天狼からの知らせ
烏丸(烏丸光宣)が『牡丹屋」で白狼に怯えていると、更に店の奥からこの『牡丹屋』の主人、少輔太郎が現れた。
表情に厳しいものが浮かんでいる。
少輔太郎が近衛(近衛前久)に耳打ちすると、近衛も厳しい表情で頷いた。
「相分かった」
少輔太郎はあややに頷くと、店の奥へ戻って行った。
「光宣よ、珠洲は夫も子もおる。ゆめゆめ忘れるでないぞ」
近衛も少輔太郎に続いて奥へ入って行った。
近衛の姿が見えなくなると、あややが何枚かの懐紙を渡して言った。
「店閉めますので、烏丸様。それではまたお待ちしております」
「え?」
あややが烏丸を外へと追い出して行く。
烏丸はされるがまま、砂利の敷かれた前庭へ追い出された。
白狼がゆっくりと店の前に座った。
いつもの座敷ではなく、奥まった座敷に少輔太郎と近衛は向かった。
部屋には既に、景秀と霞の姿があった。
近衛は自然に上座に座り、霞、景秀、少輔太郎と対面する形となっている。
「景秀、知らせが届いたか」
「御意。今さっき届きました」
「うむ。早速聞こう」
「は。霞」
景秀は隣の霞を促した。
「では、中天…平野…北、でござりまする」
霞が短く言い終える。
「平野から北か…若江か」
「御意。ほぼ若江に向かっているで間違いはござりませぬ」
景秀が頭を下げる。
「若江というと、三好は下剋上されるおつもりか」
少輔太郎が向かいの近衛の表情を伺う。
「三好に限らずじゃ…北条も斎藤も、そしてお主の父もやっておるわ」
近衛が冷たい声で言った。
「確かにそうでございまするが…」
少輔太郎が言い淀んだ。
「何を申す。先の左京太夫(三好左京太夫長慶)とて同じよ 」
「先の左京太夫とは三好家の先代当主でございますか」
「そうよ。あ奴も下剋上で畿内を獲ったのよ」
「それは存じませなんだ」
「無理もないわ。安芸は離れておるでの」
「少輔太郎殿。元々日向守殿(三好日向守長逸)と左京太夫殿(三好左京太夫義継)の仲はよくない。畿内の三好は阿波の十河を蔑んでおりまする」
「左京太夫の母は九条の娘じゃ。下に見ておった日向守としては面白くもなかろうよ」
「筑前守(三好筑前守義興)が継いでおればこのようなことにはならんかったと思うがの」
「いずれにしても左京太夫は助けねばならん…九条の血は絶やせん」
「近衛様、九条は近衛様の敵では?」
少輔太郎が首を傾げてから言った。
「政敵であっても同じ摂関家じゃ、無くなってよいものではあるまい」
「左様ですか」
「今の左京太夫殿に日向守殿に勝てる力はございますまい。織田殿も松永殿も不在であれば籠って通り過ぎて待つやもしれませぬ」
「景秀の言、尤もじゃ」
「なれば先ずは近衛様が若江の知らせを集めることが肝要かと」
「どういう意味じゃ、景秀」
「左京太夫様にはお傍に多羅尾左近太夫殿(多羅尾左近大夫綱知)がおられる筈」
「おお、そうじゃ。多羅尾がおったわ。これは少輔太郎の役じゃな」
「は。直ぐにでも多羅尾殿に連絡を取りまする」
「少輔太郎殿、天狼をお貸し致そう。文を頂ければ、天狼がお届けする」
「霞、委細わかったな」
「わかりましたでございまする。少輔太郎様、文お預かり致しまする」
「少輔太郎、くれぐれも軽挙妄動は慎めと、伝えよ」
「はっ、ではこれより仕度しまする」
少輔太郎が近衛に頭を下げると、部屋を出て行った。
霞も頭を下げて席を立つ。
部屋に残ったのは、近衛と景秀だけだった。
近衛が近くに寄れと合図をすると、景秀がにじり寄った。
「で、次なる手は打ったのであろうな」
「御意。若江の状況が変わり次第、連絡をするようにと。あと枚方で三好勢が現れれば知らせがくる手筈」
「うむ。若江から京に向かうとは思えんが…念には念をじゃな」
「御意。某もまさかとは思いまするが」
「枚方からだと、どれくらいで知らせが来るのじゃ」
「枚方からなら、天狼なら朝出て中天には着きまする」
「さすがじゃのう。馬よりも早いのう」
「馬ではあの泥濘んだ道は走れますまい」
「それもそうじゃ。狼凄いのう」
「はあ。」
「ところでの、景秀はいつ儂を父と呼ぶのじゃ」
「いえ、そればかりは。某の方が十近くも上でそれは赦してくだされ」
「本当につまらんのう」




