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シネラリアの女神  作者: 如月あい
一章 赤銅色の少女は揺れる
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建国祭。爆弾投下

 奇妙な一瞬だった。

 顔は見えないと言うのに、マリエと、その鎧と兜の男は、わずか数秒だけ、視線がしっかりと交差したような気がしたのだ。

 男はその血塗られた剣で、他の男たちの剣を受け止め、蹴りなど体術で相手を沈めていく。

 さきほど苦労したマリエはなんだったのかと思うくらい、あっさりと敵は地面に倒れていった。

 それは、とてもよく洗練された動き。

 その動きに見惚れていて、マリエは一瞬、右から迫る男への対応が遅れた。

 腕を掴まれて、剣をつきつけられそうになる。

「あ」

 その瞬間、目にもとまらぬ速さで、鎧の男がマリエとその男の間に割って入り、マリエを背に庇って、男を沈める。

 その男が最後だった。

 この場で立っているのは、三人の少女と、一人の鎧男だけ。

 力が抜けかけたマリエの腕を掴み、ぐっと自分の方に引き寄せて立たせる。

「あ、ありがとうございます?」

 誰かは分からず反射的に礼を言えば、一瞬、鎧の男は動きを止める。

 

「気づいてないのかよ」

 

 ひどく聞き覚えのある声が聞こえてきて、マリエは驚いた。

 そして、その驚きの余韻にひたるまでもなく、男は兜を脱ぎ捨てた。


 血塗られた剣を持ち、マリエを片手で支えるようにして立っていたのは、赤みがかった茶色の髪の少年。


「アベル!」

 

 体をひねってアベルの方を見上げれば、赤みがかった茶色の瞳と目が合う。

 それは不思議な色を見せていた。

「大丈夫か?」

 マリエを支えた腕は離さないまま、アベルがマリエを覗き込むようにして問いかける。

 言葉がでなかった。

 その瞳に何故か、見入ってしまって。

「おい……?」

 返事をしないマリエに問いかける様子は、いら立ちではなく、純粋な心配。

 ひどく優しいアベルに、マリエはなんだか急に恥ずかしくなって、視線を反らす。

「無茶するからだ」

 視線を外してうつむいたマリエの様子を、どう解釈したのかは分からない。

 アベルは、マリエの頭をぽんぽんと軽く、あやすようにたたいて、そうしてから、すっと顔をマリエの耳元に近づけた。

 マリエの心臓が高鳴る。

 この近さでは、聞こえてしまうのではないかとおもうほど。

 そうしてアベルが口を開こうとする。


「マリエっ!」

 

 突然ふってきた声が、二人を一瞬にして我に返らせた。

 思わずマリエはアベルを突き飛ばすようにし、アベルはそれに抵抗せず、すっとマリエから距離を取る。

 階段したから、黒髪の美少女と、美少年が二人して上ってくる。

 その階段途中にいたクロエとヴェラには目もくれず、シェリアはただまっすぐにマリエを目指してきた。

 その途中で、一瞬歩みを止めたように見えたが、そのあと何事もなかったかのようにマリエに駆け寄り、思いっきりマリエを抱きしめた。

「心配したのよ! どうしようかと……」

 シェリアの声がわずかながら震えていることに気づき、マリエは反射的に謝る。

「ごめん。でも、アベルが助けてくれたわ」

 大丈夫だと言うことを伝えようとして言った言葉だったが、シェリアがその言葉に、びくりと体を震わせる。

「シェリア……?」

「……ご両親は、護衛科の人たちに保護されてるわ。メディウム家もここをつきとめて、あっちは軍に掛け合って、軍を動かしてもらったみたい。クラリサ家はこれでおしまいね」

「本当? よかったあ……」

 問いに答えなかったシェリアを気にする余裕はマリエにはなく、両親の無事を聞いて、ほっと一息つく。

「おい、それより、その傷、手当したほうがいいんじゃないのか?」

 シェリアとの会話に割ってはいり、アベルがすっと布を取り出す。

 マリエはどの傷かと首を傾げたら、アベルがその布をマリエの首にあてた。

 手を伸ばせば届く距離にいるアベルを、何故だか急激に意識してしまい、布を自分の手で押さえようとして、アベルの手に触れてしまった時、何かぴりっと熱いものが体をかけぬけた気がした。

「ありがとう、助けてくれて」

 先ほどはまともに言えなかった感謝を、しっかりと瞳を見すえて言う。

「どういたしまして」

 怒るでもなく、嫌味を言うでもなく、ただ、アベルはどこか安心したように笑う。

 その幼さが残る顔で、笑顔を作られると、いやでも心臓が早鐘を打つ。

「あの……」

 そこへ、すっとためらいがちに、金髪碧眼の美女ヴェラが歩いてくる。

 その後ろには、クロエとレンもいる。

「ありがとうございました、おかげで助かりました」

 そういって、ヴェラは優雅に礼を取る。

「いいえ。こちらこそ、未来の王妃を助ける栄誉を頂けて、幸いです」

 元の家の家格では、オブスキィトの方が上だが、アベルは丁寧に礼儀を尽くしている。

 その様子があまりにも普段と違って、マリエは少し驚いた。

 それと同時に、アベルがオブスキィト公爵家の人間なのだと改めて実感する。

 太陽のような美しいヴェラ。

 まだ顔立ちに幼さは残るものの、立ち振る舞いは完璧なアベル。

 どこか二人は遠かった。

「レン」

 なんとなく、ヴェラとアベルの様子を見ていられなくなって、レンに声をかける。

「どうしたの?」

「クロエに頼んでくれたみたいで、助かったわ」

 そういって微笑めば、レンは安心したように軽く笑う。

「怒られるかと思ったけど、そういってくれるなら良かった。大切な後輩がマリエに嫌われるのは、心が痛むしね」

「後輩……?」

 誰のこと、と聞こうとすれば、銀髪の少女は前に進み出て笑顔で言った。

「私はシネラリア養成学校の一年生です。マリエ様の後輩ですよ」

「ええ!?」

 思わずまじまじとクロエを観察する。

 その落ち着いた声や雰囲気、そしてその体つきも、マリエより年上のようにしか見えない。

 それが、同い年どころか、年下だなんて。

「よく実際の歳より上に見られます。声が少し低めだから、落ち着いて聞こえるのでしょうね」

 蒼い瞳がこちらを向く。

 そういえばこの少女にもまだ礼は言っていない。


「ありがとう……クロエ」

 

 そういって微笑めば、クロエはこくこくとうなずいて、笑った。








 レンはクロエに礼を言うマリエをちらりと見てから、すっと自分の親友に視線を戻す。

 ヴェラとアベルが、貴族らしく、差しさわりのないような会話を繰り広げている。

 ヴェラがここにいたのは、レンとシェリアにとってはラッキーだった。

 ヴェラの実家が、軍にかけあったことで、ついでにモンブラン家当主夫妻も助かったからだ。

 レンとシェリアも、取り押さえの方では手伝ったため、ある程度何人か昏倒させたのだが、そちらを手伝ったために、マリエを助けるのは、全てアベルとクロエに投げてしまった。

 レンは、アベルの株を上げることになるので、それでよかったのだが、どうにもシェリアの様子がおかしい。

 マリエがすでにアベルに助けてもらっていた様子を見て、ぽつりとつぶやいたのだ。


『また、間に合わなかった……』


 レンはまたとはどういうことか、聞こうと思った。

 しかし尋ねる前にマリエのところまで走って行ってしまい、尋ねる機会を逸してしまった。

 アベルとヴェラの方をぼんやり向いていたレンは、シェリアに視線を移す。

 そちらを見れば、深い緑色の瞳が、こちらを向いていた。

「シェリア……?」

「……え、何?」

 はっと我に返ったように言うシェリア。

 いつもなら、心配そうに声をかけても、するりとその心配をかわすのに、今日はやはり何かキレがない。


「ヴェラ様!」


 数名の足跡と同時に、ヴェラの名を呼ぶ声が聞こえて、ヴェラは金髪を優雅に振って、そちらを振り向いた。

「ご無事でしたか!」

「ええ。モンブラン家のお嬢様やヴェントス家が後見をしている者、それから、オブスキィトのご子息に助けていただきましたから」

 優雅に微笑むヴェラに、走ってきた男は、ほっとしたように胸をなでおろした。

 

「それでね、私、恋をしたように思うのです」


 そんな言葉でヴェラが爆弾を投下するまでは。


 男たちは全員メディウム家の者なのだろう。

 全員がぎょっとしたようにヴェラを見た。

 それはそのはずだ。

 何せ、ヴェラは第一王子の婚約者なのだから。

 

 その場にいたマリエは目を大きく見開き、アベルは先ほどまで公爵家の次期後継者として作っていた笑みを、完全に取り去る。


  

 

 嫌な予感しかしない。

 



「私、アベル・オブスキィト様に恋をしたようなのです」


建国祭編はここが区切り、かな?

次もこのシーンのマリエ視点から始めますが、時間はまたすぐに建国祭から飛ぶと思うので、ここらへんが区切りかと。



それにしても

ヴェラの爆弾処理は誰が受け持つのでしょうね。

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