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05. 違和感の外出

「明日は教会への定期訪問だ」


 王宮での公務に集中していたシエラだが、ここで初の外出イベント到来である。

 警備の厳しい王宮ですら襲われるのに、暗殺リスクが跳ね上がる外出は言わずもがな。危険に緊張感が高まる——はずが、シエラは安心しきっていた。

 刺客であれ嫌がらせであれ、いつもレンダオが一人で難なく対処するからだ。あまりに圧倒的なため、彼を倒せる人物なんているのだろうかと思う始末。シエラ自身も慣れてきて少しだけ緩んでいた。


 教会へ向かう馬車の中、向かいには血まみれのレンダオがいた。

 

 もちろん彼の血ではない。全て返り血だ。しかし、その夥しい血の量は戦闘の苛烈さを物語っている。王宮で少し平和ボケしていたシエラはアナスタシア王女の使命の重さを改めて実感する。

(そうだ、アナスタシア王女は殺されたんだ。彼女のまわりは敵だらけだった……。)

 

 アナスタシア王女としてしばらく過ごして気付いたことがある。

 彼女には味方が、ごくわずかしかいない。

 王宮を歩いていると、多くの人から敵意に満ちた視線を向けられる。交わされる言葉の端々に棘が込められている。もちろんアナスタシア王女は棘に棘では返さないけれど。

 アナスタシア王女がやろうとしていることを思えば仕方のないことではある。今の汚職にまみれた王政を正そうとしているのだから、甘い蜜を吸ってきた人からすると厄介そのものである。

 レンダオが言っていた通り、アナスタシア王女だけは民のために動いていた。

 腐敗を正すためにほとんどの業務に関わる激務に、周囲からの絶え間ない敵意、守りたい民からは王族とひとくくりに誤解され、休まる場所なんてほとんどない。

 けれどアナスタシア王女はそんなこと気に留めずに淡々と未来のためにやるべきことを進めていく。そんな王女をシエラも尊敬するようになっていた。

 

 血まみれの状況をものともせず、淡々としているレンダオにも彼とアナスタシア王女が歩んできた道の過酷さを垣間見る。

 馬車に戻ってきた時の表情に、出会ったときのような底の見えない暗さがみえてシエラは少し動揺した。……それを察したのか。

「すまない。数が多くて返り血を避けられなかった」

「いえ……大丈夫です。護衛増やしたほうがよかったのではないですか。私は無事でもあなたへの負担が大きすぎます。現に傷は増えてますよね?」

「問題ない。弱い奴がいても足手まといなだけだ。それに目立つと狙われるリスクも上がる。俺だけでいい。怪我なら慣れている」

 レンダオの言うことは一理ある。けれどわざわざ危険な目に合うと分かっていて対策しない彼に違和感を覚える。

 いつも抜かりない彼が急にどうして大胆になるのか。


「手当します。右腕を出して」

「あぁ。でもこれぐらい……」

「駄目です。あなたいつも傷を放置しますよね。自分の身体も大切にしてください」

 レンダオは少し目を見開くも大人しく腕を差し出す。

 シエラは手際よく手当てをしながら考える。彼は自分の力を過信するような人ではない。だから、おごりではないと分かっている。目の前のレンダオは平然としているし、それが今までも普通だったのかもしれない。微かな引っかかりを胸に残しながらも自分を納得させて手当を進めた。


 しかしその違和感は、すぐに確かなものとなった。


 教会からの帰路、またしてもシエラたちは襲われた。

 短期間で襲われることはないと護衛は増やさなかった矢先に、である。レンダオがここまでミスを連発することはない。明らかに何かがおかしい。

「俺が対処するから、鍵を閉めて。お前はここから出るなよ」

 そう言って険しい顔で出ていくレンダオ。しかしその口元、ほんのわずかだがレンダオの口角が上がっているように見えた。


 金属が激しくぶつかり合う音とうめき声がひっきりなしに響いている。ドアの隙間から見えた敵の数は10を超えていたように感じる。さすがのレンダオでも無謀なのではないかとシエラは気が気ではない。祈ることしかできないシエラはただひたすらに彼の無事を祈る。

 どれくらい経っただろうか。外は静かになった。無事に終わったのならばレンダオが戻ってきてもいいはずが、戻ってこない。

 怪我がひどくて動けないのかもしれない、そう思ったシエラは探しに行く覚悟を決めた。

 

 そっとドアを開けると、凄惨な光景に言葉を失う。無残に転がる人、人、人。御者は無事だが怯えて声が出せていない。返り血にまみれ、まるで悪魔を見たとでも言うように顔に恐怖が染みついている。シエラは彼にそっと毛布を掛けてレンダオを探しに行く。

 馬車から遠ざかる血痕を頼りに進んでいくと、レンダオの後ろ姿が見えた。しかし、その異様な雰囲気にシエラは思わず隠れてしまう。出会った頃のような、暗く近寄り難い重い空気を背負っていた。


 レンダオは跪いて自らの手を見つめていた。無事ではあるようだが、怪我はしているようで血がポタリ、ポタリと滴っている。

 レンダオの唇がわずかに動いたのを見て、シエラはそっとレンダオに近づく。

「……まだ弱い……これではだめだ……もっと……手強くなければ……」


「俺は……死ねない」

 シエラはレンダオの言葉をはっきり聞き取った。そして合点がいった。直近の彼の行動の違和感の正体に。

 レンダオに声をかけることもなく、ひとり馬車に戻るシエラ。


 ほどなくして、血まみれのレンダオが戻ってくる。無表情で、出会った頃のような虚な顔をしている。レンダオが腰かけるとシエラはゆっくりと話し出す。

「私は今まで、あなたが強いから護衛が増やされないのだと思っていました」


 静かに、しかし強い声色でレンダオに問いかける。

「けれど、違いますね。あなたはわざと増やさないのでしょう?」

 

 そしてシエラは怒りのこもった瞳でまっすぐにレンダオを見つめる。

「あなたは、アナスタシア王女を守って今すぐにでも死にたいんですね?」


お読みいただきありがとうございました。次回更新は明日の19時です。

9/19~23のシルバーウィーク期間は毎日更新します。

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