藍色少年の憂鬱
黒髪に深い藍色の瞳の美少年は、一人でぼんやりと歩いていた。
昼食を取りに食堂へ向かっているのだが、昼食前の授業は、昼食を共に食べるような友人がいなかったため、一人なのだ。
「れ、レンさん。こんにちは」
後ろから声をかけられ、振り向けば、金髪碧眼のトレリで最も標準的と言える容姿をした少女に声をかけられる。
「ターシャさん。こんにちは。ターシャさんも一人?」
「は、はい」
おどおどとうなずく彼女は、ただじっとこちらを見つめている。その頬は、心なしか少し赤く染まっている。
「あれ、レンとターシャ?」
その場に明るい声が聞こえて、そちらを見やれば、キースがこちらに歩いてきていた。
「たまたま会ったんだ」
「そっか。ターシャは誰かとごはん食べる?」
キースはターシャに向かって明るく笑いかける。
こういう愛想の良さが必要だよなと思いながら、二人を眺めていると、ターシャが首を振る。
キースがご飯を一緒に食べないかと誘えば、ターシャは今度は首を縦に振った。
「レンはどうする?」
「いや、俺は待ち合わせがあるから」
本当は特に決めていなかったが、とりあえずそういって、二人の方を見ることなく、その場を離れた。
学内を歩きながら、キースはきっとそういうことなのだろうなと考えていた。
同じ班と言うのは、基本的にはかなり接点がある。レンの班は、アベルがぶち壊しているせいで、少々疎遠になりがちだが、それでもやはり他よりは関わりがあると思いたい。
「アベルどうにかしないとな……」
彼のことがもう少し落ち着かないと、自分のことも話が進まないというのは、重々承知していた。
黒髪の彼女は、冷酷非情とされる女神に由来してシネラリアの女神と呼ばれている割に、ずいぶんと友人に対して情が深い。
去年からの付き合いだが、今年に入って、アベルの評価とともに、レン自身の評価も落ちているような気がして、少しへこむ。
「……ああ。でもしょうがないのか」
建物の陰にちらりと見えた影が気になって覗いてみれば、案の定、赤銅色の髪の少女が、金髪の少女たちに囲まれている。
様子をうかがおうかと思ったが、それよりこちらのが早いだろうと、レンはあえて足音を立ててその場に割って入る。
「何してんの?」
軽い調子で声をかければ、マリエを取り囲んでいた少女たちはいっせいにこちらを向いて、気まずそうにする。
そのあと、なにやらぶつぶつと言ってから、あるいは、レンに笑顔を向けてから、その場をそそくさと立ち去って行った。
「何、あれ?」
「……嫉妬よ嫉妬。さして仲も良くないのに。いい迷惑……」
マリエの言葉に、レンは苦笑せざるを得なかった。
「マリエはやっぱりアベルは嫌い?」
「……そうね」
ためしに尋ねてみれば、少し間をあけて、肯定の返事が返ってくる。
それでも即答ではないあたり、何か思うことはあるのだろうか。
「でもまあ、第一印象ほど悪くないわ」
赤銅色の瞳が、こちらを向く。
どうしてアベルはマリエを選んだのか、最近まで疑問だった。
「よっぽどだったんだな」
しかし今、彼女と目を合わせていて、なんとなく、アベルがマリエを選んだ理由が分かったような気がした。といっても、本人の自覚はないのだが。
「そりゃあね」
「今はなんで?」
「悪いと思ったら、謝ったり、態度に示そうとしたりする努力は見受けられるから、かしら。許す気はあんまりないけどね」
無邪気に笑って、それでも直球でものを言う。
かわいらしい顔立ちをしているが、予想外に意志の強い少女だ。
「ただやっぱり、女子の恨みは面倒だけどね」
マリエがため息をついて、カバンを探る。
その手がカバンの中で止まり、そして、ノートを手に持ったまま、カバンから出てきた。
「こんな悪戯、日常茶飯事よ」
「……うわ」
マリエが広げたノートは、お茶のシミが深くついている。悪戯というが、要するに、嫉妬ということなのだろう。
しかし、最近は朝食も一緒に摂っていないのだから、嫉妬をあおるようなことはないはずなのだが、どうしてそんなことになっているのか。
「ロリーナ・ソーンダーズが煽ってるのよ。あの子、アベルが私を庇ったのが気に入らなかったみたい」
肩をすくめていうマリエに、レンは思わず手を額に当てた。
「守りきれもしないのに、中途半端に守るからだ……」
「え? 何か言った?」
友人の不手際に、ぽつりとぼやいたレンの言葉は、マリエには届かなかったらしい。
「今度は何よ……」
赤銅色の少女は思わずためいきをついた。
レンとその話題について話してから、まだ半日も経っていないと言うのに、すでにノートが紛失するという被害を受けているのはどういうことなのか。
「ごめんラウリ、先に寮に戻ってて」
今日最後の授業が同じだったラウリに断りを入れてから、マリエは教室をひとつずつ丁寧に見て回る。
プリント提出のために、ラウリと二人で席を離れている間にやられたらしい。
今度はどこに隠されているのか、その根性に呆れる。
「うわ……面倒」
すでにほとんどの人が出払った中、途方に暮れて見上げるマリエを、くすくす笑いが責め立てる。
いらだってそちらをにらめば、彼女たちは笑いながら教室を出て行った。
「なんで本棚の上なのよ」
あえて見えるように置かれているのだが、マリエの背では届かないため、椅子をもってきて、その上に載ってノートを取る。
あれだけ人がいた中で、椅子をもってノートを上にあげたとは考えにくいから、適当にノートを放りあげたのだろう。
マリエが席を立った数分で、それをやってのける彼女たちの器用さには、ある意味では脱帽である。
憂鬱な気分になりながら、ノートをぱらぱらとめくって自分のものか確認したあと、かばんに放り込み、そのまま教室を出た。
早足で廊下を歩き、階段を一気にかけ降りようとした。
「え」
後ろから背中を思いっきり押されて、体が宙を浮く。
持っていたカバンを手放し、とりあえず受け身だけでもとろうと試みる。
それでも、十数段ある階段のいちばん上から落ちれば、かなりの衝撃がマリエを襲う。
地面と天井が何度か入れ替わる。
肩や足を打ち付けて、全身が痛い。
踊り場まで転がり落ちるのは、持ち前の身体能力でなんとか阻止できたものの、それでも六段以上は落ちただろう。
制服がスカートでなく、ズボンであったのは幸いだった。
「あら……ずいぶんとまぬけなこと」
「本当、いい気になってるから、足元がおろそかになるのよ」
「調子にのって浮ついていたんじゃなくって?」
空から降ってくる声に、どうにか反論しようと、顔をあげようとするが、全身が悲鳴をあげる。
「っう……」
受け身はそれなりにとれていただろうが、それでも体のあちこちをぶつけたため、体をゆっくり動かすので精いっぱいだった。
それでもどうにか立ち上がろうと手すりに手をかける。
「あ」
ふいに、後ろから体を持ち上げられて、マリエはその場に立たされた。
ラウリが戻ってきたのかと思い、後ろを振り向こうとしたら、それを遮るように、冷たく低い声がその場を制した。
次で一章完結予定!
いや、一章というよりは、序章かな……
どちらにしようか悩んでます。




