三人の旅路10
三人は奈良の町の門を出ると街道を北へ向かって行く。
「あれは何じゃ、山が輝いておる」
景狼が前方を見て声を上げた。
玲、新次郎も気付いていた。
前方の佐保川を渡った先の山肌が、朝日に照らされて白く輝いていた。
初めは岩肌かと思った。
だが、歩みを進めるにつれ、白い壁が幾重にも重なっているのが見えてくる。
佐保川の橋を渡り、更に進んで行くと、その全貌が現れた。
それはまるで朝陽を反射して浮かび上がった白亜の城だった。
総漆喰の白い壁、四重の天守、瓦葺きの屋根。
石垣の上には長屋のような建物が列をなし、山全体を取り囲んでいる。
それは今まで三人が知っている、平楽寺や円成寺、そして柳生城とはまるで次元の違う建物だった。
「きれいです」
玲がうっとりとした声を上げる。
「これが松永様の多聞山城…聞きしに勝る…」
新次郎が唖然として言う。
三人が暫く立ち止まってしまうのは仕方ないであろう。
「ここが母上が言われた最後の場所です…」
「このお城を見なさい、ということなのでしょうか…確かに凄いお城ですが」
そう言うと地図を見直した。
奈良町の直ぐ上に赤い丸が付いている。
「母上は何故ここをと言われたのでしょうか」
「珠洲殿はこの壮麗な城を見ることを言われたのでは」
「このお城をですか」
新次郎が玲に向き直った。
「さよう。このような城はここにしかないのではないか」
「これほどの城を築くには相当な時間と人そして金子が必要じゃ」
「これは松永様にしか造れんものじゃ」
「松永様は凄いお方なのですね。このようなお城を考え出すとは」
三人は城を回り込むように伸びる京街道を道なりに歩いて行く。
街道の左を見るとその先に多聞山城が石垣の上に聳え立っていた。
そのまま左に行くと巨大な空堀が城を囲んでいる。
「これは平楽寺よりも更に広いお堀ですね」
「どうやって渡ったらいいのでしょう」
玲が空堀を覗き見た。
空堀の先には石垣に載った漆喰の白壁、更にその上に長屋形状の櫓が載っている。
櫓にはいくつもの窓が並んでいた。
「あそこに橋が見える。あそこからしか行けないようじゃ」
新次郎が周りを見回して左の方に橋を見つける。
新次郎を先頭に右側からの攻撃を気にしながら、空堀沿いを真っ直ぐ進む。
西に空堀を渡る朱塗りの麗しい橋があった。
その先に大手門がある。
「これは渡っている間に狙われたら一巻の終わりじゃな」
新次郎は額の汗を拭うと橋を渡り始めた。
景狼が門の上にある櫓を睨む。
「見られてるようじゃな」
景狼の言葉に玲が櫓を見上げるが、特に人影などは見えなかった。
長く感じられた橋を渡り空堀を越えると、漆黒の両開きの扉が目の前にあった。
新次郎は一度咳払いをすると、声を張り上げた。
「拙者、柳生新左衛門が一子新次郎と申す。松永弾正様にお目通り願いたい」
「暫しお待ちくだされ」
扉の奥から応えがあった。
軋む音と共に扉が内側に開いた。
扉の先には一人の門番らしき足軽とその後ろに完全武装した足軽兵が隊列を作っていた。
「お待たせいたした。決まりゆえ、手形を」
門番の足軽が進み出た。
新次郎が頷くと懐の手形を渡した。
素早く名前と発行者の自分の主君の名前を確認すると、新次郎に返した。
「確かに」
「お館様は居られませぬ。暫く京に滞在するとのことで、若殿は信貴山の方に居られます」
「さようか。手形の御礼に伺ったのだが…京か」
新次郎が景狼と玲の方を振り返る。
「拙者らもこの後京ゆえ、そこでお目通り願うとしよう」
新次郎がそう言うと、玲が少し不満そうな顔をした。
景狼は無言で頷く。
新次郎も頷くと足軽の門番に向き直った。
「邪魔をした」
新次郎は頭を下げると、足軽の門番も頭を下げた。
扉が閉まっていく。
街道へ戻る道すがら新次郎は話した。
「さすが松永様じゃ、この城を見てもそうじゃが、不在の時の対応も見事」
「城の門番は二人もおれば十分じゃ。それなのに兵を揃えての出迎え」
「これは戦の中の城でなければあり得ん」
「景狼が申した通り、拙者らはずっと見られておったのじゃろう」
「玲の気持ちもわかるが、ここであの親子の話は出せん」
「というより何も押し通すことが出来んじゃろう」
玲が歯を食いしばりながら頷く。
景狼が橋を渡り切ったところで振り向いた。
暫く考え込むように動かなかった。
「どうしたのじゃ、景狼」
「この城は落とすのは簡単そうじゃ」
「何っ!?」
新次郎が驚いて振り返る。
「このような門に辿り着くまでに殺されるのが関の山ぞ」
景狼は街道への出口の方を見ると、言った。
「いや、狩りと同じじゃ」
「狩り?」
「餌を置いて罠を張るのじゃ」
「それはどのようにするのじゃ」
「さあのう。なんとなくそう思ったのじゃ」
景狼はそう言うと足を速めた。
腑に落ちない玲と新次郎も続く。
「あの親子の事を考えれば疾く京へ向かうべきじゃな」
新次郎が二人を見て言う。
「はい。京へ参りましょう」
「京へは夕方までには着くはずです」
「ここから真っ直ぐこっちへ行けば京です」
玲が地図を見た後、左の上りを指差す。
「では参ろうか」
三人は坂を上って行く。
白い壁沿いに坂を上り切ると、正面に木の柵の関所があった。
松永氏の紋の幟が掲げられている。
右には焼け焦げた楼門が立っていた。
楼門の先には本来あるはずの本堂やその他の堂が全て焼け落ちたようで、地面には黒く焦った柱の根元や、割れた瓦が散乱している。
ポツンと石塔が建っているだけだった。
「手形はあるか」
関所の門番が三人を見回すと言った。
新次郎は手形を見せた。
「これは柳生さまでしたか。お役目ご苦労さまです」
門番が頭を下げて、門を開ける。
「これはお寺ですよね」
玲が門番に尋ねる。
「ここは般若寺といって、三好の本陣があったところです」
「先日のお館様との戦で燃やされたのです」
門番が自慢気に言うと、別の男の声がした。
「松永様のおかげで安心して荷を運べますわ」
見ると仕立てのいい姿の商人だった。
「どうしてでございますか」
玲が商人に尋ねる。
「昔は関所がそこら中にあり、そのたびに関銭が取られ申した」
「その関銭が日によって違う。これでは予め用意ができませぬ」
「払えぬと証書を書かされ、後で法外な関銭が取られることもありましたわ」
「それが松永様に代わってから?関所の数も減り、関銭も一定になり、感謝です」
商人が手形の確認が終わったのか、三人に頭を下げて門を潜って行った。
「無事のお役目を」
門番に言われ、三人も門を越えて行った。
「松永様に代わって良くなったんでしょうか…」
玲の呟きは先に行く景狼、新次郎の耳には届かなかったのか、応えは無かった。
ポツンと建つ石塔の裏に一人の男がいた。
「あれがお館様が気にされていた御仁か」
「なんとも不思議な男じゃ」
男はそう言うと鳩を空に放った。
関所の木の上から様子を伺う一人の女性の姿があった。
そこから鳩を放つ男の姿と関所の様子が見えた。
「嗅ぎつけられたわね」
「でも無事に若君は京へ行けそうね」
女性は頷くと素早く木から飛び降りると、多聞山城のある崖の方に飛び降りた。




