赤銅色は諦める
その後、事件は大々的なニュースとなり、世間に知れ渡った。
学内では、この事件にかかわった五人、つまり、マリエとアベルとレンとシェリア、それからクロエの五人には、事件解決に貢献したとして、学校長からお褒めの言葉を頂いた。
しかしアベルは、ヴェラの提案を引き受けたことについて、個別に問いただされたらしい。
アベルとヴェラの話も、しっかりとトレリ王国内に広まっていた。
ただし、ヴェラが手回ししたのか、オブスキィトの落ち度にならないような噂になっているのが流石だと、レンが呆れたような、感心したような様子で言っていた。
マリエはマリエで、親が原因の事件に巻き込まれたということで、両親に泣いて謝られたが、無事だったから別にいいと言って、笑って受け流した。
しかし、だ。
巻き込まれたことは、過ぎたことだが、両親がマリエにとってはとんでもないことを言い出した。
そして、事件から一週間後の今日、そのことを尋ねるために、無駄な注目を集めてでも、四人で昼食をとっているのだが。
「それにしても、どうして引き受けたのよ?」
昼食後の紅茶を飲み干してから、シェリアがアベルに問う。
「……あそこで断って、あきらめるような人じゃないからな」
どこかうんざりしたような様子で、アベルが言う。
「知り合いだったの?」
「ああ。メディウム家は、どちらかというとオブスキィト寄りだから。王家との婚姻関係が一番多い家系だから、一応中立ってことにはなってるけどな」
何故かアベルはマリエの方を見なかった。どこか気まずげに、視線を反らす。
「あの人、年上だし、聡明な人でいい人なんだけど、行動力がありすぎるんだよ」
苦々しげに笑ってから、レンがアベルの言葉を補足する。
ようやく思い出したが、アベルは公爵家、レンは侯爵家の人間だ。
メディウム侯爵家と関わりがあっても不思議ではない。
マリエには遠い、高すぎる家格。
子爵家とは比べ物にならないその影響力は、いままででも知っていたはずだった。
アベルとヴェラが、家格のつりあう二人が、並ぶとしっくりくると思うよりも前から、知っていたはずだったのだ。
「へーえ。それで、愛を語られた手紙が送られてきてるわけね?」
シェリアがからかうように、にんまりとした笑みを浮かべれば、アベルは対照的に、げんなりとした表情を見せた。
「……それをお前に言う必要があるのか?」
「そうねえ。でも、さぞかし楽しいでしょうね。あんな美人からの手紙だなんて」
シェリアの言葉に、マリエは胸に違和感を感じる。
「……まあ。割と楽しいかもな、なにせ―――」
「―――ごちそうさま」
自分の声が冷えているのを感じる。
しかし、もう聞いていられなかった。
アベルが言いかけた言葉を最後まで聞くことなく、マリエは席を立ち、そのまま寮へと走り出した。
黒髪の美少女は、立ち去っていく赤銅色の少女を見送りながら、嫌な予感がしていた。
これは失敗したかもしれない。
自分の意図としては、アベルの邪魔だったのだ。
「なにせ、何?」
だからこそ、気遣わしげに視線を送る、赤みがかった茶色の髪の少年を引き留めるように、声をかける。
「いや、なにせ向こうも侯爵家で、教養があるし、俺より年上だから、話がおもしろい……って言おうとしたんだが」
「美人に愛をささやかれて嬉しいんじゃなくて?」
さきほどとは違い、からかうというよりは、どこか非難するように言えば、アベルは首を横に振る。
「そもそも俺は……いや、なんでもない」
シェリアがアベルの心情などお見通しであることを、アベルは気づいていないのだろう。
アベルは口ごもった。
しかしシェリアには、アベルの言わんとすることは分かる。そして、とりあえず、アベルがヴェラに気持ちが傾いているわけではないということも。
―――応援なんてする気なかったのに。
事態は変化したのかもしれない。
「方向転換?」
「は?」
「いや、アベルじゃなくて、シェリア」
深い藍色の瞳が、何かを見透かすようにこちらを見る。
レンは、本当に人の機微に鋭い。
「そうかもしれないわね」
そう言い放ってから、立ち上がり、カバンを掴んで食堂の外に出る。
シェリアは頭が痛かった。
さきほどの自分の失言だけでない。
一週間前のこともだ。
自分が着いたとき、すでにマリエがアベルの腕の中にあるのを見て、シェリアの中にうごめいたのは、親友が無事だったことへの安堵以上に、悔しさや、敗北感だったのだ。
それが何故か、シェリアは理解はしている。
シェリアが軍に入った理由。
その理由が、そこにある。
誰よりも強くなろうと思った。目の前の人を守れる力が欲しいと。
それでも、また、あの時のように、違う人に助けてもらう結果となったのだ。
「何も、変わってない」
長い黒髪が風になびく。
黒かと見違えるほどの深い緑色の瞳は、ここではない、はるか遠くを見据えていた。
赤銅色の髪が、ベッドのシーツに散らばる。
赤銅色の瞳は枕の方を向いている。
「……うっ……ぅ」
限界まで顔を枕に押し当てて、声を殺す。
少女の枕は、温かい雫によって、すこしずつ濡れていく。
瞳からあふれる涙を、止める人はいなかった。
「バカだわ……私」
マリエは一人、寮の部屋でつぶやく。
不覚にも気づいてしまったのだ。
ヴェラとの文通が楽しい、と言ったアベルの言葉で。
ヴェラが言った、言葉がもう一度、頭の中を駆け巡る。
『このような状況で恋をしない方が無理というものです』
直接的に助けてもらったのは、マリエだったのだ。
自分を支えてくれ、怪我を気にしてもらって……。
それでもあの場では、気づけなかった。
ただ、アベルの言葉を聞いていられなくなって、胸が苦しくなって、ようやく気付いたのだ。
自分はアベルを好きになってしまったのだと。
それと同時に気づいた。
アベルは公爵家の人間だ。
しかもあのオブスキィト家。
隣に並ぶに相応しいのは、アベルが隣にいることを許すのは、きっと、ヴェラのような人だろうと。
苦しい。
気づいた瞬間から、叶わないのだ。
それはきっと、この先ずっと。
マリエがマリエである限り。
赤銅色の少女は、声を殺して泣き続けた。
明日になれば、立ち直れるように。
明日になれば、笑えるように、と。
これにて一章完結です!
ちょっと湿っぽい、暗いしめくくりになってしまいました。
ある意味で、いろいろとつっこみどころ満載でしょうね。




