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シネラリアの女神  作者: 如月あい
一章 赤銅色の少女は揺れる
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悪意と好意

 赤銅色の髪の少女は、図書室でぱたんと本を閉じた。

「ああ……字数が足りない」

 六人用のテーブルを一人で贅沢につかい、書類やら本やらをその場に散乱させている。

 ミオ・シュトレリッツのレポート提出は明後日。

 しかも、今日の指揮理論の授業で、さらに課題を出されてしまった。

「何を書こう……」

 今日は久しぶりにマリエは一人だった。

 今日最後の指揮理論の授業は、キースと同じだったのだが、キースはマリエが突き落とされた件に関しては、さして深くかかわっていないため、特に彼に護衛意識はないからだ。

 この授業が終わると、先週は、シェリアが迎えに来ていたが、今日は何やら用事があって無理だと、朝、起きてすぐ寮の部屋で言われた。

 だから、授業が終わって、途中までしか書けていなかったレポートを、かきあげてしまおうと、ここに来たのだ。

 本当はシェリアに頼るのが一番早いのだろうが、それはマリエとしてもなんだか悔しい。

 どうにも自分のことは自分で仕上げたい性質なのだ。

 それに、アベルを見守る会などの急進的で、マリエに嫌がらせをしてくるような集団は、あまり頭がよくない子が比較的に多く、図書室利用などは、あまりしない。

 だから、マリエは油断していた。

 きっと大丈夫だろうと。


 本をさらに探そうと、図書室の奥の方へと進んでいく。

 埃をかぶっていることから、ここらへんの本棚は、普段、まったくもって読まれていないことがわかる。

「これ……小説……?」

 ミオ・シュトレリッツと書かれていたので、本を開いてみる。

 ただし、何故か文字が古代文字だ。

 だからだろう、二年生全員にミオ・シュトレリッツに関するレポートが出されていたのに、これだけは開かれた様子がなく、埃がかぶっていたのは。

 古代文字は、マリエは単に、必要だったから読めるようになった。

 マリエはシェリアと違って、歴史学にはさして興味がなかったが、地理に関する本や、小説にはかなり興味があった。

 それに、昔の小説は、内容が面白いわりに、半分史実だったりもして、意外と面白いのだ。

 だから、古代文字は家にいる段階で、習得した。

 ちなみにシェリアは当然のように古代文字が読める。というより、あの子は読めるだけでなく書ける。

「えっと……」

 頭の中で文字を変換していく。

 出だしはミオ・シュトレリッツのこと、そして、次に登場したのは、ストケシア家の騎士のこと。

 この小説では、ミオ・レンティシア・シュトレリッツと表記されており、ストケシア家の騎士、ギルバード・ストケシアは、彼女のことをレンティシアと呼んでいる。

「ミオ女王って……確か、ノア・ヴェントスを婿にとったはずよね……」

 シェリアがそんなようなことを言いながら、レポートを書いていた気がする。

 あの少女は、レポートを何も見ずに書いたあと、参考文献まで、何も見ずに名前を連ねていた。

 ついでに著者名付きだ。

 黒髪の彼女の記憶力は、本当に恐るべしと言うしかない。

「ミオとギルバードの報われない恋、か……」

 この小説が史実も交えているのだとすれば、今でこそ侯爵家のストケシア家も、当時は子爵家だったようだ。

 ぱらぱらと最後の方のページをめくる。

 どうにも、ギルバードが活躍したことにより、侯爵の爵位を王より、つまりミオより承ったと書いてある。

 侯爵家なら身分は釣り合った。しかし、子爵家では、のちの女王の夫にはなりえなかった。ミオが結婚して女王になってから、その爵位が与えられたというのは、運命か、皮肉か。

 ここには騎士と書いてあるが、今の近衛隊とは少し勝手が違うらしい。

 やはり軍の体系も時代によって移り変わっていくのだろう。

「にしても……ヴェントス家ってすごいわね」

 黒髪に深い藍色の美少年の姿が思い浮かんだ。彼の家は、ミオ女王の時代から、侯爵家としてずっと今まで続いてきているのだ。

 これだけ長く続いている家と言うのは、ストケシア、オブスキィト、ルミエハ、それからヴェントスぐらいだろう。

 この四つは、ほとんど建国当初からあったと言っていい家だ。

「小説の内容も、レポートにありかな……」

 稀代の名君と言われ、数々の難題を、その類まれなる政治力で解決した彼女も、実は身近なところでは苦戦していた。

 そんな風にまとめるのは、ありだろうか。これが真実かどうかは分からないし、アムル・ストケシアが実在するかどうかは分からないが。

 割と分厚い本を手に、借りようかどうしようか悩む。

「え」

 ふいに、棚がぐらりと揺れた。

 積まれていた本が、落ちてくる。

 マリエは反射的に飛んで、それを避けた。

 本が床にたたきつけられる盛大な音とともに、埃がいっきに舞い上がる。

「くしゅん!」

 思わずくしゃみをしてしまうような埃にまかれ、マリエは、慌ててその場からもう少し下がった。

 手に先ほどの小説は持ったままである。

「棚が……」

 あれほど本が落ちてきた割には、棚が倒れていない。

「おかしい……」

 これは今までの嫌がらせとは違う。

 嫉妬によっていじめるようなお子様たちは、自分のしたことによって、相手がどう反応したかを見て楽しむたちの悪い人たちだ。

 しかし、人影はなく、高い本棚に囲まれているこの場所で、マリエの姿が見えたとは思えない。

 とりあえず、マリエは本棚の裏側に回って、向かいがわの通路を覗き込む。

 思ったとおり誰もいない。

 しかし、マリエはふとあることに気づく。

 ここらへんの本棚は、古代語で書かれているものが集められているため、すべて埃をかぶっている。

 しかし、マリエが見ていた本棚のちょうど裏側にあたるいちだけ、埃が部分的になくなっている箇所が数か所ある。

「誰かが、故意に本だけ落とした……か」

 

 マリエは全く気づいていなかった。

 彼女を見つめる、鋭い視線に。








 赤みがかった茶色の髪の少年は、苛立っていた。

「アベル様、ぜひ私と建国祭に」

「いいえ、私と!」

「お願いです、私と一緒に行ってください!」

 歩くたびに声をかけられて、建国祭を一緒に回ってほしいと頼まれていたからだ。

「悪いけど、まだ考えられないな。建国祭って、まだあと一か月ぐらいあるだろう?」

「いいえ! あと二十七日です!」

 ―――それを一か月ぐらいって言うんだろ!

 心の中で叫ぶものの、ここに群がっている少女をあまり邪険には扱えない。

 ここにいる女子生徒は、みな伯爵家以上のご令嬢で、全員例に漏れずオブスキィト派の人間だった。

 今代オブスキィトとルミエハは、勢力図的に同等であるため、あまり下手なことをすれば、自分の家に不利益をもたらしてしまう。

 オブスキィト公爵家とルミエハ公爵家というシュトレリッツ二大公爵家の闘争と、それに付随する派閥など、アベルにとっては不毛なものでしかなかったが、現状では、まだ歩み寄りの意識が感じられない。

「とにかく、建国祭を誰とまわるかは、今は決められない」

 アベルがもう一度はっきり言えば、残念そうな顔をしながらも、女子生徒は立ち去った。

 シュトレリッツ王国をアンリが建国したとされる日に、国を挙げて行われるのが建国祭。

 国を挙げてのお祭り騒ぎだが、とくに王都での建国祭はすごいという。

 シネラリア養成学校は、王都のはずれに敷地があることもあり、建国祭の日には、シネラリアの学生がこぞって王都へ向かうのだとか。

「はあ」

 軽くため息をついて、アベルは目を閉じる。

 建国祭の日、本当は誰とまわりたいのか、自分でその結論は出ている。

「無理だろ……」

 しかし、今、自分への好感度など、ゼロに近いのだ。

 この前までマイナスだったのが、今ようやくスタート地点に立ったぐらいだろうという自覚はある。

 しかも、ラウリやキースと仲良くしているマリエを見ると、恐ろしくドロドロした感情にさいなまれて、機嫌が悪くなってしまう。

 その結果、なぜかマリエに対して怒っているとういうような誤解を与えてしまうことにつながるのだ。

「……あれ、シェリア、か」

 彼女は珍しく一人でいた。彼女とアベルの距離は遠く、彼女はこちらに気づいていない。

 いつもなら、誰かに告白されているか、マリエにべったりくっついているかのどちらかが多いのだが。

「っ……! 誰だっ!」

 わずかな殺気を感じて、思わず横にあった茂みを見る。

 アベルが出てきた棟を囲むようにしてある生け垣の向こうがわで、人が走っていったような気配が感じられ、殺気は消えた。

「なんだ……?」

 学内でそういったものを感じるのは、よほどのことがない限り、おかしい。

 一瞬、ルミエハ家のことが頭によぎったが、ルミエハ派の急進的な家は、少なくともシネラリア養成学校にはいなかったはずだ。

 ―――この学年で一番ルミエハに近いのは……。

 シネラリアで三人しかいない黒髪のうちの一人の姿を思い浮かべる。

 黒髪に黒い瞳。彼は単体でみれば、それなりの美形だが、レンと比べるとどうしても見劣りする。

 しかもあの男はいつだって自己に対して過剰評価だ。

「噂をすれば……か」

 ダンテが何やらシェリアに話しかけている。

 シェリアは遠目から見ても分かるぐらい、面倒そうな顔をしていた。

 この速さでシェリアに話しかけていると言うことは、先ほどの殺気はダンテではないだろう。

 やはり、ルミエハではないのだろうか。

「にしても……わかりやすいな」

 いつもなら、シェリアは笑顔を崩さない。それが氷点下の冷たい笑みだったとしても、よほどのことがなければ、嫌な顔はしないのだ。

 それが彼女なりの世渡り術なのかと思っていたのだが、ダンテ相手にはそれが崩れている。

 どうみても、嫌そうな顔をしているのだ。

 しかしながら、ダンテは気づいていないのか、気にしていないのか、構わずシェリアに話しかけ続けている。

「助けてやるか……?」

 考えて、そして、ふと、シェリアと目があった。

 ぞくりと悪寒が走る。その瞳が、鋭くこちらを射抜いている。

 アベルはため息をついて、シェリアとダンテの方へと歩いて行った。

「シェリア、レポートを手伝ってくれるとか言ってなかったか?」

 歴史学のレポートは、すでにアベルはかきあげていたが、そんなことをダンテが知っているはずもない。

「ああ! そうだったわ! そうなのよ! 私は、アベルに頼まれていたの。全く持って名残惜しくないし、ここらへんでお暇させていただいてよろしいかしら?」

 シェリアの大仰な反応に、思わずアベルは目をしばたいた。

 なんともらしくない対応だ。

 しかも名残惜しくないなどと、ずいぶんとはっきりと拒絶の意を表している。

「流石はシェリア・リエーソンだね。あのアベル・オブスキィトにも勉強を見てほしいと頼まれるとは!」

「いや、勉強を見てもらうわけじゃない!」

 なんだかアベルにとって不名誉な話になりつつあるので、思わず叫ぶ。

「なにも恥ずべきことじゃない。彼女は何せ学術不動の一位だからね」

「だから!」

「それを邪魔するのは確かにいけないかもしれないな。よし、今日はここらへんで引き下がろう。ではまた次の機会に、じっくりと語り合おう」

「……それ、この前も同じこと言ってたわ」

 シェリアがげんなりした顔をしてため息をつくも、ダンテはすでにその場を立ち去っていた。

「疲れた」

「奇遇ね。私もよ」

 いつもはやることなすこと何でもアベルに反対するシェリアだが、今回ばかりは素直に認めた。

「そういえば、シェリアは一人って珍しいな。何してたんだ?」

「ちょっと人探し」

 束ねていた黒髪を、彼女はほどいて、癖のない美しい髪が、さらりと流れ落ちる。

 黙ってさえいれば、彼女が美人なのは認めざるを得ないことだなと、アベルはひそかに思った。

「どうにも学生じゃない人が混ざっているみたいで」

 何気なく言ったシェリアの言葉に、アベルは思わず反射的に叫んだ。

「それ……! まさか、殺気を放ってくるやつか?」

「どういうこと? あなたも?」

 シェリアに軽く先ほどのことを説明する。

 そして、シェリアからも、レンと二人でいるときに、そういうことがあったのだという話を聞いた。

「三人か……あいつは……」

 赤銅色のゆるいウェーブのかかった髪の少女のことが、ちらりと頭によぎる。

 どうやらそれはシェリアも同じだったらしい。

「マリエは、気づかないかも。あの子、普通よりは鈍くないし、頭が回るけど……」

「俺たち三人が異常だから……か」

 シェリアの言わんとすることをくみ取って言葉を継ぐ。

「私たちは鋭すぎるわ。これは推測だけど……あなたたち二人は、本物の戦闘を経験しているでしょう?」

 深い緑色の瞳が何かを射抜くようにこちらをすっと見つめてくる。

「……ああ。家柄上、狙われることは少なくない」

「そこが違う。マリエは、実際の戦闘は未経験よ。あの子の家、意外と守りが堅いから」

「シェリアは?」

 思わず問いかければ、シェリアがふと視線を反らす。

 普通に育ってきた貴族令嬢が、戦闘経験があるというのは、異常である。

 聞いてはいけなかったことを聞いてしまっただろうか。

「あるわ。……だからこそ、私はここにいる」

 顔を上げて前を向いた。

 彼女の深緑色の瞳は、強い光を宿している。

「……とにかく、調べる必要がありそうだな」

「ええ」

 


 波乱の予感は、あった。


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