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狼の時代  作者: 閃紅
永禄十一年
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9/42

二人だけの旅路7

三郎左衛門が書院に戻ってきた時には澄海、三太夫、長門守、沢村と数人の地侍が残っているだけだった。

三郎左衛門が部屋に入ると、すぐさま長門守が声を掛ける。

「景狼殿はお休みになられたか」

かわらけを渡し、酒を注ぐ。

一息に飲み干すと呻いた

「美味い」

「三郎左衛門、それでどう見る?」

長門守が二杯目を注ぐ。

「なにがじゃ」

「景狼殿ことよ」

「ふん、あれはただの餓鬼じゃ」

三郎左衛門がつまらなそうに呷る。

「酒一杯で寝るとは、餓鬼よ」

三太夫が笑いながら窘める。

「そう言うな、三郎左衛門よ」

「聞けば景狼殿ははじめて山を降りたと聞く」

「冴殿の話じゃ、阿保から比自岐、そしてここ平楽寺に来たようじゃ」

「霧生の山の中じゃ、あれ程人はおらん」

「疲れもするだろうよ」

三郎左衛門がつまらなそうに鼻を鳴らした。


「そんなことより、景狼殿は関白の迷い子か否やが重大であろう」

壮年の地侍がかわらけを音を立てて床に置く。

「長門守、どう見る」

三太夫が隣の長門守を見る。

「わからん。手の者によれば珠洲殿の子であることは確かなようじゃ」

「珠洲殿は京の出でしたな」

澄海が思い出すように目を閉じて見上げる。

「聞くところによればどこぞの公家の御息女とのこと」

「ふん、京の姫君が山猿の嫁と今思えば滑稽な話じゃ」

赤焼けた顔の地侍が吐き捨てるように言った。

「左様、そこが面妖なところよ」

「どういうことじゃ」

赤焼けた顔の地侍が食いつく。

「考えてもみよ、黒峰は関白の影であることは伊賀の者なら皆知っておることよ」

三太夫の話に皆頷く。

「じゃが、それと関白の縁がある娘を娶る、とは別の話じゃ」

「なるほど、それもそうでございますね」

沢村が何度も頷く。

「ならばじゃ、こう考えるのはどうじゃ」

壮年の地侍が声を抑えて言う。

「景狼殿は関白様の胤ではないか」

「関白様が珠洲殿に手を付けられた」

「じゃが珠洲殿の身分が低く、公には出来ん」

「そこで黒峰に珠洲殿を斡旋された、というのは」

「なるほどのう」

赤焼けた顔の地侍が膝を打つ。

「そういえば、景狼殿は景秀とは似ておらなんだな」

澄海が思い出すように言う。

「ふん、酒が飲めんのは似ておるがの」

「今日の膳、味が違うの、気付きもうしたか」

沢村が皆の顔を確かめるように見回した。

澄海をはじめ全員が首を横に振る。

「そうでございましょう」

「某も気付かないくらいです」

「それをあの方は気付き申した」

「あの方は間違いなく関白様の御子」

「間違いないでございます」

沢村が納得したように頷く。

「じゃがのう、霧生でだぞ、霧生であのような膳食べれると思うてか」

三郎左衛門が反論する。

「確かに食べていないでしょう」

「お血筋のなせる業でございましょう」

沢村が胸を張って言う。

「血なぞ、下らん。あれはただの餓鬼ぞ」

「山猿ならぬ山狼じゃ」

三郎左衛門が沢村に牙を剥く。


「仮にじゃ、景狼殿が関白様の御子としたら、どうする?」

三太夫が三郎左衛門を抑えつつ、言葉を発した。

「前の目論見通り、甲賀を助けるか」

「それとも景狼殿を立てて織田と戦うか」

三太夫以外の皆が考え込む。

「こういう手はどうじゃろう」

「どういう手じゃ、長門守」

「景狼殿を通じて関白様のお力を借りる」

「関白様に織田を抑えて貰い、その間に甲賀・伊賀・長島で一斉蜂起する」

「それはなんとも大それた手じゃな」

澄海が態とらしく驚く。

「面白いのう、黒峰は戦わんからそれならうまくいきそうじゃ」

「長島は儂に伝手がある。儂に任せられよ」

三太夫が不敵な笑みを浮べる。

「三太夫殿が動いてくれれば、間違いないじゃろう」

長門守が膝を打つ。

「ふん、織田なぞ我らだけで十分よ」


「では前祝いと参ろうかの」

既に髪に白いものが混じっている地侍が立って、かわらけを掲げる。

「おお、そうじゃ」

皆が立ち上がり、からわけを掲げる。

三郎左衛門だけが見向きもせず座って飲んでいた。

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