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シネラリアの女神  作者: 如月あい
一章 赤銅色の少女は揺れる
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17/67

警告文

 赤銅色の髪の少女は、困っていた。

 彼女の手には、一枚の紙。




 我が最愛なる娘、マリエへ

 

 久しぶりだね。

 マリエは元気かい。冬の休暇にも帰ってきてくれないなんて、父さんも母さんもさみしいです。

 でも、それだけ、そちらが楽しいと言うことなんだろうか。

 シェリアさんに関しては、またうちに来てもらうといいと思う。

 夏の休暇にでも来てくれれば美味しい果物を振る舞うと伝えておいてくれ。

 

 さて、ところで、最近マリエの身近で変わったことはないかい?

 もし、何か困ったことがあるなら、人を頼りなさい。そして、できれば、一人にならないように工夫しなさい。

 どうしてもそれができないと言うのなら、うちに帰ってきてくれてもいい。

 

 建国祭は王都では盛り上がるのだろうが、今年の建国祭は、できるだけ大人数で行きなさい。

 少々、こちらで困ったことになっていてね、マリエにも迷惑をかけちゃいけないとは思うんだが、一応、自衛してくれるのが一番だから。

 

                 いつだって娘の一番でいたい 父より





「なんだってこんなに警告文めいているの?」

 マリエは父から来た手紙を数回読み直す。

 一瞬、マリエの現状を知っているのかと思ったが、そんなはずはない。

 それならば、家の方に、何か問題があるのだろうか。

「それ、誰からの手紙? 警告文って?」

 不審げな声に、はっとしてマリエは後ろを振り返る。

 今マリエがいるのは、寮の部屋の中。

 必然的にシェリアも一緒にいるのだが、彼女の存在を忘れていた。

「えっと……」

「見せてね」

 いいよどんだマリエに、シネラリアの女神が満足するわけもなく、彼女はあっさりとマリエの手から手紙を奪い取り、その内容を読む。

 深い緑色の瞳が、何かを見つけたように輝いた気がした。

「なるほど……。とりあえず、マリエは一人にならない方がいいわね」

「ええ? でも、私……あ……」

 あの本棚事件以降、ここ二週間、たまに似たようなことが数回起きている。

 しかしマリエは一度もそのことについて、誰にも話していなかった。

 ―――誰かに話した方がいいかな?

 シェリアはとりあえず、なしだ。

 彼女はちょっと過保護すぎるし、犯人を見つけたら、絶対に穏便な話じゃなくなってしまう。

「あ、もう朝食食べに行った方がいいわね」

 マリエの言いよどんだ言葉を、シェリアは珍しく聞き返してこなかった。








 黒板に書かれた地図を、丁寧に移しながら、マリエは地名を書き込んでいった。

 地理は得意なので、地図を見れば、だいたいそれがどこの何かは分かる。

「はあ……」

 でもだからこそ、こういう授業は、自分の悩み事をついつい考えてしまいがちになるものだ。

「どうしたの?」

 隣に座っているラウリが問いかけてくる。

「ちょっと、困ってることがあって……」

「話、聞こうか?」

 いつだって人懐こい笑顔でマリエの話を聞いてくれるラウリは、やはりマリエの精神的支柱でもあった。

 彼になら、話しても大丈夫だろう。

 そう思ったマリエは、ラウリの言葉にうなずいた。




 授業が終わり、今日最後の授業が終わった。

このままここで話すのもなんだからと言って、二人は外にあるベンチに座って話そうと言うことになった。

「それで、どうしたの?」

「実は……」

「マリエ?」

 話しかけたとたんに、明るい声がマリエの名前を呼ぶ。

 そこにいたのはキースだった。

「キース。どうしたの?」

「たまたまマリエを見かけたからさ、ちょっと声をかけてみたんだ。ラウリもこの前知り合いになったし」

 快活な笑顔で話す彼を見て、マリエはふっと気を緩める。

 キースとラウリはもともとは接点はなかったのだが、マリエつながりでどうにも知り合いになったらしい。

「あ! 今暇?」

 マリエが問いかけると、キースとラウリが二人で不思議そうな顔をした。

「え? うん。どうしたの?」

「キースも話を聞いてくれない?」

 こういう話は、数人の意見を聞いたほうがいい。

 キースなら口止めすれば話さなそうだし、彼はマリエに対する護衛意識はないから、おおごとにもならないだろう。

 我ながら名案だと思ったのだが、どうにもラウリの表情が曇っている。

「俺が役に立つか分かんないけど。聞き役にはなるよ」

 そんなラウリには気づかずに、キースは明るく言って、マリエの隣に座った。


 キースが座ったのを見計らって、マリエは話し始める。

 まずは図書室でのこと。

 そのあと二週間で、物が降ってきたりすることがあっても、誰かがそれを見て笑っているわけではないから、嫉妬に狂った嫌がらせではないと思うと言うこと。

 そして、手紙の話。


 二人の表情は、マリエの話を聞くにつれて、次第に曇っていく。

「それ……危ないし。っていうか今までなんで黙ってたわけ?」

 呆れ半分、怒り半分といったようにラウリがつぶやく。

 確かにラウリは、階段からマリエが突き落とされた事件も知っているし、あの三人に頼まれて、マリエに対する護衛意識もある。

 二週間たってからようやくでは、遅いという感覚もあるのだろう。

「まあまあ。マリエも心配かけたくないってことだろ? これ、シェリアとかには?」

 キースのフォローにほっとしながらも、マリエは首を振る。

 ラウリと違ってこちらはそんなに怒っていないらしい。

 というよりは、彼の反応が正常なような気がする。

 マリエの周りは過保護すぎるのだ。しかし、マリエもそう弱いわけではない。普段は、超人クラス三人に囲まれているから目立たないだけで、普通に考えれば優秀な方なのである。

「それで、手紙での忠告と、それって、何か関係があると思う?」

 マリエが一番聞きたかったことはそれなのだ。

 この二つに関係があると思うのなら、とりあえず、モンブラン家を狙うものだということになる。

 ただし、モンブラン家は野心がなく、恋愛結婚のため、基本的にそんな狙われるような家柄ではない。

 そもそもマリエの母親は庶民である。

 マリエの母は、確かに可愛らしい顔立ちではあるものの、だからといって、どこかの貴族令嬢ではなかったのだから、婚約者がいたのに駆け落ちした、なんて小説のようなエピソードもない。

 マリエの父はモンブラン家だから、もちろんない。

「それはまた別々な気がするな。そもそもマリエのお父さんは、そのことを知らないんだろ?」

 先に口を開いたのはキースだった。

 それはほとんどマリエと同意見。

「でも完全に別なら、マリエは同時に狙われるかもしれないってことになるけど」

 ラウリが冷静にキースの意見に異議を唱える。

 確かにラウリのいうことも分かる。

「マリエがそもそもそんなに恨みを買うとは思えないし」

「……基本的に、嫉妬されてるのは私のせいじゃないしね」

 そもそもアベルやレンといった、家柄よし、顔よし、成績よし、武術よし、モテる要素せいぞろいの超人ペアが同じ班にいるのが悪いのだ。

 マリエが何か他人にしたから、とかいう理由ではない。

「確かに気を付けた方がいいとは思うかな。学内で、武器の無闇な使用は禁止されてても、携帯は禁止されてないからさ、とりあえず、護身用に短剣とか、持っておいた方がいいんじゃないか?」

 キースの提案にマリエは頷いた。

 実は、すでに短剣は所持していたりする。

 ここ二週間で、どうにも嫌な予感が消えないのだ。

「とりあえず……マリエは一人にならないこと。できるだけ、誰かといた方がいい」

「わかった。あと、悪いんだけど……、他の三人には黙っててくれる?」

 二人の碧い目が、いっせいにこちらを向いて、マリエはなんだか気まずくなる。

「いや、ちょっと、過保護だから、三人は」

 少しどもりながら言えば、その言葉は、特にラウリには支持を得たようだった。彼は深くうなずいて、確かにとつぶやいていた。

 





「……なんで、言わないんだよ、バカ」

 しかし、赤みがかった茶色の髪の少年は、会話のほぼ全てを聞いていたのだった。










「図書室も、たまにはいいものね」

 長く艶やかな黒髪の少女は、その髪を結うことなくおろして、図書室の中を歩いていた。

 静かだった図書室が、彼女の登場により、少しだけ、うるさくなる。

 少女が入ってきた後に、明らかに本目当てでない男子学生が、ぞろぞろ入室してきたのも、彼女にとっては日常茶飯事で、気に留めることでもない。

 順番に棚を見ていき、あるところでふと足を止める。

「ここから、古代文字か」

 本の古さもあるが、古代文字の棚になってからは、一気に埃っぽくなる。

 誰も読まないからだろう。

 マリエが古代文字を読めると知ったときは、驚くより嬉しかった。しっかりとそういう人もいるんだなと思ったものだ。

 ついでにレンも古代文字を読めるというのは、知っている。去年の授業で、からかい半分で、古代文字で筆談を始めたら、彼もあっさりと古代文字で返してきたからだ。

 あの時は、嬉しさより、悔しさのが勝ったが。

「あれ……? ターシャさん?」

 棚を順番に覗いて行ったら、分厚い本を見ているターシャがいた。

「あ、シェリアさん!」

 ターシャが一気に笑顔になる。

 シェリアも笑みを返してから、ターシャの持っている本に目をやる。

「それ……! ミモザ・アカシア・ルミエハの……禁断の、恋?」

 タイトルを読み上げながら、前半部分は、最近、振る口実に使った人物の名前だったので、なんだか嬉しくて声を上げたのだが、後半部分に違和感を感じる。

 禁断の恋とはいったいなにか。そんなこと、伝記に書いてあっただろうか。

「シェリアさんも古代文字読めるんですね? これ小説なんです! ミモザ・アカシア・ルミエハの死は、広くは知られていませんから、詳細な歴史書などは少ないですけれど、彼女を題材にした小説は、けっこういっぱいあるんです! それが案外史実に基づいていたりするんじゃないかって私は思うんです!」

 ターシャが目をきらきらさせながら、ものすごい速さで一気にまくしたてる。

 その様子に思わずシェリアは目をぱちぱちさせてしまった。

「えっと……そんなに早口だったけ?」

「す、すみません……。好きなことについては、興奮して、こう、なっちゃうんです」

 一瞬にしていつも通りのスローペースに戻った彼女に、シェリアは思わず笑ってしまった。

 きょとんとした碧い瞳と目が合う。

「ターシャって呼んでいい? なんか、古代文字読める人っていうのでも嬉しかったんだけど、歴史書とか、そういうことを好きっていうのは、趣味が合いそうだと思ってね」

 微笑んだシェリアは、作った笑みではなくて、とてもとても自然な笑み。

 ターシャは、一瞬、そんなシェリアをぼうっとして見つめた。

 そして、はっと我に返ったようになって、こくこくとうなずく。

「もちろん、です。ターシャで、いいですよ」

「じゃあ、シェリアでいいわ。あと、小説が史実かもしれないっていうのは……?」

「シェリアは知っているんですね? ミモザ・アカシア・ルミエハと、リエン・オブスキィトが両方とも殺害されているという話は」

「ええ。それは探せば書いてある歴史書がいくつかあるから。小説は、私はあまり読まないのだけれど」

 シェリアが何気なく付け足した一言に、ターシャはもったいないとばかりに首を振る。

「確かに現代小説は大した価値がないかもしれませんが、古代文字で書かれた小説は、かなり史実に近いようなものがたくさんありますよ! 私はルミエハとオブスキィトの歴史ぐらいしか興味がないので、それに関する本しか読みませんけど、でも、小説でも、歴史書の内容とつじつまがあったりするんです!」

「へえ……そうなの。私も読んでみようかな」

 史実に近いものがあると思えるなら、小説も悪くないかもしれない。

「えっと、それにしても、なんでルミエハとオブスキィトの歴史?」

 歴史学を好きな人ならば、確かにルミエハとオブスキィトの二大公爵家の歴史に関しては、研究したい人が多くいるのは事実だ。

 ただ、研究職につくような人は多くが貴族である。

 そして貴族であるということはすなわち、ルミエハ派か、オブスキィト派のどちらかであることがほとんどである。

 ストケシア侯爵家のように、ルミエハにもオブスキィトにもつかず、ただ王家に忠誠を捧げるという家もあるし、モンブラン家のように、そんな面倒なことには関わりたくないとつっぱねる家もあるにはあるが、それは少数派だ。

 そうなれば、どうしても両方の歴史について研究しようとする研究者は少なくなってくる。

 そのくらい、ルミエハとオブスキィトの対立というのは、根強いものなのだ。

「私の家はクルクマ家なので、けっこうルミエハ派でも、急進、までは行きませんけれど、親兄弟はわりと心酔しています。ですが、私は単純に、ルミエハ家とオブスキィト家は、代々美形が多いと思うのです!」

「……え?」

 後半の展開に置いて行かれたシェリアは、まぬけな声を出してしまった。

「ルイス・ルミエハ様が現在、ルミエハ家のたった一人のご令嬢なのですが、とても美しいのです。性格は私とは合いませんが。そして、オブスキィト家も、アベルさんも、美形、とは違うかと思いますが、かわいらしい顔立ちをしてますよね。現在のオブスキィト家の当主はとても素敵な方ですし!」

「……そう、かもしれないわね」

「そんな素敵な方々の家の歴史を、ぜひとも知ってみたかったのです。それに、歴史学ではグレーゾーンでもある、オブスキィトとルミエハの対立の原点にも興味がありますしえね」

 シェリアはターシャのうっとりするような早口に、完全において行かれていたが、最後の言葉に関しては深く同意する。

「私も知りたいわ。対立の原点を」

「それならば、小説も捨てたものではありませんよ。歴史書が語るのは真実と言われるからこそ、口を閉ざす者もありますが、小説と言ってしまえば、嘘だと認めているのですから、閉ざす必要もありません」

 ターシャが再び熱弁を振るう。今度はシェリアにも納得できた。

「そうね……じゃあ、ちょっと探そうかしら」

 そういって、棚を探る。

 この棚は、オブスキィトとルミエハに関する本を並べているようだ。

 そして、古代文字だからか、読む人がいないためだろう、埃をかぶっている。

「ん……?」

 ひっかかるものがあって、シェリアは棚に近づく。

「ねえ、ターシャはその上の段の本に触った?」

「……え? いいえ」

 再び本を読んでいたターシャは、顔を上げて、間を開けてから返答する。

 シェリアはその返事を聞いて腕を組んで考え込んだ。

「おかしい」

 小さな声でつぶやいたため、本に集中し始めたターシャには届かない。

 シェリアは、その列を離れて、反対側に回り込む。

 ちょうど、反対側に来たとき、本のタイトルに目がいく。

「ミオ・シュトレリッツの、十日間……」

 二週間ほど前、マリエが分厚い本を読んで、レポートを書いていた。

 その時、実はこれは小説だと言って見せてくれた本だった。

「こっちも、そうね」

 ミオ・シュトレリッツの本は、ちょうどシェリアの目線の高さにある棚に入っている。

 そして、その上の棚は、さらに上に三段あるのだが、その上から二段目の棚の本が、どうにもきれいすぎるのだ。

 こちら側の本は、古い埃が付いていない。

 そして、ターシャ側の本は、上から二段目は、古い埃がところどころついていないところがあった。

 そして、本棚は二つを並べてあるものの、後ろの板がないため、手をつっこめば、反対側の棚の本を触れることはできる。

「細かいことが気になるのよね」

 もう一度、ターシャがいる方に戻って、今度は視線を下にやる。

 下から二段目の本棚の部分も、古い埃は無くなっている。

「……何をしたかったのかしら」

 棚をよじ登って、本を反対側にいる人物にむかって落としたようだと、シェリアはこの状況から判断した。

 ただ、この場所でそんなことを行った犯人は、よほどの暇人だったのだろうか。

 この場所に通りかかる人など、そう多くはないはずなのに。

 無差別ないたずらにしては、無駄が多い。


「いたずらに、無駄も何もないか……」

 

 シェリアの推理は完璧だった。

 しかし、彼女は、一つ、重要な情報を考慮から外していたのだった。


なんだか、最近、シェリアがすごすぎる……。

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