08. 新たな誓い
「すまなかった」
教会訪問から帰宅した夜、レンダオがシエラの元を訪ねてきた。
いつもは放置している傷の手当てをしているところを見ると、少なくとも前向きにはなったらしい。
(傷なんて大したことないから手当しないのだと思ってたけれど、あれは自傷行為の一種だったのね……)
よく考えたら、この細やかで抜かりない男が怪我の手当てをしないわけがない。普段から違和感のサインは見えていたわけだ、とシエラはため息をつく。
(この男は本当に、私が止めなかったら死のうとしていたのかしら)
けれど本気で隠そうとしたら、彼は一切勘付かせないこともできるはずだ。
だからおそらく、誰かに止めてほしかったのかもしれない。助けを求めていたのかもしれない。
けれどこんな形でシエラに気付かせるとは、なんだか腹が立ってくる。
「何がですか? 明らかに少ない護衛で私を危険にさらしたこと? 狭い密室を血生臭くしたこと? 私を巻き込んでおいて無責任に自分は抜けようとしたこと? 私を心配させたこと? 怒らせたこと? 泣かせたこと?」
「…………全部だ」
苦々しい顔でこちらを見つめるレンダオに、容赦なくシエラはたたみかける。
「……別に、私はあなたから謝罪を聞きたいわけではないんですけど」
そう言って目も合わせないシエラにレンダオは沈黙する。
「……もうあんなことはしない。お前を巻き込んだ以上、最後まで守る」
おもむろに跪いてシエラの手を取る。出会ったときにも見た、騎士として主に忠誠を誓うレンダオの姿。
(本当に様になるなぁ……)
シエラは呑気にそんなことを思った。彼はどうやら立ち直ってくれるらしい。
目の前のレンダオをじっと見つめる。黙っていれば、見惚れるぐらいにかっこよくて、いつも通りであれば一切の隙がなくまさに国一番の騎士様である。きっと誰にも脅かされない。
無言のシエラに、まだ怒りが収まらないと勘違いしたレンダオはおもむろに立ち上がってシエラに近づく。
「他に何をすればいい?」
いつもは完璧で嫌味たらしい男が、なんとも情けない姿だ。少し小気味良い。ふ、とシエラは笑みをこぼす。
「あなたが生きていてくれれば何も望みませんよ」
一介の小娘が国一番の騎士に望んでいいものなんてそれくらいだ。それに、アナスタシア王女もそう願っただろう。
「……そうか……善処する」
「はい。善処してください。もし死んだら殺してやりますから」
それは怖いな、と言ったレンダオの顔が少しだけ笑っていた。
「え!?」
初めて見る彼のほころんだ顔にシエラは思わず驚きの声をあげる。
「なんだ?」
すぐに怪訝な顔に戻るレンダオ。
「今、笑いましたよね? あなたが笑うのを初めてみました」
「人間だから笑いもするだろう」
「いや、今まで一度も笑ったことなかったですよ。笑う気配もなかった。……はは。そっか……そうかぁ……」
シエラは笑いながら涙がこぼれる。
「おい、どうした。また俺は何かしたのか?」
焦るレンダオがおかしくて、彼の様子にやっと安心して、シエラは涙がとまらない。
「これはいい涙だから大丈夫。ほら、もう戻って」
おず、と目の前で立ちすくんで無言のレンダオ。はやく行ってほしいのに留まっている。
「…………よくわからないが、俺のせいでまた泣いているんだろう。お前が泣き止むまではいる」
なんて鈍感で人たらしな男なんだろうと思う。
「それなら今日は一晩一緒にいることになるけど大丈夫ですか?」
「俺は今そんなにひどいことをしたのか……?」
「してないからもう行って。おやすみなさい」
シエラはレンダオを無理やりドアまで押し出す。
「……わかった。おやすみ」
心配そうにしているのがすごくわかる。彼は、こんなに表情が豊かだっただろうか。
それとも罪悪感からだろうか。そう考えていると、頬にレンダオの指が触れる。
優しくシエラの涙を拭って、やっとレンダオは去っていく。最後まで罪な行動を重ねた彼にシエラは思わずため息をついた。
「はぁ…………」
レンダオの気持ちは立て直した。しかし、今度は自分の気持ちを抑えられるかの問題が起こり始めた。
けれど。生きていればなんとでもなるか、と忘れることにしてひとまず眠りにつくシエラだった。
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