建国祭。爆弾投下
奇妙な一瞬だった。
顔は見えないと言うのに、マリエと、その鎧と兜の男は、わずか数秒だけ、視線がしっかりと交差したような気がしたのだ。
男はその血塗られた剣で、他の男たちの剣を受け止め、蹴りなど体術で相手を沈めていく。
さきほど苦労したマリエはなんだったのかと思うくらい、あっさりと敵は地面に倒れていった。
それは、とてもよく洗練された動き。
その動きに見惚れていて、マリエは一瞬、右から迫る男への対応が遅れた。
腕を掴まれて、剣をつきつけられそうになる。
「あ」
その瞬間、目にもとまらぬ速さで、鎧の男がマリエとその男の間に割って入り、マリエを背に庇って、男を沈める。
その男が最後だった。
この場で立っているのは、三人の少女と、一人の鎧男だけ。
力が抜けかけたマリエの腕を掴み、ぐっと自分の方に引き寄せて立たせる。
「あ、ありがとうございます?」
誰かは分からず反射的に礼を言えば、一瞬、鎧の男は動きを止める。
「気づいてないのかよ」
ひどく聞き覚えのある声が聞こえてきて、マリエは驚いた。
そして、その驚きの余韻にひたるまでもなく、男は兜を脱ぎ捨てた。
血塗られた剣を持ち、マリエを片手で支えるようにして立っていたのは、赤みがかった茶色の髪の少年。
「アベル!」
体をひねってアベルの方を見上げれば、赤みがかった茶色の瞳と目が合う。
それは不思議な色を見せていた。
「大丈夫か?」
マリエを支えた腕は離さないまま、アベルがマリエを覗き込むようにして問いかける。
言葉がでなかった。
その瞳に何故か、見入ってしまって。
「おい……?」
返事をしないマリエに問いかける様子は、いら立ちではなく、純粋な心配。
ひどく優しいアベルに、マリエはなんだか急に恥ずかしくなって、視線を反らす。
「無茶するからだ」
視線を外してうつむいたマリエの様子を、どう解釈したのかは分からない。
アベルは、マリエの頭をぽんぽんと軽く、あやすようにたたいて、そうしてから、すっと顔をマリエの耳元に近づけた。
マリエの心臓が高鳴る。
この近さでは、聞こえてしまうのではないかとおもうほど。
そうしてアベルが口を開こうとする。
「マリエっ!」
突然ふってきた声が、二人を一瞬にして我に返らせた。
思わずマリエはアベルを突き飛ばすようにし、アベルはそれに抵抗せず、すっとマリエから距離を取る。
階段したから、黒髪の美少女と、美少年が二人して上ってくる。
その階段途中にいたクロエとヴェラには目もくれず、シェリアはただまっすぐにマリエを目指してきた。
その途中で、一瞬歩みを止めたように見えたが、そのあと何事もなかったかのようにマリエに駆け寄り、思いっきりマリエを抱きしめた。
「心配したのよ! どうしようかと……」
シェリアの声がわずかながら震えていることに気づき、マリエは反射的に謝る。
「ごめん。でも、アベルが助けてくれたわ」
大丈夫だと言うことを伝えようとして言った言葉だったが、シェリアがその言葉に、びくりと体を震わせる。
「シェリア……?」
「……ご両親は、護衛科の人たちに保護されてるわ。メディウム家もここをつきとめて、あっちは軍に掛け合って、軍を動かしてもらったみたい。クラリサ家はこれでおしまいね」
「本当? よかったあ……」
問いに答えなかったシェリアを気にする余裕はマリエにはなく、両親の無事を聞いて、ほっと一息つく。
「おい、それより、その傷、手当したほうがいいんじゃないのか?」
シェリアとの会話に割ってはいり、アベルがすっと布を取り出す。
マリエはどの傷かと首を傾げたら、アベルがその布をマリエの首にあてた。
手を伸ばせば届く距離にいるアベルを、何故だか急激に意識してしまい、布を自分の手で押さえようとして、アベルの手に触れてしまった時、何かぴりっと熱いものが体をかけぬけた気がした。
「ありがとう、助けてくれて」
先ほどはまともに言えなかった感謝を、しっかりと瞳を見すえて言う。
「どういたしまして」
怒るでもなく、嫌味を言うでもなく、ただ、アベルはどこか安心したように笑う。
その幼さが残る顔で、笑顔を作られると、いやでも心臓が早鐘を打つ。
「あの……」
そこへ、すっとためらいがちに、金髪碧眼の美女ヴェラが歩いてくる。
その後ろには、クロエとレンもいる。
「ありがとうございました、おかげで助かりました」
そういって、ヴェラは優雅に礼を取る。
「いいえ。こちらこそ、未来の王妃を助ける栄誉を頂けて、幸いです」
元の家の家格では、オブスキィトの方が上だが、アベルは丁寧に礼儀を尽くしている。
その様子があまりにも普段と違って、マリエは少し驚いた。
それと同時に、アベルがオブスキィト公爵家の人間なのだと改めて実感する。
太陽のような美しいヴェラ。
まだ顔立ちに幼さは残るものの、立ち振る舞いは完璧なアベル。
どこか二人は遠かった。
「レン」
なんとなく、ヴェラとアベルの様子を見ていられなくなって、レンに声をかける。
「どうしたの?」
「クロエに頼んでくれたみたいで、助かったわ」
そういって微笑めば、レンは安心したように軽く笑う。
「怒られるかと思ったけど、そういってくれるなら良かった。大切な後輩がマリエに嫌われるのは、心が痛むしね」
「後輩……?」
誰のこと、と聞こうとすれば、銀髪の少女は前に進み出て笑顔で言った。
「私はシネラリア養成学校の一年生です。マリエ様の後輩ですよ」
「ええ!?」
思わずまじまじとクロエを観察する。
その落ち着いた声や雰囲気、そしてその体つきも、マリエより年上のようにしか見えない。
それが、同い年どころか、年下だなんて。
「よく実際の歳より上に見られます。声が少し低めだから、落ち着いて聞こえるのでしょうね」
蒼い瞳がこちらを向く。
そういえばこの少女にもまだ礼は言っていない。
「ありがとう……クロエ」
そういって微笑めば、クロエはこくこくとうなずいて、笑った。
レンはクロエに礼を言うマリエをちらりと見てから、すっと自分の親友に視線を戻す。
ヴェラとアベルが、貴族らしく、差しさわりのないような会話を繰り広げている。
ヴェラがここにいたのは、レンとシェリアにとってはラッキーだった。
ヴェラの実家が、軍にかけあったことで、ついでにモンブラン家当主夫妻も助かったからだ。
レンとシェリアも、取り押さえの方では手伝ったため、ある程度何人か昏倒させたのだが、そちらを手伝ったために、マリエを助けるのは、全てアベルとクロエに投げてしまった。
レンは、アベルの株を上げることになるので、それでよかったのだが、どうにもシェリアの様子がおかしい。
マリエがすでにアベルに助けてもらっていた様子を見て、ぽつりとつぶやいたのだ。
『また、間に合わなかった……』
レンはまたとはどういうことか、聞こうと思った。
しかし尋ねる前にマリエのところまで走って行ってしまい、尋ねる機会を逸してしまった。
アベルとヴェラの方をぼんやり向いていたレンは、シェリアに視線を移す。
そちらを見れば、深い緑色の瞳が、こちらを向いていた。
「シェリア……?」
「……え、何?」
はっと我に返ったように言うシェリア。
いつもなら、心配そうに声をかけても、するりとその心配をかわすのに、今日はやはり何かキレがない。
「ヴェラ様!」
数名の足跡と同時に、ヴェラの名を呼ぶ声が聞こえて、ヴェラは金髪を優雅に振って、そちらを振り向いた。
「ご無事でしたか!」
「ええ。モンブラン家のお嬢様やヴェントス家が後見をしている者、それから、オブスキィトのご子息に助けていただきましたから」
優雅に微笑むヴェラに、走ってきた男は、ほっとしたように胸をなでおろした。
「それでね、私、恋をしたように思うのです」
そんな言葉でヴェラが爆弾を投下するまでは。
男たちは全員メディウム家の者なのだろう。
全員がぎょっとしたようにヴェラを見た。
それはそのはずだ。
何せ、ヴェラは第一王子の婚約者なのだから。
その場にいたマリエは目を大きく見開き、アベルは先ほどまで公爵家の次期後継者として作っていた笑みを、完全に取り去る。
嫌な予感しかしない。
「私、アベル・オブスキィト様に恋をしたようなのです」
建国祭編はここが区切り、かな?
次もこのシーンのマリエ視点から始めますが、時間はまたすぐに建国祭から飛ぶと思うので、ここらへんが区切りかと。
それにしても
ヴェラの爆弾処理は誰が受け持つのでしょうね。




