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狼の時代  作者: 閃紅
10/14

二人だけの旅路8

景狼を残し、三郎左衛門が去っていた後、部屋として充てがわれた僧坊には玲と冴が残っていた。

「景狼様、疲れてしまったのね」

寝息も立てず寝入ってる景狼えお見て冴が言う。

「若君は今日はじめて山を下りて町に来たので、お疲れになったんだと思います」

玲が嬉しそうに景狼の寝顔を見つめる。

「それにお酒も初めてだったと思います」

「あらそうなの…霧生では飲んでないの?」

「はい。父上も飲みませんから」

「そうだったのね」

「あとここの人たちにも…慣れない感じでした」

「ああ、それは仕方ないわね」

「ところで今宵はわたしのところに来ない?」

「え、でも若君がおりますし。付き人ですから…」

「大丈夫よ、ここに景狼様に手を出せる者なんていないわ」

「さ?行きましょう」

玲は立ち上がると景狼を一度見る。

頷くと冴に続いて出て行った。


冴に充てがわれた部屋は景狼のいた部屋と違っていた。

部屋の襖を開けると、まず濃密な白檀の香りと、灯明の焦げた油の匂いが鼻を突いた。

奥に据えられた行灯の、頼りない橙色の光に照らされている。

黒光りする板床の奥、そこだけ結界のように重ねられた高級な畳があり、その上には獣の毛皮が敷かれていた。

そこに横たわるのは、真綿を厚く含んだ、人の形をした巨大なふすま)である。

暗がりの中で丸々と膨らむその姿は、まるで大男が一人、背を向けて潜んでいるかのような、得体の知れない威圧感を放っていた。

「な、何かいます」

玲が衾を見て素早く懐刀に取り出す。

急に緊張感を漲らせた玲の様子に冴は一瞬目を丸くしたが、視線の先を見て笑った。

「なるほど」

「玲、大丈夫よ」

「これは衾よ」

冴が衾の側に行く。

「衾?」

玲が恐る恐る懐刀を手に近いて行く。

「わたしも初めての時はびっくりしたわ」

「これを着込むのよ。温かいわ」

「触ってみて」

玲が手を伸ばし、触る。

確かに綿が一杯でふわふわしている。

「もう一揃えあるから、玲も着てみて」

「その前に平にしましょう」

冴の指示で重なっている畳を平にする。

「これでいいわ」

「これを」

冴は隅にあった衾と掛布を玲に手渡す。

冴は衾を身に着けて、寝転がり、掛布を掛けると、玲を見た。

玲は冴を真似て同じように隣に横たわる。

「玲、これからいろいろ話すわ」

「その前にこれだけは信じて」

「わたしは玲、あなただけの味方よ。景狼様でも、黒峰でもなく」

「え」

玲が驚く。

そして冴の独白が始まった。


「わたしは玲と同じなの」

「わたしは多羅尾光俊の娘だけど、本当の子では無いの」

「無もなき孤児がわたし」

「おそらく何かに使えるかと思ったのでしょうね」

「自分ではわからないけどわたし、綺麗なんだって」

冴が自嘲めいた笑みを浮べる。

「そうしてわたしは多羅尾の娘として育てられたわ」

「細作としてね」

「甲州の『ののう』みたいに、各地を回って情報を集める女よ」

「時には身体も使ってね」

「でも男に抱かれたことはないわ」

「そんな日に関白様から黒峰に向かって文が出されたとの知らせが来て、阿保で待ってたの」

「そうしたら景狼様と玲が来た訳」

「二人が町に入ってからずっと見てたわ」

「不思議な二人だった」

「いろいろな人を見てきたけど、あんなに惹かれたのは初めてよ」

「でも仕事なので身体を使って情報を集めようとしても見向きもされなかった」

「自信あったのに」

玲が可笑しそうに笑った。

「でも余計気になるようになったの。でもそれは景狼様じゃなくて、あんなに素直に話してしまう玲よ」

「なんか放っておけないな、って」

「わたし、姉妹いないから妹みたいに思えたのかも」

冴が玲を見た。

玲が冴の切れ長の目を見ると、微笑んだ。

冴もうれしそうに微笑む。


「大事なのはここからよ」

「さっき見たとおり伊賀は一人じゃないの」

「今織田様が京に来られた」

「六角様が南近江を追い出された」

「今は甲賀に隠れている」

「でも落ちるでしょ」

「織田様は勢いではなく考えられてるように見えるわ」

「先も備えているように見えるの」

「だからいずれ甲賀も下るでしょうね」

「そうなると次はここ伊賀だわ」

「伊賀は南近江と違って大名がいないのよ」

「だからもし織田様と戦うとなるとさっきの惣国が戦うしかないの」

「でもバラバラなのよ」

「だから景狼様を旗頭にできるかを見定めてたの」

「ましてや景狼様は珠洲様の御子」

「関白様の縁続きだわ」

「で今関白様のお召しで景狼様が京に向かっている」

「景狼様は関白様と珠洲様の御子だと思い込んでるのよ」

「滑稽な話よね、そんな話ある訳ないわよね」

「そうです。若君は父上と母上の子です」

初めて玲が口を挟んだ。

「その通りよ。でもね、人は信じたいものしか信じないの」

「惣国のような考えを持つ人はこてからも出てくるわ」

「だから覚えていてね」

「あと、明日は早く出た方がいいわ。面倒になるから」

「さ、もう寝ましょう」

玲は頷くが、冴から話がよく飲み込めず考え続ける。

そのうち眠りに入っていた。

10話まで来ました。

これも皆さんが読んでくれてるからです。

いつもありがとうございます。

これで平楽寺とはお別れで次の地へ二人は向かいます。

まだ1日目が終わっただけですが。

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