三好勢、動く
永禄十二年、最初の史実「本圀寺の変」が始まります。
史実では三好勢一万余りと言われておりますが、誰もがどうやって10000ってわかったのか、と思うことでしょう。
今回は距離で人数を当時の黒峰では見ていたという設定にしています。
どうぞ一緒に当時の雰囲気を味わって下さい。
「まだ暗いですが朝餉にしましょうか。安芸のもの使っても」
あややが少輔太郎の顔を見る。
「もちろんじゃ、拙者らの郷の味を味わって頂こう」
少輔太郎が微笑んだ。
「では仕度しますね」
「拙者も近衛様の報告をまとめねば」
あややと少輔太郎が出て行った。
昨夜近衛と話した部屋に景秀、珠洲、景狼、玲が入って来る。
板床には人数分の盆の上に、湯気が昇る器が置かれていた。
部屋に入った途端、景狼が目を輝かせた。
「この匂いは何じゃ」
「これは凄い匂いです」
玲が思わず小袖で鼻を隠す。
「これは腹が空く匂いじゃ」
景秀が笑顔で言う。
「これは色々なものが混ざった出汁ですか」
珠洲が目を閉じて漂う匂いに集中すると、眉間に皺を寄せた。
部屋の右側には、少輔太郎が既に座っていた。
向かい側に景秀、景狼、珠洲、玲の順に座る。
座ると椀から立ち昇る湯気が一同の鼻をついた。
あややが少輔太郎の隣に座ると、無言で一礼し、木箸を取った。
景狼が先ず椀の汁を一口啜った。
「おお、味がする!しょっぱいが旨い」
玲が恐る恐る椀に口を付ける。
「匂いが強いですが味が豊かです」
玲の顔が徐々に柔和なものになっていく。
「どれ、儂も」
景秀が椀の汁をぐっと飲んだ。
「これは飲めば飲むほど腹が空く味じゃ」
珠洲が椀に浮かぶ黒いものを箸で摘み上げる。
「これは…海苔ですか」
珠洲が椀に口を付ける。
「昆布を使っていますか…それと魚でしょうか…」
少輔太郎とあややが面白そうに向かい側の4人の様子を見ている。
「珠洲様、さすがでございます。これは昆布と魚、貝で取った出汁でございます」
あややが椀を掲げて言った。
「魚はわかるが先ほどから知らぬものばかりじゃ」
景狼が不機嫌そうに言う。
「景狼、どうしたのじゃ」
景秀の顔が厳しいものに変わった。
部屋の雰囲気も変わっていく。
「儂は何ゆえ、このような旨いものを知らぬのじゃ」
景狼が手に取った椀を見つめた。
少輔太郎が笑った。
それも今まで景狼が少輔太郎から聞いたことのない大きな声だった。
隣のあややも驚いて少輔太郎を見ている。
「いや、失礼した。あまりにも若君が…」
「儂が何じゃ!」
少輔太郎が笑いを抑えると続けた。
「あまりにも素直すぎて…よい方と思うて」
「これは安芸の、拙者らの郷の味でございます」
「昆布以外は、全て瀬戸の海で採れたものでございまする」
「なるほどこれが海の味というものですか」
珠洲が確かめるように再び椀に口をつけた。
「海か…儂も聞いたことはあるが、見たことは無いな」
「わたしもです」
景秀と玲が頷く。
「海とは何じゃ」
景狼が珠洲の顔を見る。
「白狼丸が舟で来た川…あの川の先に海があるわ」
「わたしも未だ見たことないの」
「少輔太郎様に後で教えて貰いなさい」
珠洲が食事に戻った。
景狼が一度向かいに視線を送ると、少輔太郎とあややが頷いた。
景狼も食事に戻った。
口の中に少し冷め始めた汁の香りが満ちていく。
「海か…」
「お館様。天狼が知らせを」
部屋の外で霞の声がした。
「構わん。疾く入れ」
景秀が木箸と椀を置くと、口を手拭いで拭った。
「失礼いたします」
霞が部屋に入ると手に持っていた箱を景秀に渡した。
「あやや、霞に食事を」
「お前様。わかっておりまする」
少輔太郎の言葉であややが席を立つ。
景秀が箱を開け、中の文を読む。
「霞、摂津は誰じゃ」
「猪之吉でございます」
「猪之吉か…もう少し字を習わさんとな。読みにくいわ」
景秀が読み終わったのか、手を伸ばし少輔太郎に渡した。
少輔太郎が素早く読み進める。
「これは」
少輔太郎が景秀の顔を見ると、無言で頷いた。
「昨日、三好菱の旗、100町…京へ」
「三好に10000も今動員で来るとは思えませぬが」
「そこは堺じゃろう…黒峰は判断せずじゃ。先ずは近衛様に伝えて来るとしよう」
景秀がそう少輔太郎に言うと部屋を出て行った。
「少輔太郎、今のやり取りはどういうことじゃ」
少輔太郎が珠洲の顔を見ると、無言で頷く。
「若君は黒峰のお役目はどこまで」
「何も知らん…こたびがはじめてのお役目じゃった」
「そうでございますか」
「黒峰は、各地の様子を調べ、あるお方へお伝えするのがお役目でござりまする」
「その方は後でお知りになると思うので拙者からは申しませぬ」
「各地から知らせる者を天狼と呼んでおります。この霞も天狼です。若君が伊賀を出るまでずっと見ておった者でございまする」
「何!?」
景狼が驚いて下座に控える霞を見た。
玲もすぐ近くに座る霞の方をまじまじと見る。
「気づきませんでした…」
「お館様の命にて。若君と玲様を見守らせていただきました」
霞が頭を下げる。
「景秀殿もよほど心配しておいでだったのでしょう」
少輔太郎の言葉に珠洲が何度も頷く。
「戻しまするが…三好勢が動いたと。その長さが100町に及ぶという知らせが届いたのでございまする」
「100町とはどういう意味じゃ」
「若君も昨日京の町を歩きなされたと思うが、京では、おおよそ通りから次の通りほどが一町と思われればよろしい」
「つまり、あの長さが百も続くということでございまする」
「途方もない長さじゃ」
「さよう。これが何処に向かうかはわかりませぬが…景秀殿は次に何が動くのか見るため動かれたのです」




