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シネラリアの女神  作者: 如月あい
一章 赤銅色の少女は揺れる
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建国祭。不穏の影はそこに

「また来てね!」

 元気なおばさん声を背に、シェリアは再び大通りへと戻った。

 彼女が走るたびに揺れる黒髪が、金髪がほとんどの人ごみのなかではずいぶんと浮いて見える。

「シェリア?」

 明るい声がして、そちらを振り返れば、キースがいた。

「キース! マリエを見なかった?」

 シェリアは必死だった。

 自分が銀細工に目をとられ、店まで後ろを振り返らずに進んできたら、マリエがいなかったのだ。

 しかし、大通りでいくら人が多いと言えども、自由に身動きが取れないほどの人の波ではない。

 たしかに進行方向の左側を歩く人が大多数だが、がんばれば流れに逆らうこともできるぐらいのものだ。

 それなのにマリエがいないということは、マリエがなんらかの事情でシェリアの元に来れなかったことを意味する。

 胸騒ぎが収まらない。

 さきほどのアベルの言葉も、シェリアの焦りを増加させていた。

「マリエなら、さっき、あそこで果物を見てたけど……いないな」

 シェリアもキースが指さした方向を見るが、赤銅色の髪の少女の姿は見えない。

「シェリアほどじゃないけど、赤銅色の髪は目立つから、間違いじゃないはずなんだけどな」

「わかったわ! ありがとう」

 とりあえず近くを探そう。

 そう思い立って走り出そうとしたシェリアの腕を、キースがつかむ。

「急いでるのよ!」

 思わず声を荒げてしまったが、キースがとても冷静であることをみてとって、シェリアは理由を問う。

「口止めされてたけど、ちょっと、気になるから、言っといたほうがいいと思って」

 キースが語った内容と、アベルの言葉の意味、そして、自分が先日図書室で感じた違和感が、シェリアの中でつながった。

「どうしてマリエは……」

「心配させたくなかったんだと思う。優しいから」

 キースがマリエをかばうような発言をするが、シェリアは焦ってそれにうまく反応できなかった。

「キース。もし、レンか……アベルを見つけたら、その話をしておいて」

「わかった。シェリアは?」

「マリエを探す。……嫌な予感がするの」

 シェリアに与えられた情報が、一つの推測を生む。

「……恋愛結婚っていうのも、争いの種になり得る、か」

 シェリアは周りを見回して、すぐに大通りから外れ、路地に入ることに決めた。







 トレリでは珍しい黒髪に、とても整った顔立ちを持つ少年は、左手に持っている小さな袋を、しっかりとカバンに仕舞い込みながら、あたりを見回した。

「いない……」

 さきほどまで傍にいたはずのアベルがいないのだ。

 レンに何も言わずにいなくなったということは、レンに言う暇もないぐらい、切羽詰まっていたということだろう。

「マリエのことか……?」

 最近の不穏な視線のこともあるし、少々嫌な予感がする。

「手は打ってるけど……不安だな」

 これは早めにアベルを探し出して合流したほうが良さそうだ。

「レンさん……?」

 戸惑いがちにかけられた声に、振り向けば、そこにいたのはターシャだった。

 ターシャは綺麗にドレスを着こなし、派手な顔立ちではないが、かわいらしい、貴族のお嬢様な雰囲気を醸し出している。

「お、お一人、ですか?」

「いや、アベルといたんだけど……」

「やっぱり、そうだった、んですね?」

 話をどうやって早く切り上げようかと考えていたレンは、ターシャの意外な言葉に、いたん思考を停止させた。

「やっぱりって?」

「先ほど、二人で、いるのを見ま、したから。でも、アベルさん、焦って、いるように、見え、ました」

「焦ってる?」

 ターシャのゆっくりとしたしゃべりに、少しだけいらだちを覚えながらも、ターシャが何か見ているのではないかと考えて、返事を待つ。

「はい。何かを、見つけて、走って、いかれました。あちらに。あれは、大切な、ものを、守る人の、目……でした」

 アベルにとって大切なもの。

 意外と冷静に物事を判断できるアベルが、焦るほど心を動かされるのは、おそらく赤銅色の少女ただ一人。

「ありがとう!」

 聞きたい情報は聞けたため、話を切り上げて、レンは走り出す。

 ターシャはレンの後ろ姿を、ぼーっと見つめていた。







 視界いっぱいにひろがる、金色の波。

 それが女性の髪だと気づくまでに意識が覚醒し、ゆっくりと体を起こす。

 とても美しい女性が、無防備に眠っていた。

 腰まである長く波打つ金髪の女性は、質の良いドレスをまとっており、その装飾品などからも、彼女がどこか貴族の姫であることは分かる。

 頭がぼんやりとして、上手くものごとを考えられない。

 ふと頭に手をやって、髪がほどけていることに気づく。白い髪飾りも、どこかでおとしてしまったらしい。

 ウェーブのかかった赤銅色の髪が、視界に入る。

「……あ!」

 ようやく、自分の状況を思い出して、マリエは小さく声を上げた。

「道理で……」

 窓のない石造りの部屋。

 そして、四つある壁の一つは、壁ではなく、鉄格子だ。

 この冷たい場所は明らかに人を閉じ込めておく場所だと分かる。







「目を覚ましたみたいね? モンブラン家のお嬢様?」


 ぞくりとするような声が、マリエを震えさせた。


囚われのお姫様。

少しずつ、話が動きますね

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