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06. 死にたがりの騎士

「あなたは、アナスタシア王女を守って大義の死を迎えたいんですね?」

 

 シエラはレンダオをまっすぐに見つめて問いかける。落ち着いてはいるが、その声色には強い怒りが込められている。

 不意の言葉にレンダオの瞳がほんのわずかに揺らいだ。しかし彼は黙ったまま、答えようとしない。

 けれど、シエラにとってはそれが十分な答えだった。

 

「……それで、あなたが死んだらアナスタシア王女の願いはどうなるんですか?」

「あなたなしで果たされると?」

 レンダオは何も言わず、腕を組んだまま視線を落とす。

 燃えるような赤い瞳は翳り、虚ろな表情は出会ったときの陰鬱な印象を彷彿とさせる。


「…………あなたが一番、わかっているじゃないですか。自分が死んではアナスタシア王女の願いはかなわないと」

「……………………」

「どうして……そんなわかりきっていることを、私はあなたに言わなければならないんですか?」

 

 巻き込んだのは、あなたなのに。

 逃げ場もなく、一歩間違えれば死が隣り合わせの状況が本当はずっと怖かった。それでも耐えてきたのは、レンダオがいたからだ。

少しずつではあるけれど、アナスタシア王女の悲願のために信頼を築いてきたと思っていた。

 それなのに。レンダオは何もかも放り出そうとしている。シエラを残して、自分は終わろうとしている。


「どうして……私があなたを、止めなければいけないんですか?」

 胸の奥が、じわじわと熱くなる。どうして。あなた自身が諦めようとしているものを、私が必死になって繋ぎ止めなければならないのか。 


 どうせ彼はもう答えない。

 ならば思っていることを全部ぶつけてやろうと思った。


「しっかりしてよ……」

 抑えきれない感情が、震える声に乗る。

「あなたも、アナスタシア王女も……なんで死んでいこうとするんですか」

 シエラの悲痛な叫び声が静かな馬車に響き渡る。


「巻き込んだ責任を、ちゃんと取ってよ……!」


 シエラはレンダオの胸を、めいっぱいの力で叩いた。

 一度、二度、三度。

 怒りだけではなかった。

 悲しさも、悔しさも、怖さも。全部を込めるように、何度もその胸を叩いた。

 

 叩いていた手が止まり、だらりと脱力する。そして、ひときわ小さな、震える声でポツリとつぶやく。

「死のうとしないで……。最後まで、一緒にいて……」

 シエラはうつむいていて、顔は見えない。だけど足元に、ぽたりぽたりと涙がこぼれているのが分かる。


 どうすればこの苦しんでいる人を救えるのだろうか。シエラにはわからない。

 きっとアナスタシア王女しか彼のことは救えない。

 

「アナスタシア様は残酷です。あなたにこんなに使命を背負わせて。」

 自分はいなくなるのに。

 残された人にはまるで呪いである。最愛の人の願いを叶えたい。けれど、どれだけ頑張って叶えてもその未来には愛する人はいない。

 それでは何のために頑張るんだろうか?

 アナスタシア王女が望んでいたから? 後を追って死ぬことを王女は望んでいないから? そんな綺麗事で立ち上がれる期間はたかが知れている。愛していれば愛しているほど綻びは訪れる。

 現にレンダオは限界が見え始めている。無謀な戦いに突っ込んで大義の死を望んだ。聡い彼が、それが意味することを分からないはずがないのに。

 

 ……けれど、彼が死んでは本当に何も叶わなくなってしまう。

 これまでの彼の苦痛も、アナスタシア王女の全てを捧げた献身も。

 それが、シエラはたまらなく悔しい。


 王女として過ごして知ってしまったのだ。

 レンダオの献身を。そして、アナスタシア王女の生き様を。

 彼女の生活には少しも自分がいない。レンダオよりもさらに合理的で自分の命にさえ興味がない。畏怖するほどに、民の幸福のために自分の全てを捧げている。

 アナスタシア王女に忠誠を誓うレンダオの気持ちが理解できた。シエラはアナスタシアとレンダオの姿に心から憧れて、そして力になりたいと思った。それは紛れのないシエラの本心だった。

 

 ……ならばシエラがやることは一つしかない。このレンダオを立ち直らせることだ。アナスタシア王女の悲願を叶えるために彼は絶対に欠けてはならない。


「……あなたはわかっているはずです。そうしてまでアナスタシア王女がやらなきゃいけなかった理由を」

 涙をぬぐって、シエラは顔を上げる。レンダオを再び見据えて精一杯の力で言葉を紡ぐ。

 

「たった半年ですが、アナスタシア王女がどんな想いで生きてきたのか、少しはわかったつもりです。それを、ずっと一緒にいたあなたが分からないはずがない」

 レンダオの表情がほんのわずかに揺らぐ。そうだ、彼は全て分かっているのだ。

 

「最後まで戦ってください。あなたは王女の願いを叶えなければいけません。アナスタシア王女のたった1人の最強の騎士なのだから」


「そしてあなたが敬愛するアナスタシア王女の偉業を、使命を成し遂げて証明してください」

 シエラは解けかけたアナスタシア王女の呪いを再び彼にかける。

 苦しみを共に背負う覚悟を決めて。


 レンダオは頷くことはなかったが、諦めたような顔をして目を閉じた。


読んでいただきありがとうございました。次回更新は明日の19時です。

また、明日10時に本作の前日譚の短編を更新予定です。

よろしければご覧いただけますと嬉しいです。


9/19~23のシルバーウィーク期間は毎日更新します。

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