玲の旅
今回の話は景狼は京の町を散歩して帰ってきて倒れてるのに対して玲はずっと張り詰めたままでしたので、玲の京までのたびを終わりにしようと思い、この話を挟みました。
近衛邸から戻った後、珠洲と玲が待っていた。
三人は景秀と珠洲に充てがわれてる部屋へと向かった。
緊張気味の玲と相対するように景秀と珠洲が座っていた。
「珠洲から、儂に話があると聞いたが」
景秀が穏やかに言った。
「父上だけでなく、…母上にもです」
玲は目を伏せたままだ。
「どうしたのです、玲。改まって」
珠洲が固く握った玲の手を包んだ。
「わたし、若君をお助けしようと…でも出来ませんでした」
「若君を危なき目に合わせてしまいました」
玲が涙を零さんと必死に耐える。
「危なき目とは…南都で倒れたことか」
景秀が変わらぬ調子で尋ねる。
玲がコクリと頷いた。
「あれは白狼丸にとってしかたなきことです…お前が気にすることではありませぬ」
「しかし母上…わたしは母上に教えていただいたのに…何も助けられませんでした」
「京に無事に着いたではないか。それ以上に何を望むのじゃ」
「そうです。お前はわたしと阿保にしか行ってないではないですか。それでも京に来られたのですよ。わたしでは来れるかもわかりませぬ」
「玲よ、儂は無事に京に着いてくれたこと、何より嬉しく思うぞ。これは黒峰の頭だけでなく父としてもじゃ」
「父上…」
玲の目から涙が今にも零れそうになっている。
「玲、こたびの旅はどうだったのです」
「そうじゃ、儂に旅の話、聞かせてくれんか」
景秀がニカッと笑った。
「はい」
そして玲は京までのことを話しだした。
出て早々景狼が嫌がって動かなくなったこと。
阿保の町で冴(多羅尾冴)と会ったこと。
平楽寺で再び冴と会って、一緒に寝たこと。
新八(柘植新八)と会って、怖かった川下りのこと。
柳生の地で出会った柳生の人々のこと。
松吟庵という綺麗で不思議な人と会ったこと。
新次郎(柳生新次郎厳勝)も一緒に旅したこと。
多聞山城という不思議な城にびっくりしたこと。
そして奈良の町で若君を助けてくれた僧侶と町の親子のこと。
全て話した。
それを黙って二人は聞いていた。
「冴とは…」
「多羅尾冴です。何かと助けてくださいました」
「多羅尾?甲賀のか!?」
「はい。とても綺麗で大人の人でした」
「驚いたわ。甲賀と、それも多羅尾と縁を作るとは」
「お前様、どういうことです」
「いや玲が多羅尾の娘と縁を結んだ…多羅尾といえば織田にいち早く与した。これから注目される家ぞ」
「で、その冴とはどんな感じじゃ」
「一緒に風呂に入ったり、素敵な小袖もいただきました」
「風呂ですか…大事なかったのですか」
「はい。優しくしていただきました」
玲が嬉しそうに言う。
「お前様、よくしてくれただけでなく、素敵な贈り物まで…何かお返しをしないと」
「そうじゃな…多羅尾も近衛様と近い家じゃ。近衛様に話してみよう」
「そうですね。玲、その小袖、後で見せておくれ」
「はい。母上」
「あと気になったのは松吟庵なる人物じゃ」
「前に父上が新左衛門様(柳生新左衛門宗厳)と松吟庵様をお助けしたと申しておりました」
「はて…覚えとらんな」
景秀が腕を組んで唸る。
「お前様、柳生を通った時に戦に巻き込まれたと話されておりました。柳生様とそこでお会いしたと」
「おお、思い出したわ。帰る途中、何やら煙臭くての…行ってみれば襲われておった」
「昔は儂も若かったでのう。ついじゃ、本当につい暴れてしもうたんじゃ」
景秀が頭を掻きながら笑った。
「松吟庵様は新左衛門様の兄上様です」
「なんと!」
「玲、お前、それは柳生の秘中の秘では」
「普通に教えてくださいました」
「珠洲よ…これはもう儂らには持て余そうぞ」
景秀が珠洲の顔を見て渋い表情をする。
珠洲は首を振る。
玲は二人の様子が目に入らないのか、楽しそうだ。
「他に何かお聞きしたいことは」
「おお、そうじゃな。うむ、景狼を診てくれた玄庵なる僧侶じゃ」
「玄庵様は奈良で若君が倒れられた時に胤栄様(宝蔵院胤栄)が呼んでくれたお坊様です。医術の心得があるとのことですごい方でした」
「待て待て…今胤栄と言ったか」
「はい。胤栄様です。興福寺の」
「まさか…宝蔵院の胤栄殿か」
「宝蔵院…ああ、確かにそう申されておりました」
「何ゆえ、胤栄殿が…」
「お酒一緒に飲みました…美味しかったです」
「まさか興福寺とも縁が…儂にもないものじゃ」
「玲よ…役目としても十分すぎる成果よ。誇ってもよい」
「そして父としてはお前がいろいろな人と出会うことが出来て嬉しいぞ」
景秀が頭を下げる。
「父上…」
玲の涙が止まらなくなった。
堪らず景秀に抱きついた。
珠洲が微笑んでる。
「玲、よくやりました。母も嬉しいですよ」
「母上…」
今度は珠洲に抱きついた。
珠洲が玲の背中を優しく叩いた。
「玲よ。何か望みはあるか」
「父上様。わたしはもっと若君をお助けしたいです」
「いや。十分すぎるのじゃが…」
「玲、お前はこたびの旅は楽しかったですか」
「はい!楽しゅうございました」




