女神が微笑むのは?
「落ち着け……」
赤みがかった茶色の髪をした少年は、一人でぶつぶつとつぶやいていた。
そんな彼を、面白そうに横から見ていた黒髪の少年が声をかける。
「まったく落ち着きないけどな」
「そりゃ……っておい、いつからいたんだ?」
一人でずっと考え事をしていたアベルは、全く黒髪の少年の存在に気づいてなかった。
「一人でそわそわしだしたときから」
「……最初からかよ」
呆れたようにため息をついて、ふと、まだレンに話してないことに気づく。
「それで、何をそんなに悩んでんの?」
深い藍色の瞳が、アベルをすっと捉える。その瞳は、まるですべてをしっているかのようだった。
「来週の建国祭で―――」
「―――班で回らないか? ってマリエを誘ってみるとか?」
覚悟を決めて口を開いたアベルの言葉を、レンはあっさりと持って行ってしまう。
しかもその言葉は正しい。
どうしてばれたのか全く分からないアベルは、思わず開けた口を閉じることも忘れてレンを見つめるという間抜けな状態になってしまった。
「口開いてる。なんで分かったのかって顔してるな。ダダ漏れだろ。アベルがマリエに気があるなんて、火をみるよりも明らかだったと思うけどね」
整った顔立ちの少年は、ずいぶんと澄ました顔で、当然のように言ってみせた。
「……そんなにわかりやすいか?」
「わかりやすい」
ためしに聞いてみた質問に、即答されて、アベルは思わずため息をついた。
「それで、誘って断られたらどうしようとか?」
「ああ。正直言って、その可能性が一番高いだろ?」
最近でこそ、行動を共にしているが、それは階段の一件があったからだ。
建国祭では、あれだけの人がいれば、そう簡単に嫌がらせされたりはしないだろう。そうなれば、マリエがアベルやレンと行動を共にする理由はなくなる。
「いや……断られるんじゃなくて、妨害される確率の方が高いと思う」
「妨害?」
一瞬、マリエが先日ラウリとキースに話していたことが頭をよぎる。
まさか、レンは聞いているのだろうか。
心臓が、どくりと大きく脈を打った。
「ああ。最近そういうやつがいるだろ?」
アベルは目の前がふと暗くなった気がした。
あのとき彼女は三人には言わないでと言っていたが、結局、知らされていなかったのはアベルだけだったというのか。
「なかなか酷いよな、協力してくれればいいのに」
絶望の淵に立たされていたアベルは、寸でのところで踏みとどまり、奈落の底に落ちるにはいたらなかった。
どうにもレンの言葉が、アベルの思考とかみ合わない。
「誰の話だ?」
「シェリアだけど?」
当然のように返された言葉に、アベルは思わず大きくため息をついた。
「……紛らわしい」
勝手に勘違いしたアベルも悪いが、レンの言い方にも問題があるのではないだろうか。
ただ、その表情から察するに、レンはわざとやっているわけではないようだ。
それならば、やはりマリエの話は耳に入っていないのだろう。
「あ、噂をすれば……ほら、行けよ」
レンに背中を押され、顔を上げると、赤銅色のゆるいウェーブが掛かった髪の少女が、黒髪の美少女と一緒に歩いていた。
赤銅色の髪の少女は、黒髪の少女と二人で、寮へ戻る途中だった。
「……あの二人か」
隣でシェリアが嫌そうな声を出したので、周りを見渡せば、こちらに歩いてくる、赤みがかった茶色の髪と黒髪の少年が、二人でこちらに歩いてくる。
「これから寮に帰るところ?」
レンがマリエとシェリアに問いかける。二人はその問いにうなずいた。
それを見てレンがアベルの方を向いて、意味ありげな視線を送る。
アベルが一歩前に進み出て、何かを言おうと口を開きかけた。
「あ、マリエ!」
それと同時に、ラウリがマリエの名を呼び、マリエの意識はそちらに反れた。
「ラウリ。どうしたの?」
おそらく用があるのだろう。少し息の切れているラウリを見ながら、内心首をかしげる。アベルの方も、何やら言いたげな顔をしてこちらを見ている。
一瞬、アベルとラウリの視線が交差したような気がした。
そして、二人は同時に口を開く。
「いや、建国祭のことなんだけどさ―――」
「建国祭のことで提案が―――」
しかしその言葉は、同時に二人によって遮られた。
「―――ラウリ! 少し話が」
「―――アベル! あなたに用があるわ」
レンはラウリを制し、シェリアはアベルを制す。
止められた二人は、自分を止めた人を恨めしげに見つめている。
「……どうしたの? って……そうそう、建国祭のことだけど……」
二人の会話に出てきたため、来週の建国祭について、話したいことがあるのを思い出した。
そして思い出したついでに口に出してみれば、四人が一斉にこちらを見る。
その様子が、少し違和感を感じたけれど、マリエはとりあえず、先に自分の要件を済ませてしまうことにした。
「一緒に回りましょう。シェリア」
マリエの一言で、四人が一瞬、完全に動きを止めた。
静止からいち早く立ち直ったシェリアが、不敵な笑みを浮かべて、そうして、マリエの方ではなく、アベルの方を見て、言う。
「もちろん! 二人で、回りましょう!」
やたらと二人でを強調するシェリアだが、もともとマリエもそのつもりだったので、笑顔でうなずく。
「……負けた」
「これは私の一人勝ちね。ま、ラウリならいいかなとも思ったけど」
「それを阻止できただけでもましかな」
「今からでも譲ろうかしら」
「嫌がらせか?」
「もちろん」
「本気で?」
「私が暇になるでしょう」
「俺とまわる?」
「何が悲しくて、自ら噂のネタになりにいかなきゃいけないの?」
「……やっぱだめか。でも、とりあえず、ラウリと二人路線は立ち消えだな」
「ま、それはそれでしょうがない」
シェリアについで復活したレンが、シェリアと小声で何かを言い合っている。
しかしそれはマリエには届かない。
「えっと……それで、二人はどうしたの?」
マリエの言葉に、ようやく動き始めたアベルとラウリは、二人で顔を見合わせて、そして、同時にマリエの方を向く。
「なんでもない!」
何故かきれいにそろった二人の声は、どこか落ち込んでいるようにも聞こえた。
なんだか今回はお約束展開ですね。
マリエが鈍すぎる……。
これは予想外に鈍すぎる……。




