建国祭。ショッピング
王都の大通りは広い。馬車が三台は横に並んで走れるほどの広さを誇っている。しかしながら、建国祭の今日は、その道をうめつくすほどの人がいた。
町全体は装飾が施され、屋台がでて、さらには、大通りに途中で、いくつか楽団が演奏していたり、旅の一座が演技を披露していたりと、華やかで、賑やかだった。
少し気を緩めたら一瞬で迷子になりそうな人ごみに、去年も来たとは言えど、マリエは圧倒されていた。
「相変わらず、人が多いわ」
シェリアもその美しい眉をひそめて言う。
しかしながら、マリエとシェリアが歩くと道が自然と開ける。
正確には、大通りを髪色の珍しい少女がさっそうと歩き、それがまた美女であるから、みなそれを振り返っては、はっと我に返ったように道を開けるというのを繰り返しているのだ。
今日は化粧もしていて、その完成度は完璧であり、男性陣は、振り返り、穴が開くほど見つめている割には、誰もシェリアに話しかけない。
―――本当に、女神扱いね。
シェリアのそんな様子をみて、マリエは少し笑みがこぼれる。
「……そんなに黒髪が珍しいかしら? 今日は旅行客もいるってうのに!」
シェリアはその一斉に集まる視線を、どうやら黒髪によるものだと思っているらしい。それももちろんある。
なにせ、シュトレリッツ王国、通称トレリ王国では、金髪碧眼が国民の標準装備である。
金髪でない人でも、ほとんどが、マリエのように茶色系統の色か、銀髪である。
黒髪というのは、トレリでは本当に珍しかった。
これだけ人が大勢いる大通りも、太陽の光を浴びて金色にきらめく波で埋め尽くされ、すべての光を吸収する夜闇のようなシェリアの黒は、それだけで異質だった。
しかしながら、ただ単に黒髪と言うだけでは、振り返る理由にはなっても、穴があくほど見つめ続ける理由にはならない。
それだけ凝視されてしまうのは、シェリアの美貌ゆえだったが、そこのところが、どうにもシェリアの認識として希薄であるように思える。
「あ、あの店! 去年もあったわ」
シェリアが指を指す方向を見れば、銀細工が置いてある屋台で、元気なおばさんが行き交う人に声をかけていた。
「見てみる?」
「ええ!」
シェリアがうなずいて、すぐさま人波をかいくぐり、屋台へと到達する。
「あっ……」
マリエもそれに続こうとしたのだが、カバンが引っ張られるような感覚がして、人並みに飲まれてしまう。
「すみません! この飾りが引っかかってしまったみたいで……」
カバンの方を見れば、子供を連れた女性が持っているカバンと、マリエのカバンの装飾品が、絡んでしまっていた。
「大丈夫です、ほら」
マリエは丁寧に、そしてすばやく装飾品を外す。
「ありがとうございます」
女性はにっこりと笑って礼を言い、人ごみに姿を消した。
マリエははっと我に返って、周りを見ると、シェリアが歩いて行った屋台よりも、少し流されていることに気づく。
人ごみをかいくぐってそちらに行こうとして、ふと、マリエはあるものに目を止める。
「御嬢さん、これは隣の国から取り寄せた、珍しい果実だよ? どうだい、一つ?」
マリエの視線に気づいた店の店主が、チャンスとばかりに売り込んでくる。
「美味しそうね」
マリエの家に果樹園があることもあり、マリエは果物が大好きだった。
そして、これは確かに見たことのない、珍しい果実。
マリエの頭からは、一時、シェリアのことは消えた。
「……面倒すぎる」
隣にいた赤みがかった茶色の髪の少年がぼやく。
やっと周りにいたシネラリアの女子生徒をふりきり終えたのだ。
「まあ、それはアベルだけじゃないだろ」
黒髪に深い藍色の瞳の少年は、至極あっさりと返した。
「……レンの方が多いことは間違いないな」
「不満なわけ?」
アベルの補足に、レンがからかい半分で尋ねてみる。
「いや? 俺は一人で十分だ」
その条件反射のような反応が、普段のアベルからは考えられないようなもので、思わずレンはまじまじとアベルを見つめてしまった。
その視線に気づき、そして、アベルは自分で言ったことの意味を理解したらしい。顔を赤くして、少し不機嫌そうに首を振る。
「ああ! もう、何を言わせるんだ?」
「俺のせい? いや、アベルが勝手に言っただけだって」
やつあたりもいいところだと、レンは肩をすくめてみせた。
「それにしても、その一人だけを捕まえるのに、苦労しすぎだろ……」
レンの前では、今のように、ぽろりと素直な反応ができるのに、どうにも赤銅色の少女の前では、うまくいかないようなのだ。
「そもそも、祭りらしいって……かわいいぐらい、言えよな」
盛大にため息をつき、横目でちらりと様子をうかがいながら言えば、アベルは言い返す言葉が見つからなかったらしい。ぐっと言葉に詰まって、そして、ためいきをつく。
そんな様子をみて、レンは少しやりすぎだったかなと思い、口を開こうとした。
「……予想以上で、ちょっと焦って、上手く言葉がでなかったんだ」
しかし隣にいるアベルの発言によって、レンの言葉は発せられずに終わる。
―――冗談だろ?
アベルははっきりとは言っていないが、分かりやすく言えば、マリエが予想以上にかわいくて、緊張して物が言えなかったと言っているのだ。
女子に囲まれなれており、それを相手を傷つけないようにあしらうぐらいの良識を持ち合わせているアベルが、まさかそんなことを言い出すとは思わなかった。
「むしろそれをマリエに言ってみればどうだ? たぶん、ちょっと揺らいでくれる」
「……それが言えれば苦労しないだろ?」
当たり前のように言葉を返されて、レンは思わずため息をつく。
「俺は可愛いだの綺麗だの言いまくってるけどな」
彼女はマリエ以上に予想外だった。
もともときれいなシェリアは、何をしてもさして変わらないと思っていたのだが、化粧をして、完璧な装いをした彼女は、レンに惚れ直させるには十分だった。
「え? お前、好きな人いたのか?」
「……ちょっと待て。あれだけ一緒にいるっていうのに、気づいてないのか?」
「そんなそぶり見せたか?」
アベルの言葉に、レンははたと歩みを止める。
大通りの人が多い場所で歩みを止めたから、数名が迷惑そうにこちらをみて、レンの突っ立っている位置を迂回していく。
「おい? レン?」
「……シェリア」
ぽつりとつぶやいた名前にアベルは耳ざとく反応して、あたりを一度見回してから、首を振る。
「は? いや、あんな目立つ奴がいれば、俺だって―――」
「―――好きな人の話だよ」
勘違いしたらしいアベルが、最後まで言い終えるまでに言葉を重ねた。
そうすれば、アベルがその赤みがかった茶色の瞳を限界まで見開いて、ついでに口も言葉を発しかけたまま開いた状態で、数秒、動きを止めた。
「……そんなに驚くこと?」
あまりの反応に、少し呆れて問えば、アベルがようやく機能を取り戻して、そして首をぶんぶんと縦に振る。
「シェリアって……いや、お前はもっと性格を重視して人を選ぶやつだと思ってた」
「それはシェリアが外見だけだと?」
レン自身が出した氷点下の冷たい声に、場の空気が凍りつく。
アベルが本気でシェリアをただの美人だと思っているとすれば、レンは自分の人の見る目のなさを呪わなければならない。
―――って、そんなわけないけど。
アベルは案外鋭い。
人の心情の機微には人並みだが、人の本質を見抜く力は、誰よりも高いのだ。
アベルはレンの問いには答えなかった。しかし、付け加えるようにして、つぶやく。
「……俺に対しては性悪だからな。ただし、マリエに対する態度とかを見れば……まあ、認めたやつには優しいのかもな」
レンはそれに対して、さらに補足しようとして、やめた。
シェリアの魅力をわざわざアベルに語る必要はない。
アベルの考察は半分は正しい。
しかし、半分はやはり不正解だ。
そしてそれを理解できるのは、諸々の事情を知っているレンだけだろう。
「でも、難しいぞ。あいつは。無意識に人との距離感を一定に保ってるようなやつだからな」
さらりと言われた一言に、アベルの方を思わず見てしまう。
―――やっぱり、な。
アベルには、シェリアの心は読めない。
しかし、おそらくレンに並ぶくらいには、シェリアの本質については、悟っているのだ。
そしてそんなアベルだからこそ、レンも気を許しているし、認めているのだ。
「あ」
ふと、深い緑色の石を見つけて、その店の前に立ち止まる。
それを見ると、やはり思い浮かぶのは、黒く艶やかな長い髪を持つ、美少女の姿。
「これさ……」
シェリアに似合いそうだろ、と聞こうとして後ろを振り向く。
そこにアベルの姿はなく、ただ、楽しそうにしている人々が、たくさん歩いているだけだった。
二十話への前ふり。
次話で、どう転んでいくのか、といったところでしょうか。




