建国祭。言えない一言
「綺麗……」
赤銅色の少女は、おもわずうっとりとして、つぶやいていた。
そのつぶやきの元は、目の前にいる少女。
長く艶やかな黒い髪を、簪でまとめあげ、いつもはしない化粧を完璧に施し、動きやすそうなシンプルなドレスをまとった少女は、目が覚めるほどの美しさだった。
今日という建国祭の日は、いつも以上に多くの男性を魅了するに違いないと思わせる美しさ。
彼女はまだ十三歳であるはずなのに、その色香は、すでに大人の女性に引けをとらない。
「ありがとう。さ、マリエも準備よ!」
シェリアは満面の笑みを浮かべてこちらを見る。
その目の輝きをみるかぎり、今日の髪型は、シェリアに任せるしかなさそうだと悟った。
艶やかな黒い髪を簪でまとめあげ、化粧もドレスも完璧な美少女は、赤銅色の少女の予想通り、学校の門を出る前から、学内の男子生徒の視線を独り占めしていた。
ただし、彼女はそんなことに全く興味を見せなかったが。
その黒髪の美少女は、赤銅色の少女が忘れ物をしたので、一人門のところで待っていた。
男子生徒がちらちらと熱い視線を送るが、声をかけてくる者はいない。
いつも以上に美しいシェリアは、いつも以上に高みにいる、高嶺の花だった。
「おい」
そんななか、二人の男子生徒は、迷わずシェリアに近づいて声をかける。
その声の主が誰か分かっていたので、シェリアは、張り付けた笑みを浮かべて後ろを振り返った。
振り返った瞬間、赤みがかった茶色の髪の少年は目を丸くし、黒髪で、シェリアに負けず整った顔立ちの少年は、小さく息をのんだ。
「何に驚いてるの?」
二人の様子を不審に思って思わず問いかけてしまう。
アベルとレンは二人で顔を見合わせて、小さくため息をつく。
「……化粧で化けるな。別人のようだ」
アベルの言葉にむっとして、シェリアは目を細めて言い返す。
「そんなに厚化粧じゃないわ」
「いや、別にけなしてないんだが」
アベルが呆れたように言うので、シェリアは首をかしげた。
どう考えても貶しているように聞こえたのだが。
「もともときれいな人でも、化粧するとさらに綺麗になれるんだなって思っただけだって」
今度はレンが、まるで口説き文句のような台詞を並べる。
「そこまでべた褒めされても、信憑性がないわね」
それよりマリエはまだだろうか。
こんな二人と絡んでいたら、女子生徒の視線が痛いと言うのに。
だが、今日は何故か、みんなシェリアを見ると、あきらめたようにがっくり肩を落として去っていくように見えるのは気のせいだろうか。
「……まさか鈍いのか?」
「心の機微というより、自分の美貌に対して鈍いかも……」
「……それって下手すると嫌味な奴?」
「ああ……確かに」
シェリアが二人から意識を離している間に、シェリアの耳に届かないぐらいの小声で、二人での会話がなされる。
「そういえば」
シェリアは言いながら二人を振り返り、そして問う。
「もともと言いたかったことは何?」
二人がシェリアの見た目に関して批評しに近づいてきたとは考えにくい。
レンだけならば、そういう絡みかたもあるかもしれないが、アベルに限ってそれはない。
「一つだけ、忠告だ」
アベルが少しだけ声のトーンを落として、こちらを見る。
「……マリエの傍から離れるなよ。あいつを一人にするな」
「そんなこと分かって……!」
「分かってない。これは、下手したら、シネラリア自体は関係ないようなことなのかもしれない」
アベルの顔が真剣みを帯びていて、だからこそ、シェリアは言い返せなかった。
レンは、どうやら話したいという内容を知らなかったらしい。どこか驚いたような表情を見せた。
「シェリア! ごめん! 待たせて」
名を呼ぶ声がして、そちらに視線をやれば、マリエがこちらに走ってきていた。
シェリアが左サイドから右サイドにむかって、頭の頂点をとおるように編みこみをして、その編みこんだ髪を、右サイドで残りの髪と一緒に結って、白い髪飾りをつけてある。
ゆるくウェーブをうつ赤銅色の髪に、その髪飾りは良く映えていた。
化粧も、可愛さを重視して、施され、シンプルだが、風に揺れてふわふわと舞うドレスは、少女の可愛さを引き立てる。
ちらりと横を見れば、アベルの視線がマリエに釘付けなのが分かる。
彼女の一挙一動を見つめる様子は、アベルの心情を分からせるには十分だった。
―――気にいらないっ!
まだ、アベルに大切な親友を渡す気はないのだ。
今日だって、どうにかして建国祭を一緒に回ると言うのを阻止してやったのだから。
一方、レンは先ほどのような驚きは見せず、アベルの様子をうかがって、どこか楽しげな笑みを浮かべている。
「あれ……? 二人もいたんだ?」
「いたら悪いか?」
「いえ、全然」
マリエがこともなげに返答し、アベルはその返答にすら、わずかに口元を緩めた。
ふと、シェリアはあることを思いついて、にっこりと笑う。
その様子に鋭く気づいたアベルが、わずかに身構えたが、すでにシェリアはマリエの後ろに回り、彼女の両肩に手を置いていた。
そして、そのまま彼女の体の向きをアベルの方へ向けさせて、シェリアは彼女の左肩から顔を出して、笑顔を浮かべた。
その笑みは、悪戯を企む悪がきの笑みだ。
「どう? マリエは?」
渾身の笑みで問いかけてやれば、アベルは一瞬怒りを面に出そうとして、すぐに引っ込める。
そして、シェリアの予想通り、アベルは黙り込んだ。
しかしシェリアの予想に反して、アベルはマリエから視線を外さなかった。
「ちょっとシェリア! あなたの隣にいたら、私なんて霞むじゃない」
「そんなことないわよ」
いつもなら可愛いぐらいのことは言ってのけるのだが、アベルが言うかどうかを試しているこの状況では、あえてそうは言わない。
どうせこの男はそんな台詞を言うことなんてできやしないのだ。
シェリアはそう踏んでいた。
「そ、れ……」
アベルがゆっくりと口を開く。
アベルの赤みがかった茶色の瞳は、マリエの赤銅色の瞳をしっかりととらえる。
「ま、祭りって感じ……だな」
「え……? あ、ありがとう?」
期待通りの煮え切らない反応に、シェリアは思わず盛大に噴出してしまった。
それと同時に、笑っているのが自分だけでないことに気づく。
レンもまた、アベルの言葉に、シェリアと同様おもいっきり笑っていた。
「かわいいね。その髪は自分で?」
レンはアベルが言えなかった一言を、あっさりと言い放ち、マリエに問う。
マリエは褒められて少し照れたのか、はにかんで頬を染めて、そうしてから首を横に振った。
その様子を見つめるアベルの顔は、どこか苦々しげだ。
「シェリアがやってくれたのよ」
「なるほどね。シェリアの髪はマリエが?」
「ちょっと手伝っただけよ。ほとんどシェリアが自分でやってたわ」
マリエは笑顔でレンに答える。
レンもまた、その整った顔立ちに笑みを浮かべて、応える。
そんな二人の様子を見て、シェリアは何か胸に違和感を感じた。
―――何? この感じ。
胸にまとわりつく違和感を無視しようと、頭を軽く振る。
「行きましょう」
「そうね。じゃあ、また」
マリエが再び笑顔で二人に言う。
アベルは頷いて、どこか不安げにマリエを見つめ、レンは、うなずいて笑顔で手を振った。
その笑顔が、シェリアの脳裏に焼き付く。
「……さて、どうするか」
なんだか嫌な予感が胸から消えない。
マリエと連れ立って歩くその速さは、心なしか、いつもより速かった。
まるで、その場から離れたいと言わんばかりに。
アベルとシェリアが少し動きを見せたこの話。
この話から数話が、建国祭編ということで、
ちょっと緊張感ある話に、なる予定。




