建国祭。金髪美女の正体は
「ほんと赤銅色に染まってるのね」
それは禁句だった。
少なくとも、マリエの前では。
今まで冷静だったマリエは、少女の言葉に、一気に冷静さを失う。
頭に血が上り、物事が見えなくなる。
「うるさいっ! あなたになんでそんなこと―――」
「―――あら、あなたも実は赤銅色がお嫌い? そうよねえ、下賤な母親の色だものねえ」
マリエは立ち上がって少女の髪をつかもうと手を伸ばす。
その素早さにぎょっとして、少女は後ずさり、鉄格子から離れてしまったため、マリエの手は届かない。
かわりに鉄格子が鈍く鳴った。
「本当に野蛮。これだから、下賤な血の子供は」
「あなたが下賤じゃないとでも? こんなことをできる神経していながら?」
こういう勝負は、冷静さを欠いたほうが負ける。
わかっていながらも、衝動のまま食って掛かる。
「あら? 私は父も母も伯爵家で、貴族ですもの。下賤な庶民の血など一滴も入っていなくてよ」
少女が嘲笑を浮かべながら、楽しげにマリエに言い放った。
強く握りしめすぎて、手のひらに爪が食い込む。
「だから嫌いなのよ! 無駄に身分の高いバカは!」
血統がなんだ、親が誰であろうとも、自分は自分であるというのに。
マリエの母親は、マリエにとって、ただ一人で、とても大切な人なのに。
父も母も気にするなと言った。
言わせておけと。
それでも気に入らなかった。マリエにとっては最高の母親を、貶められることが気に入らなかった。
それも、性格の問題ではない、ただ、血筋の問題で、だ。
「あら、負け犬の遠吠え? 下賤な天才は、高貴なバカに勝てはしないとご存じなくて?」
その言葉が、ある言葉を思い出させた。
幼き日の記憶。
両親は言ったのだ。
どんなに血筋がよくとも、本人がなにもできなければ意味がないと。たとえ血筋に恵まれずとも、自分に誇りを持てる人間が一番だと。
両親の言った言葉とまるで正反対の言葉に、マリエは落ち着きを取り戻した。
負けてはいけない。
聞かなければいけないことがある。
彼女が伯爵家の人間であることは分かったが、トレリ国内に、伯爵家などかなりの数がいる。
さきほど彼女は調教するといった。
貴族としてのプライドを持っていないとも。そして赤銅色の髪について言及したということは、おそらくは、母親に恨みを持つ人間だろう。
そして正確には、マリエの母親に、マリエの父親を盗られたと感じている女性。
マリエは顔を上げた。
その母親とよく似た赤銅色の瞳は、強い意志を宿していた。
「あなたは……いえ、あなたの母親は、下賤な血とさげすむ女に負けたのね」
冷静なマリエの言葉に、今度は少女のほうが激昂した。
「なんですって! ふざけるのもいい加減になさいっ! 私の母は美しく、名高い伯爵家の令嬢だったというのに、それを差し置いて下賤な血の娘を選ぶ、あの男が見る目がないのです!」
「あら、見る目のない男をあなたの母親は好きだったの? 見る目がなかったんじゃない?」
「あの男の目を狂わせたのは、あの下賤な女でしょう!」
論理が通っていないながらも、怒りで怒鳴り散らす少女の言葉から、マリエは自分の推測が正しいことを確信した。
数件、伯爵家の別邸を回ってみて、周りの人に、様子を聞いてみたが、明らかに白だった。
「次は、クラリサ家か」
黒く艶やかな長い髪の美少女は、一度ため息をついた。
その横でこれまた黒い髪の美少年は、首をかしげる。
「クラリサ家に何か因縁でもあるの?」
「因縁ってほどのこともないけどね。ただ、あそこのお嬢様は曲者なのよ。伯爵家当主夫妻はわりとバカなんだけど」
シェリアはそういいながら、その少女のことを思い返す。
「急進ルミエハの家とも関わりが?」
「去年の、どこかの家が開いたパーティに来てたの。中立派が多かったけど、ルミエハのほうが数が多いパーティだったから、それで来てたみたいね」
「なるほど……俺の家じゃ、ありえないからな」
レンが苦笑しながらいう。確かにヴェントス侯爵家は、かなりオブスキィト寄りの家であるし、急進ルミエハとは、オブスキィトと同じぐらい、縁がないだろう。
「クラリサ家って、最近のルミエハ派に流行してる、いわゆる超血統主義者なの。だから、オブスキィト派がいるようなパーティによく来たなって思って、印象に残ってたんだけど……」
そこまで言ってしまってから、はたとあることに気付く。
「去年のパーティも計画のうちだったとしたら?」
一度だけ聞いた、マリエの赤銅色に関する話。
マリエの母親は庶民。
「動機は、そうか……それなら恨みの矛先は、両親の方……」
自分の思考に入り込み、シェリアは、自分が歩みを止めてしまっているのも気付かずに考えていた。
あのときのパーティには、娘とともに、当主夫妻も出席していた。
その時に、言っていた気がするのだ。身分相応な結婚が一番正しいだのなんだのと。
「やばいわ……あの子を、人質にする気さえないのかもしれない!」
「その思考の速さにはついていけないんだけど」
「クラリサが犯人の可能性が高くなったわ。急ぐわよ」
説明している時間が惜しい。
レンは納得いかない様子だったが、シェリアはそれを無視して軽く走り出した。
金髪碧眼の少女と、赤銅色の少女は睨み合っていた。
「両親を調教って言ったわね? 私を人質にとって何をする気?」
マリエが少女をにらんだまま尋ねる。
すると、少女はマリエの予想に反して、鼻で笑った。
その様子に、何か嫌な予感がして、背中に冷や汗が流れる。
「人質というのはね、何か交渉をするまで大事にされる人のことでしょう?」
「何が言いたいの?」
「あなた、隣に寝ている人がなぜそこにいるのか、疑問に思わなかったのかしら?」
少女の言葉に、ちらりと横を見る。
いまだに無防備に眠る、金髪の美女。その美しい髪は、今は無造作に散らばっている。
そして彼女は、二人がそれなりに激しく言い争っていた今でも、全く目をさまそうとしない。
「確かにね、あなたを誘拐したのは、あなたの両親を呼び寄せるためではあるわ」
少女の目に浮かぶのは一種の狂気。
「でも、あなたが本当に私の手元にいる必要はなくってよ。あなたがいるべき場所にいないという事実があればね」
マリエは人生最大に思考をフル活用して、この状況について考えていた。
彼女はマリエの身柄が必要ではないと言った。
ただし、おそらくそれは殺すという意味ではない。
殺す気があるならば、もうすでに殺されているだろう。
マリエはさきほどまで意識を失っていたのだから。
それに、隣にいる謎の美女。
明らかに高貴そうな彼女は、いったい何者なのか。
どうしてマリエと同じ牢に入れられているのか。
「殺すというのはね、案外危ないでしょう。死体処理の面倒もあるわ。でも、売り払うっていうのは、案外簡単なのよ? だって、買った人は、ちゃんと隠そうとしてくれるもの」
マリエは驚いて、動きを止める。
「伯爵家が人身売買を?」
「ふふ、バカもほどほどになさいな。でもね、半分はあたりかもしれないわ。私は、取引したの。彼らがあなた攫って、あなたを売る代わりに、私はこの屋敷を貸し、彼らの商売には口を出さないと」
マリエは素早く牢に視線を走らせる。
窓のないこの部屋は、鉄格子をどうにかしなければ、脱出できない。
幸い手足は拘束されていないものの、カギを開け、外に出るまでに、どのくらいの距離があるのか想像がつかない。
「無駄よ。ここからしか出入りはできないわ。でも、見張りがたくさんいるもの。あなたごときでは逃げることなんてできなくってよ」
その視線を正確に理解した少女があざ笑うようにいう。
「ああ、紹介するわ。あなたを売る商人さんを」
続けてマリエを絶望の淵に叩き落とすかのように、そんな言葉をつづけた。
それに合わせて、鉄格子の前に、一人の男が現れる。
意外なことに、男はとても利発そうに見え、一見すれば、好印象を与えるような男性だった。
「なかなか愛らしい顔立ち。しかも、金髪碧眼じゃないということで、それなりに値段が吊り上げられる。お嬢様はなかなかよい商品を紹介してくださいましたね」
そんな第一印象も、男のしゃべった内容と、そのなめまわすような視線によって、一気に覆る。
背筋がぞくりとするような感覚を覚えながらも、マリエはきっと男をにらんだ。
「その上、この状況でも反抗的。男の征服欲を刺激してくれるいい玩具になるにちがいありません!」
「……商人が人攫いまでするなんて知らなかったわ」
男の言葉を無視して、どうにか情報を引き出そうと、マリエは言葉を発する。
「我々は商売は副業ですからねえ。もっと後ろ暗い組織なのですよ。そこにいるお嬢様にいたっては、ほかの令嬢の依頼で、殺すか、傷物にすればいいとのお達しだったので、金になる法を選ぼうと思いまして」
「ほかの令嬢の依頼……」
「同時に二つの依頼をうけたのは、このお嬢様がなかなか面白い提案をしてくださったからなのですよ」
男は予想以上にぼろぼろと話してくれた。
これほど情報を漏らしてくれれば十分だ。
とりあえず、隣で眠る女性は、あの少女とは別の人から恨みを買ってしまったということらしい。
「私は屋敷を提供するけれど、その代わりに、万が一見つかったときは、私は脅されて捕まった被害者ということになるのよ」
少女の言葉に、はっとして顔を上げる。
自分に被害が及ばないような計画。
目の前にいる少女は、それなりに頭が切れるらしい。
「私の両親は、きっと、モンブラン家に通達が届いているでしょう」
少女の顔に浮かぶのは、勝利の笑み。
「だからこそ、今日一日だけは、ここにいてもらわなければならないの。彼らが確かめたとき、確実に目撃情報が途絶えていなければならないのだから」
少女は商人のほうを向き直る。
「だから、あなたたちも、明日までは、おとなしくなさいな。明日以降は、すべて任せるわ」
「承知いたしました」
「じゃあ、もうここにいる理由もなくなったし、戻ろうかしら」
少女はこちらを一瞥すると、くるりと踵返して牢から去っていく。商人もそれに続き、牢の扉が閉まる重い音が、その場に響いた。
「どうすれば、いいの?」
小さく、つぶやく。
猶予は一日だ。売られてしまう事態だけは避けたい。
それに、今日中にどうにかマリエが助からなければ、両親が危ない。
「ん……」
「あ」
声が聞こえ、隣を見ると、美しい女性が、ゆっくりと身を起こしていた。
彼女が瞼を開けば、そこから覗くのは澄み切った碧い瞳。
同じ色であるはずなのに、先ほどの少女と同じものとは思えない、人を惹きつける、どこか神秘的ですらある瞳だった。
「……あなたは?」
状況をいまいち理解していないらしい女性が、マリエに問いかけてくる。
「私はマリエ・モンブランと言います。私たちは監禁されています。あなたのお名前は? それと、どなたかあなたに恨みがある方に心当たりはありませんか?」
監禁と聞いて動揺するかもしれないとも思ったが、とにかく状況を早く理解してもらおうと、ストレートに状況を伝えた。
意外なことに、女性は目を見開いて、軽く頭を振ったものの、目が覚めたといって、平然とした、落ち着きのある表情で、名を名乗る。
「ヴェラ・エミーリヤ・メディウムと申します。私に恨み、というよりは、私を妬んでおられる方は大勢いらっしゃると思います」
「ああ……なるほど」
マリエは思わず大きくため息をつき、こめかみを手で押さえる。
これは彼女も絶対に助け出さないといけない。
とくに、自分がシネラリア養成学校に通い、軍人の卵である以上は。
「私をご存じでいらっしゃるんですね?」
「はい。さして高くはない身分ですが、一応貴族ですので」
シュトレリッツ王国内で、彼女の名を知らぬものが、はたしているだろうか。
三か月前、正式に第一王子との婚約が決まった、次期王妃となる人の名を。
そして、マリエが軍に入れば、間違いなく、マリエは彼女を守る義務が発生する。
まちがいなく、守られる側のお嬢様だ。
「モンブラン子爵家の、あの果実はおいしくいただきました」
「そういっていただけて嬉しいです。……って、ええ?」
微笑みながら言われたヴェラの一言を、一度聞き流してから、ようやくその言葉の意味を理解する。
モンブランという名で、しっかりとその家のことを認識してくれたことにも驚きだが、そのうえ、市場には出回っていない果実まで口にしているとは。
「市場に出回っていないのに、どうしてまた?」
「私の知人が、あなたの父上とご友人らしく、そこからいただいたのです。それがとても美味しくて、記憶に残っていました」
いったい誰だろうと思いながらも、今はそれどころではないことを思い出す。
「ヴェラ様、明日には私たちはどこぞの変態貴族、あるいは娼館あたりに売りに出されそうです。ですから、どうにかここらから脱出しなければなりません」
言葉を選んでいる暇はなかった。それに、彼女は確か、十七歳だったはずだ。こちらより年上なのだから、多少の言葉選びの悪さには目をつむってくれるだろう。
「なるほど、そんなことを言われたのですね。それと、様付はやめてください。婚約者は王妃ではないのですから」
ヴェラの意外な言葉に、マリエは反応に困った。
しかし、さすがに呼び捨てにはできない。
「では、ヴェラさんで。年上ですから」
「わかりました。マリエ、でかまいませんか?」
「はい」
ヴェラが美しく微笑む。その穢れ無き様子は、彼女の高貴さを表していて、本当に次期王妃にふさわしい人だと思える。
心もきれいな美人は、こうにも人を惹きつけるものなのかと、マリエは嘆息する。
シェリアは、とっても美しい少女だが、少し冷めた印象を与える、どちらかといえば、人間味の薄い、神秘的な月のような美しさを持っている。彼女も優しく、情に厚い人物ではあるが、その冷めた容貌が、親しみやすさからは、彼女を遠ざける。
対照的に、ヴェラは、明るく人を引き寄せる、太陽のような美しさだ。そして、来年成人を迎えるからか、大人びた落ち着きがある。
次期王妃でなければ、きっと、どこか身分の高い家に嫁ぐことになったのだろう。きっと彼女との縁談を断る男などいないに違いない。
「もし、脱出方法を見つけたら、とりあえずマリエだけ逃げてください」
「え?」
ヴェラの美しさに見惚れて、思考にはまっていたマリエは、ヴェラの唐突な一言に、間抜けな返答をしてしまう。
「戦えるのでしょう? シネラリア養成学校の生徒だと聞きました」
「はい」
「それならば、一人で外に逃げて、助けを呼んでください。戦えない私が一緒にいては、逃げ切れる確率が落ちますから」
「何をおっしゃっているんですか? だめです! ヴェラさんのほうが、なんとしてでも助からないといけないのに!」
「いいえ。私もあなたも同じ命。それならば、二人で助かるための、より確実な方法を選ばなければなりません」
毅然とした態度に、マリエは言葉を失う。
何を言えばわかってもらえるのだろうか。同じなんてあるはずがない。
赤銅色は、金にはならない。
「思ったより、お元気そうですね」
突然ふってきた声に身を固くする。
鎧を来た人が、牢の前に、いつのまにか立っていた。
次期王妃さま登場。




