三人の旅路9
騒動は既に誰も正確に把握できなくなっていた。
関係ない町人や商人が他人事のように見物をしていて、当事者が誰なのか一見わからなくなってきている。
そこに槍を持った足軽が数人やってきた。
「武器を捨てよ!」
「その場になおれ!」
足軽頭が集団に向かって叫んだ。
他の足軽が槍を腰だめに進んで行く。
農具を持った百姓を槍の石突で殴打し、動けなくなったところに縄を打っていく。
「これが無ければ儂らは何を食えばいいんじゃ」
百姓の農具を振り回して暴れる。
「容赦は無用じゃ、抑えるのじゃ」
足軽が複数人で一人を叩き伏せた。
血を流して倒れている百姓を無理矢理起こすと、縄で縛っていく。
「酷すぎます…」
玲が血だらけで縛られる百姓を見て呟く。
「抵抗するから悪いのじゃ」
足軽は玲へ顔を向けた。
「それにな、盗人は犯罪じゃ。それだけではなく、店も壊しておるでな」
「それは…」
玲は扉が壊された蔵を見て何も言えなくなった。
暴動は終わりを迎えて来た。
百姓は全て縄で縛られ、一か所に纏められてた。
一緒にいた娘や子供が近づこうとするが、足軽に遮られる。
「あんた!」
「おとたん!」
「逃げるんじゃ!」
親子で叫び合う。
「連れて行け」
足軽頭が足軽たちに指示をする。
足軽が一纏まりになった百姓たちを歩かせて行く。
「あれは…」
玲が集団の中に昼間、景狼を気にしてくれた百姓の姿を見つけた。
その近くに少女の姿も見える。
「玲、どうしたのじゃ」
新次郎が玲の驚いた顔を見て、肩を揺すった。
「昼間、若君を助けてくれた親子です」
「ああ、思い出したわ。あの親子か」
景狼だけは気を失っていたため、何のことなのかわからなかった。
「助けないと…」
玲は思わず一歩踏み出した。
「何をする気じゃ」
玲がビクンと立ち止まる。
おそるおそる声の方を向くと、胤栄と玄庵の姿だった。
玲が嬉しそうな表情になる。
「もう大事ないようじゃな」
玄庵が景狼を見て満足そうに頷く。
「玄庵様、助けてもらえますか」
玲が玄庵の方に頭を下げた。
「老僧は誰を助ければよいのじゃ」
玄庵が優しそうな顔を玲に向ける。
「誰をですか…あの方は若君を助けてくれた方なのです」
「そういや、そうじゃな。昼間傍におった親子か」
胤栄が捕らわれて歩かされてる男の方を見る。
「そうです。あの少女のお父さんです」
「で、どうするのじゃ」
「助けて欲しいのです」
「無理じゃ」
「考えてみよ。奴を救うとは、食えねば奪ってよいと認めることじゃ」
「では店の者は、誰が助けるのじゃ」
玲は黙ってしまった。
「じゃが、あれではあんまりではないのか」
新次郎が拳を固く握りしめ、呟く。
胤栄が新次郎の目を真正面から見つめる。
「ではどうするのじゃ」
「あれを助けたら、柳生は松永とやり合う事になるのじゃぞ」
「新次郎、お主にその覚悟はあるのか」
新次郎も黙ってしまった。
「お主たちの気持ちはわかる。じゃが、これは毎日どこかで起こっておることじゃ」
「その元を糺さねば続くのじゃ」
玄庵が言葉を挟んだ。
「よいかのう」
「老僧は怪我人を診てこよう」
「三人も明日もあるのじゃろう。早う休め」
玄庵が店の前で蹲っている人々の輪へ向って行った。
「拙僧も番屋へ行くとしよう」
胤栄は足軽たちの後をついて行った。
「儂らにはどうすることもできんのじゃ」
景狼は最後にもう一度小さくなっていく胤英の後ろ姿を見ると、三笠屋へ戻って行った。
「玲、拙者らも戻るとしよう」
新次郎が涙を浮かべている玲を促すと、景狼の後を追った。
玲は胤栄の姿が消えるまで見続けた。
そして宿へ戻って行った。
三人は布団に入ってからも眠ることは出来ていなかった。
襖で隔てられていた玲は綿入りの小袖をかけていても、身体の芯から寒さが無くなることは無かった。
「朝、番屋とやらへ行ってみないか」
新次郎が襖の向こうで言った。
「はい、行ってみましょう。あの子がどうなったのか気になります」
玲が応えた。
「景狼もよいかのう」
「わかったのじゃ」
景狼が応えた。
その声は感情が乗っているようには聞こえなかった。
朝起きると、三人は着替えて足早に三笠屋を出た。
宿の主に番屋の場所を確認する。
町の北門の方、松永氏の多門山城の方向に番屋はあった。
門に松永氏の家紋の幟が掲げられている。
門前には眠そうな足軽が立っていた。
三人が近づくと足軽が気付いたのか、持っていた槍を向けて来た。
「何用じゃ」
新次郎が前に出る。
「尋ねたいのだが、昨夜連れて来られた百姓たちはおられるか」
「何奴じゃ、聞いてどうする」
足軽が警戒した声をあげる。
「すまぬ。拙者はこういう者じゃ」
新次郎が手形を取り出すと足軽に渡した。
足軽は胡散臭そうに手形を受け取り、開いた。
「これは柳生殿でしたか」
足軽は態度を一変させると、手形を返した。
「で、どうなのじゃ」
「ここにおりまする」
「おお、そうか。会うことはできるじゃろうか」
「それは柳生殿の頼みでも無理でござる。弾正様の書付がござれば…」
「さようか。相わかった」
「あのう」
玲が口を挟んだ。
「この者は拙者の仲間じゃ」
新次郎が玲を紹介する。
「ここに小さい女の子が一緒に来ておられませんか」
「おお、そうじゃった。後から泣きながらついてきた子がおったな」
「その子はどこへ」
「さあ。きまりで罪人以外は入れられぬのじゃ。門を閉めようとした時には姿はなかったわ」
「では、どこへ行けば」
「それは知らんな。家に帰ったのか。はたまた人買いに連れて行かれたか」
「儂にもわからん」
「柳生殿、もうよいでしょうか。拙者、昨夜からずっと起きておって…」
「おお、すまぬ。もうよいぞ」
新次郎が玲を連れて下がった。
「家がわかれば…父親に聞くしかなかろう」
「松永様の書付があれば会えるやもしれぬ」
「そうですね」
「まずは松永様に会いに行くとしよう」
三人は前方に見える多門山城へと足を向けた。
ちょっと重い話が続きます。
奈良は次回で終わりです。




