建国祭。次期王妃の主張
「私、アベル・オブスキィト様に恋をしたようなのです」
美女がにっこりとほほ笑み、そんな一言を発した後、マリエは頭が真っ白になった。
彼女は確か、第一王子の婚約者だったはずだ。
それに、さきほどまでの彼女の聡明な態度を見ている限り、そんなバカなことを言うような人には思えなかった。
―――き、聞き間違いであってほしい。
そんなわけないと心のどこかで思いながらも、聞き間違いだと思いたかった。
ちらりとアベルの方を見る。
さきほどまで笑顔だった彼の顔は、一気に無表情になってしまっている。
その表情を見て、マリエは、何故か心が安らいだ。
今、ここでアベルが嬉しそうな顔をしていたら……。
―――って、何考えてるの?
「私の危機を救っていただいて、そして可愛らしいお顔立ち。歳は私より下ですが、このような状況で恋をしない方が無理というものです」
ヴェラはどこかうっとりとつぶやいて、そして、破壊的な笑みを放つ。
「ヴェ、ヴェラ様……貴女様は、アレクシオス殿下の婚約者ではありませんか!」
一番最初に立ち直ったヴェラの従者が声を上げる。
「ええ、そうですね。もちろん、私は王子殿下と結婚いたします」
その言葉に、あっさりとヴェラがそう返したので、その従者は、ふいをつかれて、反応に困ったように周りを見回す。
ヴェラの周辺の人間も、マリエを含めて皆、ヴェラの意図が読めずに困惑の雰囲気が漂っていた。
「それなら、今の言葉はどういう意味でしょうか?」
丁寧な口調でアベルが問う。
すると、誰もが見惚れるような笑みをアベルに向けて、そうして言ったのだ。
「ですが、王子殿下はおっしゃいました。愛と結婚は関係ないと。結婚はそのまま愛を意味しえないし、愛が結婚を意味するわけでもないと。つまり、王子殿下は恋と結婚は別物だとお考えです。それならば、私がアベル様に恋をして、何が問題なのでしょう?」
さすがのアベルも言葉がでなかったらしい。
無表情ではなく、今度は、驚いたような顔をしたまま、動きを止めた。
「王子殿下も、私を愛してくださっているわけではないのです。王子殿下が欲しいのは、ヴェラではなく、メディウム家の長女でしょう。王子殿下にだって、実はひそかに想いを寄せている方がいらっしゃるかもしれません」
分からない。
マリエはそう思った。
モンブラン家は恋愛結婚を推奨している。その恋愛結婚が、今回のような事件を引き起こすことももちろんある。
それでも、少なくともモンブラン家では、愛と結婚は同義だった。愛しているから結婚、にはならなくとも、結婚している状態は、つまり愛し合っている状態ではあったのだ。
だからこそ、愛や恋と結婚が別物だと割り切ってしまうヴェラの思考にはついていけない。
「私に課せられたのは、あくまでも王子殿下の妃となること。そうして子供を産むことだけです。私は心まで王子殿下に捧げよと言われた覚えはありません」
ただし、貴族として、分かることもある。
確かにヴェラの言葉は正しい。
さすがは聡明であるというべきか、確かにヴェラは、アレクシオスと結婚し、子供さえ産めば、それ以上は求められない。
ヴェラが本当は違う人のことを愛していても、王子がそうであっても、二人が結婚しさえすれば、誰も文句は言えないのだ。
強いて言うならば、他に好きな人がいると公言してしまうところが、彼女の欠点であるような気がするが。
「では、少なくとも王子殿下に嫁ぐことにかわりはないのですね?」
アベルがしっかりとヴェラを見据えて問う。
その赤みがかった茶色の瞳は、ヴェラだけを映している。
「もちろんです。私はそこまで無責任ではありません」
ヴェラのはっきりとした宣言に、その場にいた、ヴェラの従者たちはいっせいに安堵したような様子を見せた。
「ですが、やはり、アベル様に恋をしているのです。ですから、結婚までの間、私の文通相手となっていただけないかしら? 結婚後は、いくら私が想っていたとしても、あまり深く関われば、オブスキィト家に傷をつけてしまうでしょう」
彼女は太陽だ。まぶしい。
マリエには届かない。
「それとも、アベル様には、心に決めた方がいらっしゃるのかしら?」
何故か、心臓が大きく脈を打つ。
マリエは分からなかった。
自分が、アベルに何を望んでいるのか。
アベルにどう答えてほしいと思っているのか。
「……あなたの結婚までの間だけなら、文通相手を、お引き受けしましょう」
アベルは問いには答えなかった。
「本当ですか? 嬉しいです!」
ヴェラがアベルが承諾したことに喜んではしゃぐのが、どこか遠くに見えた。
赤茶色の少年の真意は見えない。
しかし、マリエは、少しだけ、胸が痛んだ気がした。
爆弾に火をつけたのは王子本人でした。
そして、初めて王子の名前が登場です。




