表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼の時代  作者: 閃紅
PR
33/42

永禄十一年十二月 黒峰景秀と珠洲(前篇)

景狼と玲がいなくなり、静かになった黒峰家。

常なら年越しの準備を始めるところだが今年は違っていた。

発端はいつも通り、景秀が太郎丸と遊んでおると、白狼がやってきた。

だがいつもの凛とした女王の威厳ある感じが見受けられなかったのである。

「珠洲、大変じゃ!」

「お前さんん、どうしたのですか。大声で」

「白狼が変なのじゃ」

珠洲が白狼を見る。

ピンと張った耳も垂れ下がっている。

「白狼丸がいなくて寂しいのかい」

珠洲が白狼を撫でながら囁いた。

珠洲の声がき耳に届いたのか、珠洲の方を見ると、頭を擦り付ける。

「白狼丸に会いに行きましょう」

白狼の尾が立った。

景秀が驚く。

「珠洲よ。会いに行くって、どうやって。白狼を連れていくのじゃ」

「景狼に町に入れられんと言っておったじゃろう」

「父上にお願いします」

「関白様に!?」

「先日も京に帰って来いと文が来たばかりですから」

「こちらから頼んでもよいかと」

「お前さん、天狼使っても」

「勿論じゃが…霞おるか」

景秀が呼ぶと、障子を開いて若い一人の藍の小袖を身に着けた女性が入ってきた。

「霞でございます。お館様」

「珠洲が関白様へ文を出すそうじゃ、頼まれてくれるか」

「承りました。珠洲様、書き上がりましたら、お呼びください」

霞は出て行った。

「長谷寺で待たせて…淀で乗せて…」

珠洲は何やらぶつぶつ言いながら文を書き終えると漆箱にしまい、霞を呼んだ。

「これを京関白様へ」

「紅牡丹で宜しいですか」

「ええ?それでいいわ。いつ届くかしら」

「明日にはお渡し出来るかと」

「それでお願いするわ」

「承りました」

霞が大事そうに漆箱を抱えると出て行った。


その夜久しぶりに景秀と珠洲は二人で温泉に入った。

「珠洲と風呂に入るのも一年ぶりじゃな」

景秀が湯で顔を洗う。

「わたくしのせいでお前さんには不自由をかけてしまい」

景秀と背中合わせに入ってる珠洲がポツリと言う。

「何を言う。儂は珠洲と一緒になれて幸せじゃ」

「子が産めぬのにですか」

「子ならおろう。景狼も玲もよき子じゃ」

「白狼のはともかく…玲は」

「よいのじゃ。二人とも儂の子よ。違いはあるまい」

「じゃが珠洲がいなくなるのは寂しいのう」

「お前さんも行きまするか」

「何!?よいのか」

思わず景秀が振り返ってしまった。

景秀の目に珠洲の少し火照って紅く染まった身体が目に入った。

「すまぬ」

慌てて後ろを向いた。

「いえ……お見苦しいものを」

珠洲が俯いて言う。

「珠洲は昔から綺麗なままじゃ」

「そんなことより儂も行ってよいのか」

「父上もお前さんに会いたいでしょう」

「いや、儂は大事な珠洲を奪ったのじゃ、憎まれておろう」

「ではお前さんも一緒に京へ」

「珠洲と二人きりは初めてじゃな」

「白狼もおりますよ。多分父上の護衛も」

「見ないようにする」

珠洲が笑った。


二日後、景秀と珠洲は朝靄の中家を出た。

「珠洲、白狼にしかと捕まっておれ」

白狼に珠洲を乗せ、景秀は自らの足で霧生の山道を下っていく。

霧生を出ると、目の前に開けた宇陀平野が見えてきた。

疎らに集落や畑が点在する。

「ここからは人目がある。白狼とは一緒には行けん

「そうね。白狼には先に行って貰いましょう」

珠洲がこの先の森で待ってるように伝える。

「お前さん、天狼に合図を」

「うむ。手はず通り、霞がおるはずじゃ」

「白狼、また後で」

白狼は珠洲に首を撫でられると、一度頭を下げ、西へ走りだした。

直ぐに景秀と珠洲の視界から消えて行った。

「なるべく朝のうちにここを抜けたいが、無理じゃろうな」

「そうですね。ここは広いですからね。昼時でしょうか」

「ま、そうじゃろうな」

「のんびり参りましょう」

「白狼なら大丈夫です」

景秀と珠洲が話しながら歩いて行くと、関所があった。

関所の度に景秀は手形を見せる。

手形を見せると、門番は顔色を変え、慌てて平伏した。

そして関銭も取らず、通される。

それは景秀手形の発行者が時の関白近衛前久だからである。

「全く近衛様の名前は偉大だな」

「あれでも関白ですからね」

「景狼たちにも手形用意してやればよかったのでは」

「それでは民の苦しみも世の理もわかりませぬ」

「そうでなくとも、お前さん」

「新左衛門様にお願いしましたよね」

「な、何のことを言ってるのじゃ」

景秀が吶る。

「お前さんが新左衛門様を通じて松永様に手形お願いしたことは」

「いや、それはだな…」

「二人に手を貸さないと決めて、旅に出しましたよね」

「それはそうじゃが…心配でのう…」

「全く…そこがお前さんの優しきところです」

珠洲が景秀に笑顔を向けた。

景秀も嬉しそうに笑う。


途中昼休憩を挟みながら二人は無事、平野を抜けられた。

「お館様、珠洲様。仲良き事はわかりまするが。時間かかり過ぎでございます」

白狼を連れて霞が森の中から現れた。

白狼が大きく欠伸する。

「申し訳ない。なんせ旅人を装わないとな」

景秀が頭をかいた。

「ただの旅人は関白様の手形は持っておりませんよ」

霞が言う。

「霞、手筈は」

珠洲が真剣な顔で尋ねる。

「滞りなく…」

「このまま川沿いを進んで行けば長谷寺出ますが織田軍が控えております」

「手前から裏山に回れます。そこで合流を」

「あいわかった。手筈ご苦労じゃった」

景秀が言うと、霞が頭を下げる。

「ではわたしは先に」

霞が走り去って行く。


白狼を先頭に景秀、珠洲が山と山に挟まれた狭い坂道を下って行く。

道のすぐ横には、初瀬川がゴロゴロと音を立てて流れていた。

坂を下りて行くと長谷寺が見えてきた。

織田木瓜の家紋幟が掲げられている。

息を殺して寺の真裏にあたる深い杉林へと足を踏み入れた。

昼なお暗い森の奥に霞が立っていた。

傍らに太い鉄格子の檻の車がある。

四頭の力強そうな馬と男も立っていた。

景秀が近づくと、男が頭を下げる。

「この者は牡丹屋の者です」

霞が男を紹介する。

「なら心配いらんな。よろしくお願いする」

景秀が肩を叩く。

「霞、このあとはどのように」

珠洲が尋ねる。

「このまま織田軍を避けて片岡まで」

「片岡手前で白狼様は解放。檻車を天狼に預けた後に片岡で合流します」

「わかりました。ではそのように」


檻に白狼を入れ、馬を繋ぐと、檻車は動き出した。

その檻に素早く紅の幕が被せられた。

その幕には牡丹の印章が縫い込まれている。

「これじゃ、近衛のものだってわかってしまうわ」

「全く、父上は」

珠洲が幕を見て言う。

「隠す気があるのかないのか」

景秀は苦笑いを浮かべた。

檻車の横を景秀と珠洲が歩く。

いつの間にか霞の姿は無かった。

山裾の裏道を抜けると、本道を通らず山の横道を行く。

人目のないところでは白狼は外に出て自分で動くので馬への負荷もそれ程高くないように見えた。

寺や古墳などの丘陵が多くなってきた。

通る人もいない、ましてや織田軍も。

「誰も通らないのね」

珠洲が言う。

「織田様が歯向かう寺側の土豪などを追い払われて、減ったと聞いておるが」

「まさか、個々まで少なくなってるとはのう」

景秀が見えている民家を見回しながら応えた。

「織田様で戦の世は終わるのでしょうか」

「無理じゃろうな」

「織田様が足利様になるだけじゃ変わらんじゃろう」

「織田様は大樹になるおつもりですか」

「さあ、わからん。近衛様もそこを見たいのでは」


「ここから先が片岡の町です。宿は春日屋です」

男が景秀と珠洲に頭を下げて道を戻って行く。

「白狼、また明日。明日には白狼丸に会えるわよ」

珠洲がそう言うと白狼の耳がピンと立った。

景秀と珠洲の周りを回ると?茂みの方に走って行った。

「さて参るか」

景秀の言葉に珠洲は頷き、二人は片岡の町へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ