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狼の時代  作者: 閃紅
永禄十二年
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景秀の知らせ

景秀(かげひで)は『牡丹屋』の地下道を通って近衛邸まで向かった。

地下道は行き止まりになった。

天井に鈴が垂れ下がっている。

景秀が鈴を鳴らした。

壁の向こうから声が聴こえて来た。

「紅き牡丹は」

「白き霧が覆う」

景秀が小声で応える。

鈍い音を立てて、壁の一部が内側へ開いた。

そこには高来(たかき)が立っていた。

「これは景秀殿」

「近衛様に至急のお目通りを」

「ではこちらへ」

高来が景秀を連れて地下道を進み、階段を上っていくと弱いが光が差してきた。

階段を上り切ると、板戸があった。

高来が板戸を開けると、近衛前久が積み重なった文に目を通していた。

景秀を部屋に通すと、板戸を閉める。

「景秀、何用じゃ」

近衛が景秀の顔を見ずに言った。

「昨日、三好菱の旗、100町…京へ」

景秀が先ほど天狼がもたらした知らせをそのまま伝える。

「何ゆえ」

近衛が景秀を見た。

「わかりませぬ。黒峰は伝えるのみ」

景秀が低く言った。

近衛が溜息をついた。

「そんな杓子定規はよい。今はお主と二人じゃ。存念を申せ」

「しからば何もかも腑に落ちませぬ。今の三好に動かせられるとは…」

「続けよ」

「先の京、大和での敗退。今三好には兵も金子もあるとは思えませぬ」

「左京大夫(三好義継)は今は若江じゃな」

「御意」

「ふむ…では京ではないか」

「そこは未だわかりませぬ。平野、誉田、枚方、木津、淀、亀の瀬からの知らせ待ちかと」

「京でなければ何処が考えられるのじゃ」

「若江…その先の大和…」

「若江じゃと」

「御意。三好は左京大夫様と日向守(三好長逸)殿は敵味方に分かれており、ここで左京大夫殿の力を削ぎ、三好の実権をと」

「なるほどのう。それで平野、誉田、亀の瀬からの知らせか」

「御意」

「じゃが大和は無いじゃろう。弾正はおらずとも、筒井も今は疲弊しておるじゃろうし、合力は難しかろう」

「御意。某も大和は無いと存じまするが念の為」

「うむ。それでよい。平野、誉田からだと本日中にはわかるな」

「御意。日暮れまでには」

「うむ。では動くのはそれからじゃ」

「御意。ではこれにて」

景秀が頭を下げて立ち上がろうとする。

「景秀、お主に相談したいことがある」

「何事でござりまするか」

「今川治部大輔(今川治部大輔氏真)のことじゃ」

「今川…黒峰は畿内しか見ておらぬので。あいにく何もわかりませぬが」

「治部大輔が徳川と武田に攻め寄られておる」

「はあ」

「少輔太郎(しょうたろう)が仲を取り持って、治部大輔を助けてくれと言うのじゃ」

「はあ」

「儂も助けたいのは重々じゃ。今川の血は絶やしたくは無いが…」

「それで某に今川を見て来いとのことでござりまするか」

「儂は今、京を離れられん。儂の文を届けるだけでもよいのじゃが」

「黒峰は畿内のみ。天狼は外にはおりませぬ。近衛様の力を使われた方がよいのでは」

「誰かではなく信用するお主に頼みたいのじゃ」

「はあ。考えまする」

「そうか。それでよい。動くのはもう少し後じゃ」

近衛が嬉しそうに頷く。

景秀は渋い顔を浮かべて頷いた。

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