十兵衛の知らせ
左近衛中将(足利左近衛中将義昭)が自分の部屋に戻ると家臣の者が十兵衛(明智十兵衛光秀)の来訪を告げた。
座るまでもなく、今の今までいた部屋へ戻る。
十兵衛は既に部屋におり、頭を下げている。
「十兵衛、如何した」
左近衛中将が十兵衛の前に座った。
「はっ。お知らせしておきたき儀があり、罷り越しました」
「うむ。聞かせよ」
「然らば、先日お話させていただいた黒峰の件でございまする」
「黒峰…おお、あの大きな狼の話じゃったか。あれは面白き話よ」
左近衛中将が笑った。
「左様。本日その黒峰が狼を連れ町を暴れているとの知らせを聞き、『牡丹屋』へ確認に参り申した」
「ほほう。それで」
「ただ散歩していただけのようで、暴れてはおり申さず、被害もございませんでした。ですが、気になる話がござりました」
「気になる話とな」
「ちと待て。弾左衛門(三淵弾左衛門尉藤英)と兵部大輔(細川兵部大輔藤孝)にも聞いてもらおうぞ」
「誰か、弾左衛門と兵部大輔を呼んで参れ」
左近衛中将が部屋の外に声を掛ける。
直ぐに部屋付きの家臣が呼びに行った。
弾左衛門と兵部大輔は揃って入ってきた。
二人が座ると十兵衛は再び話し始めた。
「先ず話は二点ござりまする」
「一点目は内野に織田を騙った足軽がおり、立ち入出せないようにしていたということでございまする」
「どういうことじゃ」
「内野の中ほどに野盗注意の高札があるのでございまするが、そこに足軽がおり、近づく者に『織田の陣ゆえ入るな』と」
「真にけしからん。織田は京を我が庭と思うてか!」
弾左衛門が膝を叩く。
「これは騙りでござりまする。織田は陣など作っておりませぬ」
「では何ゆえ、そのような事をされるのじゃ!?」
「十兵衛殿。その足軽は何者じゃ。お主のことじゃ確かめたのであろう」
兵部大輔が顎を擦りながら言った。
「いかにも。某が見に行き申したが、おりませぬ」
「内野に何かあったということか、十兵衛よ」
左近衛中将が十兵衛の顔を見る。
「如何にも。まだあったかもしれぬ、としかお伝え出来ませぬが」
「そこは念には念をじゃ。兵部大輔よ、少し内野を調べさせよ」
「御意」
兵部大輔が頭を下げた。
「それが一点目か」
「公方様。左様でござりまする」
「二点目でござりまするが、こちらの方が警戒を要するかと」
「それは早く聞かねばならない。申してみよ」
「八幡にて三好の軍勢が確認されたと」
「何じゃと。それは真か」
「真でござりまする。黒峰の信頼できる筋からの知らせによりますれば」
「十兵衛よ、どの程度の規模じゃ!?」
弾左衛門が睨む。
「10000は下らないかと」
「10000じゃと!」
左近衛中将と弾左衛門が同時に叫んだ。
表情は違っている。
左近衛中将は表情を青白くし、弾左衛門は笑ってるように見えた。
「弾左衛門!何を喜んでおる!?」
兵部大輔が眦を鋭くする。
「いや、これは…早い時間で三好の知らせを聞いたものじゃから」
弾左衛門が慌てる。
「公方様。先ずは各地に警戒と援軍を要請しては」
兵部大輔が左近衛中将に向き直る。
「上総介様には某が既に知らせをお送り申した」
十兵衛が言う。
「織田の兄上様にはまた面倒をかけてしまうな」
「公方様。上総介殿がまた京にお出でになればまた会えまするぞ」
弾左衛門の言葉に左近衛中将は複雑な表情を浮かべた。
「それにしても黒峰は何ゆえ、我らに知らせたのか。それに何ゆえ、このような事を知れるのか」
兵部大輔が腕を組んで唸った。
「そこは近衛様のお力でござろう」
左近衛中将が応えた。
「近衛様は荘園や寺などと繋がりが深こうござるゆえ、知ることは可能であろうが、それを早く届けることは別かと」
「兵部大輔よ、もう少し詳しく」
「某の家にも少ないながら知らせを貰える元がおるがその知らせを届けるのに日数がかかり申す」
「なるほど。確かにのう。十兵衛よ、いつごろ届いたかわかるまいな」
「それは存じませぬ。確認もしておりませぬ。先ずは知らせるのが先と」
「それと近衛様が京におらぬにもかかわらず、京にこのような知らせが届くのは如何なる理由か。近衛様の元にも届いておるのか」
「近衛様がいなくともこれほど素早く知らせを取れるとはさすが近衛様というべきであろう」
左近衛中将が何度も頷く。
「公方様、近衛様は油断なりませぬ!京におらぬでも安心出来ませぬ!」
弾左衛門が叫んだ。
「弾左衛門よ、お主の忠節は嬉しく思うが、近衛様も日ノ本の安寧を願う者ぞ」
「公方様はお優しすぎまするぞ」
「そう言うな。一日も早よう戦を無くさねば民の苦しみは続くのじゃ。皆で協力せねばな」
「それはそうと、十兵衛、各地に助力の要請と、京の守りを増やすのじゃ」
「はっ。して松永の家にも知らせと助力を?」
「それは儂から文を書こう」
「御意。然らば失礼申し上げる」
十兵衛が一礼すると、部屋を出て行った。
「公方様。ここの守りを強固にされては」
弾左衛門が文を書き始めた左近衛中将の傍に寄る。
「不要じゃ。先ずは京の守りを優先せよ」
左近衛中将が顔も見ずに言った。
何か言いたそうな弾左衛門の肩を兵部大輔がそっと叩いた。
「御意。公方様の仰せのままに」




