若江、そして八幡
「今、戻りました」
少輔太郎が部屋に入ってくると、部屋を見回した。
「他の方々は?」
「今はおらん。気軽に申すがよい」
「では」
少輔太郎は戸を閉めると近衛の向かいに座った。
「で、どうじゃった」
「はい。玲の申す通り、『千本通』の先、丹波口の手前に内野の中に入る小道があり、そこに高札があり申した」
「で、どのようなものじゃったか?」
「それが『この先、野盗出没あり、見かけた者は町組に届け出よ』と」
「織田の陣は無かったと申すか」
「御意。その先には陣どころか足軽一人も見当りませぬ」
「どう見る、景秀」
「景狼も玲も文字は読めぬゆえ、言われたことは申したまでかと」
「それはよい何ゆえ、そのような事をしているのかじゃ」
「京の町では、野盗の話は先年より聞いておりまする。織田様が来て食えぬ者や逃げた者が野盗に成り下がったようで増えてるとのこと」
「では野盗の話は真として、内野に面した辻で建てないのはどうしてじゃ。その方が町の者が見るであろう」
「それは恐らく辻に立てば邪魔だからではないかと」
「どういう意味じゃ、少輔太郎…見なければ意味なかろう」
「『千本通』は丹波から商売人や軍勢が頻繁に通るところ、そこに目立つような高札が立てられては。それに京の町の者も文字が読めぬ者も多く、高札自体、あまり見ておりませぬ」
「なるほど。それで傍に人が立っていたということですな」
景秀が手を打った。
「文字を読めぬ者に申しても確かめる術はないからのう」
「では近衛様は玲が会った足軽は織田ではないとの仰せでござりまするか」
「早まるでない、景秀。そう考えることも出来るというだけよ。あとは織田に聞くしかあるまい」
「お館様。雉平より知らせが」
部屋の外から霞の声がした。
「入れ」
景秀が短く命じると、霞が戸を開け、入って来る。
黒布に包まれたものを景秀に手渡すと、頭を下げ、部屋を出て行った。
景秀が素早く布を剥ぎ取ると、細長い木切れが現れた。
景秀が木切れに書かれた文字を読み上げた。
『日が上る前 三好菱 若江 姿無し』
「若江は無事でござろうか。三好は何処へ」
「既に三好勢がおらぬことしかわかりませぬ」
「景秀、三好は何処へ向かったと見るか」
「わかりませぬ。亀の瀬から知らせがあれば、奈良の可能性が」
「弾正が留守の奈良を狙うか…じゃが多聞山を落とすのは難しかろう」
「御意。某も未だ見たことはござらぬが、恐らく当世一の城とのこと」
「まずは妙顕寺へ知らせまするか」
少輔太郎が近衛の顔を見る。
「いや、待て。まだ奈良と決めつけるには足りぬ」
「お館様。お甲からの知らせでござりまする」
再び、霞が現れ、手にあった白い布に巻かれたものを差し出した。
景秀の顔に緊張が走る。
布を剥ぐと、札が現れた。
札には一言だけ書いてあった。
『三好菱』
「霞、お甲は何処におる?」
景秀の問いに素早く応えた。
「八幡かと」
「八幡とは?」
少輔太郎が口を挟んだ。
「八幡宮じゃ、ということは三好は京へ来ると申すか」
「近衛様。そう見ることはできまするが、淀に現れるまではわかりませぬ」
「そうじゃな。景秀の言う通りじゃ」
「お館様。八幡から淀はすぐでございまするが、川を渡らねばなりませぬ。多くの兵が渡るのは難儀かと」
「霞の言う通りよ。川があったのう」
「景秀、仮に三好が京に向かうとしたらいつ頃来る?」
「されば、日中でなければ川を渡ることは難しいかと。夜は無理でござろう。既に淀に着くやもしれませぬ」
「確かに。この寒さでは川に入るのは命を落とすやもしれませぬな」
少輔太郎が頷いた。
「景秀、淀と川を見張らせよ」
「御意…霞、淀とそれから楠葉に天狼を」
「はい」
霞が部屋を出て行った。
日はもうすぐ中天へと達しようとしていた。
今回の話は三好勢の動きを近衛達が追って行く話になります。
歴史を知ってる方なら結末はご存知かと思いますが、前話や今までの話を思い出しながら読んで頂くとより楽しめるようになっています。




