定まったその想い
「何やってるんだ?」
その場を制した冷たい声の持ち主は、マリエを支えて立たせたあと、マリエを背に庇うようにして、前に立った。
赤みがかった茶色の髪の少年は、マリエより一段高いところで立っていた。その表情は見えないが、声のトーンが低い。
「わ、私たちは、た、たまたま……」
「突き落としただろ?」
しどろもどろになってどうにかごまかそうとする少女たちに向かって、鋭く糾弾する。
「そ、その子がいけないんです!」
「マリエが何をした?」
「そ、それは……」
「もういい。先生に申告しとく」
言い訳しようと粘る少女たちをばっさりと切り捨てて、アベルは数段降りて、マリエのカバンを拾いあげる。
それを受け取ろうとして、手を伸ばすが、何故かアベルはカバンを渡すには不必要なまでに近づいてきた。
「ちょっと……って、え?」
腰とひざ裏に手が回り、あっさりと体が持ち上げられる。
突然の事態に混乱したが、こんな状態では、また何を言われるか分からない。
「おろしてよ、誤解されるでしょ!」
とりあえずアベルに言うが、ふと顔を見れば、思いのほか近い距離に顔があって、マリエの心臓は早鐘を打つ。
その状態で階段を下りていくため、振動が抱えられているマリエにも伝わってくる。
「一人じゃ歩けないだろ」
アベルがそっぽを向いて、そして心なしか腕に力を込めて言う。
確かにあちこち打って、体は痛むが、時間をかければ歩けないことはない。
今の状態でさえ、こんな嫌がらせ被害を受けていたのに、さらにこれが酷くなるような原因を作るのは憂鬱だった。
「もとはと言えば―――」
「―――俺のせい、か」
憂鬱と怒り任せにでた言葉を、あまりにもあっさりと引き継がれて、マリエは言葉を失った。
思わずそちらを見やれば、赤みがかった茶色の瞳が、何かを訴えるようにマリエを見る。
「悪かったと思ってる。ごめん。あんなにひどいと思わなかった」
「……えっと……」
こんなに素直に謝られてしまえば、マリエは言葉を返せない。
「責任はとる。絶対、守るから……だから、おとなしくしてろ」
まっすぐなその瞳が、マリエを捉える。
そして、予想外かつ、真剣なその言葉に、マリエの心臓の鼓動が一気に早くなる。
「……アベルに守ってもらわなくてもいいわ」
「え?」
ため息をついて言えば、アベルの表情が一気に強張る。
マリエからすれば、平常心を保つための対応だったのが、少し冷たかったかもしれない。
「シェリアがいれば大丈夫よ。……でも、ありがとう。助かった」
いまだに言っていなかった礼を言ってから、マリエは力を抜いて、その身をアベルにゆだねる。
許したわけではない。
それでも、運んでくれると言うのなら、甘えようかと思い直した。
「医務室まで、よろしくね」
どのみちすでに目撃者がいるのだから、いまさら騒いでも仕方がない。
せめて顔を見られないようにと、顔をアベルの胸におしつけるようにすれば、一定だった足跡がすこし乱れた後、腕に力が込められた。
ノートに教師の書いた板書を取り、描き終えてペンを置く。
「戦術理論はノート多いな」
手が疲れたので、手を振ってぼやく。
「俺、ところどころしかとってない」
隣にいる黒髪の少年のノートを見れば、確かに走り書きのようなノートだった。ただしだからといって、彼の頭に入っている情報量が少ないわけではない。
この少年は、ノートをとっていないところは全て、すでに頭に入れているのだ。こういうやつを天才と呼ぶのだろう。
「レンだから成せる業だろ」
「シェリアなんか歴史学、一文字も書いてないけどな」
「あれは女神だから人間じゃない」
あの黒髪の少女は、もはや規格外だ。
「そりゃ言えてるな。でもさ、女神はともかく、か弱き人間の女の子は、気遣うべきだと思うけど」
アベルの言い様に噴出した後、すっと真剣な顔をして、そんなことを言った。
女神との対比で、暗に示されているのは、きっと赤銅色の少女だろう。
「マリエがどうした?」
アベルが問えば、何故かレンは楽しげな笑みを浮かべてこちらを見る。
間違ったのだろうか。
首をひねっていると、レンは正解だ、といって笑う。
「よく気づいたな?」
「そりゃ……あの女とはセットだろ」
「それだけよく見てるってことだな」
言われて、はたと、手を止める。
「よく見てる?」
「ああ。そろそろ認めた方がいいんじゃないのか? じゃないと、守りきれないぞ」
「何を?」
先を促すが、レンはそれには首を振って、答えない。
そして再び真剣な顔をして、アベルに囁きかける。
「どうにもマリエに関して、不穏な動きがある。それに予想以上に嫌がらせがひどそうだ」
「……調べる」
レンの言葉に、勢いよく立ち上がって、カバンを掴む。
その行動に、レンは満足げに笑って、そして、言う。
「俺は女神にも聞いてみるよ」
「……ああ、頼む」
レンにそう言い置いて、廊下をでる。
直球で聞いても、加害者は白状しないだろうから、とりあえず、外堀から埋めるのが得策だろう。
そう思っていたのだが、何やら、ひそひそと喋っている集団が目に付、気づかれないようにそっと近づく。
「―――がさ、―――で」
「え? 突き落とす? やりすぎじゃないの」
「―――ないの?」
「―――らないのよ、あのマリエなんとかって―――」
ところどころにしか聞こえない会話だったが、要点はつかめた。
頭に血が一気に登る。
そして隠れていたのに、思わずその少女たちの前に飛び出していた。
少女たちが一斉に青ざめた顔をする。
「今の話、どういうことだ?」
自分が出せるもっとも低い声で、少女たちをにらみつける。
いつもならば、オブスキィトとしての対面を気にしていられたが、そうは言ってられない。
少女たちはあっさりと白状した。
そして怒りにまかせて思いっきり脅しておいてから、アベルは走り出す。
湧き上がる怒りと焦り。
本当に階段から突き落とされるなんていうことが起きれば、間違いなく怪我をする。
アベルやレン、シェリアならば、そもそも突き落とされはしないだろうが、あの少女はそこまで自分に対する敵意に敏くないだろう。
―――間に合ってくれっ!
少女たちから聞いた階段を駆け上る。
息は切れているが、今はなりふり構ってはいられない。
最後の踊り場にたどりつこうとした時だった。
何かが落ちるような鈍い音が聞こえた。ついで、女子生徒のあざ笑うような声が聞こえてくる。
踊り場まで上がり、そして次の階段へとさしかかれば、そこにいたのは、階段の途中でうずくまる赤銅色の髪の少女。ゆるくウェーブのかかった髪は乱れ、体を抱きこむように押さえている。
それを見た瞬間、いいようのない怒りがこみ上げる。
それは、加害者に対してだけでないことに、流石のアベルも気づいていた。
そして、間に合わなかったことへの後悔。
それでも、流血沙汰にはなっていないことへの安堵。
一気に湧き上がる感情を持て余しながら、立ち上がろうとする、赤銅色の少女に近づいて、後ろからそれを手伝う。
そしてマリエが振り返る前に、階段の上をにらみつける。
こちらの少女たちの目が、泳いでいる。
「何やってるんだ?」
自分でも驚くほど冷めた声がでた。マリエを支えて立たせたあと、マリエを背に庇うようにして、前に立った。
「わ、私たちは、た、たまたま……」
「突き落としただろ?」
しどろもどろになってどうにかごまかそうとする少女たちに向かって、鋭く糾弾する。
「そ、その子がいけないんです!」
「マリエが何をした?」
自分の言葉に、自分ではっとなる。
それは、誰への非難だろうか。
「そ、それは……」
「もういい。先生に申告しとく」
言い訳しようと粘る少女たちをばっさりと切り捨てて、アベルは数段降りて、マリエのカバンを拾いあげる。
これ以上少女たちの言い訳を聞くぐらいならば、マリエを医務室に連れて行った方がいい。
マリエの方を見れば、立ち上がろうとしているが、体が痛みを訴えているようだ。
その姿を見ると、胸に深いどろどろした感情が湧き上がってくる。
それと同時に、自分への情けなさも募った。
「ちょっと……って、え?」
もう、それは衝動的だった。
カバンを持ったまま、マリエを抱え上げる。
「おろしてよ、誤解されるでしょ!」
マリエは身じろぎしているが、腕の中にあるぬくもりを、離したくないという思いから、どうしても、彼女を降ろしてやる気になれなかった。
「一人じゃ歩けないだろ」
思いのほか近いマリエの顔を、直視できなくて、そっぽを向いて言った。
それでも腕に力を込める。
レンの言葉が、今さらながらよみがえる。
―――守りきれない、か。
認めろと言ったあの言葉は、先ほど、間に合わなかった時に、感じた怒りと後悔と安堵をないまぜにした感情か。
「もとはと言えば―――」
「―――俺のせい、か」
言葉から伝わってきたいらだちを、そのまま受け止める。
赤銅色の瞳と視線がかち合う。
―――そうか。
感情をかき乱されるのは、そういうことかと納得すれば、自然と言葉は出てくる。
「悪かったと思ってる。ごめん。あんなにひどいと思わなかった」
「……えっと……」
彼女の目が泳ぐ。
「責任はとる」
レンは認めなければ、守れないと言った。
そして、たぶんそれはこういうことだったのだ。
「絶対、守るから……だから、おとなしくしてろ」
まっすぐに彼女の目を捉えて、そして、勢いからそんなことを言ってしまった。
次の言葉までが、長かった。
長く感じた。
「……アベルに守ってもらわなくてもいいわ」
「え?」
予想以上に冷たい言葉に、心が急速に冷える。
ここで怒りではなく、恐怖を感じるのも、そういうことなのだろうか。
「シェリアがいれば大丈夫よ」
だから、そういって、彼女が笑ったのを見て、とても安堵した。
「……でも、ありがとう。助かった」
その言葉に、ここまで心が揺らぐのは、そういうことなのだ。
「医務室まで、よろしくね」
あきらめたように身をゆだねてきて、そして彼女は顔を隠すように、アベルの方へおしつける。
早くなった鼓動を聞かれそうで、何より、その行動に混乱させられて、一度足をとめてしまいそうになる。
それでもできるだけ平常心を装って、歩き続けた。
ただし、腕には力をこめなおす。
自覚したその想いを、そっと、抱きなおした。
序章完結しましたっ(^^)/
まだまだスタートラインですが
ようやくアベルに進歩が……
まだ先は長いです。
それでもひとまず、
ここまで読んでくださった皆様に感謝です!
一応見直してますが
誤字脱字、あるいはご意見ご感想などあれば
書いていただければ励みになります!




