建国祭。探せ
黒髪の少年は、あたりを見回す。
待ち合わせの場所に、彼女は来ない。
「……やっぱり、何かに巻き込まれたか」
少年のつぶやきは、大通りの賑やかな楽器や歌の音に飲み込まれていく。
深い藍色の瞳が、空に向けられ、そうしてから、少年はため息をついた。
学内での不穏な動きが気になり、どことなく、狙いは赤銅色の少女ではないかという推測は立っていた。
さきほどの赤茶色の少年の発言も、それを確信させた。
だからこそ、レンは、保険をかけておいた。
彼女に頼んで、何事もなければ、この時間にここに来るようにと言っておいたのだが。
「いないんだよな……」
彼女もいなければ、アベルもいない。
アベルがどこに消えたのか、結局つかめていないのだが、おそらく彼が焦って姿を消したのは、マリエが何かに巻き込まれたからと断定していいはずだ。
とりあえずこの場所から離れて探した方がいいと思って、レンは大通りの人ごみの中に戻る。
しかし大通りに戻ってから、もしマリエが何かに巻き込まれたなら、大通りにはいないだろうと気づく。
「確証が無さすぎる……」
まだマリエがいなくなったかどうかも分からないのだ。
探そうと思っても、情報がなさすぎて、どうにもならない。
「―――っ!!」
賑やかな音楽や人々の声の中で、かすかに、黒髪の少女の声がレンの耳に届く。
はっとして後ろを振り返れば、人ごみの中に、かすかに黒髪が見え隠れしている。
シェリアはこちらに慌てた様子で近づいてきていた。レンもまた、同じようにしてシェリアに近づく。
シェリアは一人だった。
それだけで、レンにはだいたいの事態が予測できた。
「レンっ! マリエ見なかった?」
息を切らせて言うシェリアの問いに、首を振る。
「たぶんマリエは何か事件に巻き込まれた。アベルがいないし、アベルが何かを見つけて慌ててどこかへ行く様子を、ターシャが見てた」
「聞いて、キースから聞いた話なんだけど……」
シェリアは息を整えもせずに一気にまくしたてる。
そこで大まかな話を聞き、レンは納得してうなずく。
「予兆はあったのか。ついでに、シェリアは両親の恋愛結婚がどこかで恨みを買ったんじゃないかって思ってるってこと?」
「ええ。マリエのお父様なら、格上の伯爵家令嬢に気に入られて、縁談を持ち込まれても、マリエのお母様以外には心を動かさなかったでしょうから」
シェリアがもたらした情報に、レンは少なからず驚いていた。
普通なら家のことを考えれば、個人の気持ちはどうあれ、伯爵家の令嬢と結婚したほうが良いに決まっている。
それが子爵家ならなおさら力が欲しいだろうから、そうする方が自然だ。
「大恋愛だったんだな……」
「え? ……ああ! マリエの家、モンブラン家は代々恋愛結婚なのよ。子爵家で野心もなくて、オブスキィトやルミエハの争いにも属してないわ。貴族だけれど、無駄なプライドはないの」
「代々恋愛結婚? よくそんなので子爵家が続いたな」
「基本的に真面目だからでしょうね。野心もなければ、たたかれる理由もないわ」
あっさりと当然のように言われて、レンは少しだけ自分の価値観に訂正を入れることにする。
そんな物事の見方があったとは驚きだ。
とくに侯爵家の一人息子として育ってきたレンにとっては、その精神は不思議なものでしかなかった。
「とにかく、マリエを探さないと」
今にも走り出しそうなシェリアの手首を掴み、レンはシェリアをこちらに向かせる。
深い緑色の瞳が、いったい何だと疑問を投げかけている。
「探すなら効率よくすべきだと思うけど?」
「……情報が無さすぎるわ」
何をいまさらとシェリアは眉をひそめる。
先ほどまではレンもそう思っていた。
しかし、シェリアによって、一つの可能性は見出すことができた。普段のシェリアなら、冷静に考え、それを思いつくのだろうが、今日はどうにも焦っているらしい。
「落ち着けよ。いくら惚れたと言っても、子爵家に結婚を申し込むならば、やっぱり伯爵家の令嬢どまりだろう。それなら、おそらく犯人は伯爵家だ。正直、同じ子爵家に、マリエを誘拐する力はないはずだ」
「……そして王都で犯行に及んだなら、王都に別邸、あるいは私有地があって、そこは人を監禁できるような場所だってことね。そんな長距離移動させるのは、確かに危険だわ。今日が建国祭だから、警備も厳しいし」
レンが後押しすれば、シェリアもあっさりとそのあとに続ける。
「でもね、前提が間違ってるかもしれない」
「それを気にしてる場合か? 闇雲に探すよりは、条件にあてはまる伯爵家を全部あたって行ったほうがまだ効率がいい」
「……」
レンの言葉にシェリアが黙り込む。
納得は行かないのだろう。確かにこのやり方では、前提が違った時、まったく無駄な時間を過ごすことになる。
「いつものシェリアなら、迷わずそうする」
一言付け加えてやれば、シェリアがはっとしたようにレンを見る。
「……あの時……いえ、まさかね」
「え?」
「いえ。わかったわ。そうしましょう。ぐずぐずしてても始まらないものね」
そう言ってまっすぐ前を見据えるシェリアに、もう、迷いはない。
それでこそいつものシェリアだ。
彼女が言いかけた言葉が少しひっかかるが、それは無視して、二人は走り始めた。
赤みがかった茶色の髪の少年は、困っていた。
レンと二人で大通りを歩いていたとき、ふと視界の端に赤銅色が過ぎった気がした。
そちらを見てみれば、確かに赤銅色の少女がいたのだが、その背後に静かに寄り添う三つの影に、レンに声をかけるのも忘れて、そちらに足を向けたのだ。
しかしそれなりに距離があったため、アベルが到着するまでにマリエの体は崩れ落ち、荷台に載せられ布をかけられて、あっという間に連れ去らてしまった。
一瞬、その場で男三人を相手にすることも考えたのだが、マリエが人質かつ、気を失っている状態では不利だと判断して、慎重に後をつけたのだった。
そして今、アベルは困っていた。
男三人が来たのは、王都の外れにある、クラリサ伯爵家の別邸。
クラリサ伯爵家は、ルミエハ公爵家の側で、特に急進的であるため、急進ルミエハと呼ばれる家だった。
アベルはオブスキィト家の後継者として、ルミエハ家に弱みを握られるようなことがあってはならない。
オブスキィトとルミエハの均衡が崩れることは、すなわちトレリの秩序が崩れることを意味する。
状況的には、マリエを誘拐したクラリサ家が悪いのだが、アベルが乗り込んで、万が一捕まってしまった場合、オブスキィト家がルミエハ派の家に不法侵入しただのの言い掛かりを付けられる可能性がある。 それだけは絶対に避けたい。
オブスキィト家の後継者としての自覚は、アベルには十分あった。
「……どうする?」
自分に静かに問いかける。
一度目を閉じ、考えた。
見えたのは、自分にとって大切なもの。
目を開けた時、アベルにはやるべきことが見えていた。
マリエは鉄格子の向こう側にいる少女をしっかりと見据えた。
金髪碧眼だが、顔立ちは整っている。しかしながら彼女をとりまく負の感情が、彼女を美しくというよりは、恐怖の対象として見せている。
「図書館での本も、他に物がとんできたりしたのも、あなたの仕業?」
「ええ。そうよ」
少女が蠱惑的な笑みを浮かべる。
マリエは体が震えそうになりながらも、負けじと少女を見返す。
「何が目的?」
「何、ですって? 調教よ。貴族としてのプライドのない、モンブラン家へのね」
「……あなたが調教するの?」
「私は両親を手伝ったまでのこと」
少女の言葉に、マリエはおそらく両親に関することだと察した。
「ほんと赤銅色に染まってるのね」
古い傷をえぐる一言。
勝ち誇ったような笑み。
今まで冷静だったマリエは、少女の言葉に、一気に冷静さを失った。




