っていた。
心のように、不安定に、そっと。
男子寮のポストの前で、赤みがかった茶色の少年は、大きくため息をついた。
日は上っているものの、まだ早朝と言ってよい時間のことだ。
「やっと、か」
手紙を見ながら、このひと月を思い返す。
金髪碧眼の美女の手回しか、こちらに何一つ不利な噂にはなっていないものの、それはアベルとしてではなく、オブスキィトの人間として考えた場合だ。
アベル個人としては、相当の被害を受けている。
それでも、自分はやはり切り捨てられない。
「歩み、よれないのか……」
自分が強くなろうと思ったのは、責任感だけではない。
幼いころから、やりたいことがあった。
今回のことは、その目標にも、一歩近づける可能性があったのだ。
それは自分の夢と現実と、そして立場の間で揺れる想い。
何が正しい選択か、まだ、見えてはこない。
それでも、後悔はしたくなかった。
何もまだ、あきらめたくなかった。
「それでも踏み出せないのは……怖いから、か」
最近よく、夢を見る。
かならずでてくるのは、赤銅色の髪の少女。
最初は後ろ姿で出てきて、どうしても顔が見たくなって、名を呼ぶ。
そのよびかけに答えるようにして彼女は振り返る。
しかし、彼女はぜったいに笑っていない。
泣いているか、怒っているかのどちらかだ。
自分が悪いのは分かっているが、そういえば、自分に対して笑顔を向けてもらった回数は、とても少ない気がする。
「頑張れよ……」
赤みがかった茶色の髪の少年は、自分自身へ向けて、小さく、エールを送った。
たぶん、あと五話から七話ぐらいで二章完結できる……ような気がします。
ようするに一週間ぐらいですね。
三章は、明るめの話になるはずなので、
ちょっと暗め(?)の二章をのりきれば、明るく、ちょっと甘い話になる……はず。
そして最近は、終章の最終話をどうするか悩んでいます。
非常に悩んでます。
それにこれ、この話だけで完結させた後、絶対に書きたい後日談がいくつもあるんですよね……。
そこをどうするか……。
今からすでに悩んでます。
まだ二章も終わってないんですけどね。




